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10.メール、してみよう◇ヒリア


 ネクラ君と連絡先を交換したけれど、それでもあまり会えなかった。話し合いの結果、会うときは何分か時間をズラして入ることにしたので、その時点で通常の休み時間はまず使えなくなった。短すぎる。そうなると会えるのはお昼休みか、放課後だけ。


 休み時間にこっそりメールすると、来れないときはすぐには返事がないか『ごめん、行けそうにない』と返ってくるので無駄がなくなった。


 無駄は無いが、意外とタイミングが合わない。わたしは一年のときに結構第二図書室に行っていたけれど、三月のあの時期まで彼と鉢合わすことはなかったから、彼のほうはそこまで頻繁には来ていなかったのだろう。


 せっかく友達になれたのに。


 友達なのに。


 寂しい。


 それでも簡素な連絡だけでもとれて嬉しいのだから、わたしもだいぶおめでたい。


 夜に自室で寝転がってりゅんりゅんとスマホの画面でぽちぽちと会話する。


 例の男子とメールを交換したと言うと、興奮したような反応が返ってきて、その後電話がかかってきた。


「さいちゅん、ついに顔見たの? どんな人だった?」


「いやあ、顔は合わせてないんだけど……」


「顔も知らない人と連絡先だけ交換したの?」


「連絡先ってもメールだけだし」


「今どきメールねえ……せめて電話にすればいいのに。どんな話してるの?」


「え、待ち合わせに使ってるだけだよ」


「なんでー! なんか送りなよ!」


「そ、そういう用途では……使うつもりでなかったから……よくないんじゃ」


「なんで……友達なんでしょ? ふつうふつう!」


「う、うん……」


「じゃあ送りなよ!」


「お、送ってみる!」


 メール、意味のないメール、送ってみよう。


 わたしは普段からメールの類いには絵文字顔文字スタンプあらゆる装飾を使いまくるほうで、彼との簡単な連絡もそれでやっていた。


 対する彼は簡素で、文字のみであった。ほかの男子とメールしたことないから普通なのかはわからない。


 ちょっと時間をかけて文面を考える。


「いま、なにしてる?」とかそういうのを気軽に聞くような関係じゃない。まだそんなに仲良くはない。

 彼個人の嗜好であるとか、そういう、次に会った時に話題にできそうなものがいい。


 たとえば「わたしは今納豆食べたんだけど、ネクラ君の好きな食べ物は?」とか。


 それだけで送ってみようか、と思ったけれど、そういう単発のやりとりは時間が合わないと会話にはならないし、時間もとらせる。もうちょっと長く、でも長すぎず、返事がなくても大丈夫な感じの。ああ、なんかラブレターみたい。


『ネクラ君、最近あまり会えなくて残念です。またたくさんおしゃべりしたいなって思ってます。

わたしの好きな食べ物は納豆と牛丼です。ネクラ君も好きだと嬉しいな』


 実に頭の悪い文面ができあがった。文字だと一部敬語にしてしまうのはなぜだろう。


 もう少しなにか……と思って『いつか、ちゃんと会えたら』と書いて、消した。そんなプレッシャーを与えてはいけない。向こうはわたしよりももっと顔を隠したがっているふしがある。会おうとしたら、友達じゃなくなるかも。会ったとしても、友達じゃなくなるかも。恐い。


 震える親指で、送信ボタンを押した。


 しかし、一時間ほど待っても返事はなかった。


 今までこんなことはなかった。いつも、彼が来れない時も、メールの返事は返してもらえた。会えなくても行けなかった謝罪のようなものは毎回かかさずくれていた。

 やっぱり、待ち合わせ以外に使わなければよかった。


 わたしはスマホを傍らに置いたまま、眠ってしまい、朝になって見たけれど、やっぱり返事はなかった。


 あ、失敗したかも。


 これじゃ、今日の待ち合わせ連絡もしにくくなってしまった。せっかくできた友達だったけれど、こんなに脆い関係だったんだな。ちょっと落ち込んだ。休み時間、いないのもわかっているのに第二図書室に入って、はあとため息を吐いて、スマホを見つめ、連絡もできずにすぐに教室に戻る。


