千夜一夜は夢見ない
なろう初投稿。女主人公は初めて。小説執筆は10年ぶりくらいです。
「じゃあ、あなた、私と結婚して!あなたとの、そうね、あなたにそっくりな子供も欲しい!そして、ずっと私の側にあなたがいて!」
「それが汝の願いか?」
「そうよ、あなた自身に関する3つを私にちょうだい」
「その願い3つ、あい承った」
================
「ジャポネのお嬢ちゃん、3つの願いを叶えてくれる魔法のランプ、いらんかね?」
今どき魔法のランプだなんて厨二だって嘲笑するよ。けどここはオリエンタルな風が吹き抜ける異国の市場、騙されてみようか。
世界にそうと知られるお金持ちでお人よしな日本人、ましてやヒジャブ着けてても”お嬢ちゃん”なんて呼ばれてしまう小柄で童顔な風貌もあるだろう。笑っちゃうくらいの高値を売り子がつきつけてきたがなんの、これでも28才。
この国の文化を大学で学び、学生サークルの仲間達とたちあげたちっぽけな商社に過ぎないが、それでも世界を相手に様々な物資の買い付けを担当してたんだ。
売り子が真っ青になる値段まで交渉し「魔法のランプ」とやらを勝ち取った。
「魔法のランプ」をリュックに仕舞い、賑やかな市場から高台にある世界のセレブ御用達のホテルへと戻った。
近年アジアからの観光客が増えたとは言え、やはり超がつくほどの高級ホテルでないと女の一人旅には危険が付きまとう地域なのだ。だから、このホテルへの滞在は私の懐具合で明日まで。トホホ・・・・・・
ヒジャブを脱ぎ、ホテルのサービスで常備されているハイソなブランドのチョコレートを冷蔵庫から一粒取り出し頬張りながら、絶妙な硬さで素晴らしすぎる寝心地を提供するベッドに腰かけた。
リュックから「魔法のランプ」を取り出しよくよく見れば、フォルムも土産品にありがちな汚れやキズをわざとつけて古びた風合いを模したモノではないようで、コレってまさか純金?実用品とゆーよりかは装飾品のようだし、寧ろ古美術品っぽいぞ。まさか盗品?
で、出国時に窃盗罪でタイーホ・・・・・・なんて情景が一瞬浮かんだが、まあ、そんときはそんときだ。
今の私に失うモノは無い。だからこそ大好きなこの国にやって来たんじゃないか。
ああ、ちくしょう、ちょいとホロリとしてしまったよ。