 教室で増田先生が佐倉君と話していた。


「佐倉、頼んでおいた熊、進んでるか?」


「途中までやりましたけど、なんで俺が……先生がやったほうが良くないですか」


「学級委員とは、そういうものなんだ」


「よそのクラスはそんな感じじゃないんですけど……」


 あ、なにか学級委員の仕事があったようだ。

 学級委員の仕事といっても、ほとんどは増田先生の雑用でしかないけれど。


「先生、なにか仕事ありましたか」


 声をかけると先生が変なものでも口に入れたような顔をして、一瞬黙った。


「西園寺は忙しいだろうから、いいぞ」


「いえ、暇ですし、やります。熊ってなんですか」


 増田先生と佐倉君が顔を見合わせた。


 その後の休み時間は佐倉君と一緒に、増田先生の姪っ子の誕生日プレゼントのカードと、熊さんのぬいぐるみを作った。


 ネクラ君、メール嫌だったかな。困らせてしまったかも。







 夜になって、ネクラ君からお返事がきた。


 しかし返ってきたメールは今までとだいぶ様相がちがっていて、大量の顔文字と絵文字、謎の記号まで使われて書かれていた。


 ツッコミどころは無数にあった。

 なんで。なんでこんなところに意味もなくケーキの絵文字が入っているんだろう。「忙しくて」と「なかなか行けない」の間にバイキンの絵文字と謎のおねえさんの絵文字もある。


 s(目*目)--6


 この顔文字は、もしかして自作だろうか。この顔はどんな感情を表しているんだろうか。こんなの見たことない。見たことない感じにいびつ。


 人類が滅びた数千年後。地球に訪れた宇宙人が荒れた地を動き回る金属を発見する。それは最後のロボットで、誰もいなくなった大地で、いまだ孤独に地面を整備し続けていた。


 という、その時のロボットにしか見えない。


 しばらく眺めて笑った。笑いころげた。


 これを見てはっきり気付いた。

 ネクラ君はわたしに悪い感情を持ってはいない。迷惑とかも一切思ってない。わかったのだ。


 彼はモテないのだ。


 メールがもうすでにモテなかった。

 さほど男子と関わりなく生きてきたわたしにもわかる。これは、モテない男子。すごく、モテない男子。女の子とメールなんてしたことないかなり年配のおじいさんがすごく気を使って寄せてきてる感じと変わらない。きっと時間をかけてしたためられた、ものすごくズレたメールだった。


 けれど、そのことは逆にわたしを安心させた。


 高校に入学してから、たまにわたしに声をかけてくる男子って、ぜんぜん面識がないのに妙に馴れ馴れしいのはまだいいほうで、突然壁ドンしてきたり、頭をポンポンしてきたり、そんなのが多く、はっきり言って恐かった。


 彼らは皆一様に女慣れした感じで、自信にあふれていて、どこか自分に酔ったような感じだった。流行りの髪型、作ったような喋り方。そういう風に自分をコーディネートしている。

 おそらくモテるんだろう。だからあんなに強引で自信満々なのだ。

 しかし過度な強引さはモラハラと近く、気障な口説き文句は温度差があると寒々しくしか聞こえない。よもや自分が女子から好かれないなんて有り得ないと思っているので、拒絶するとキレてくる。さらに傷つけられたプライドを回復させる為、わたしを貶めようとしてくる輩も少数いた。


 わたしはアレ系の、いわゆるモテる男子が本当に苦手だった。


 彼等は笑い声がやたらと大きくて、自己主張が激しい。地味な男子をいじって笑いにしようとしたりする。そんなの全然面白くもない。


 ネクラ君はそういう人たちとちがう。

 すっごくモテない普通の男子。

 このメールを見ればわかる。


 絵文字の使い方がおかしくて、ところどころこちらをバカにしてるような表現になってしまっていても、きっとそんな意図はない。これはモテないから。全然腹が立たない。むしろ愛しい。


 なにこの人。

 胸がきゅんきゅんするのを感じた。


 わたし、ネクラ君のこと好きかもしれない。



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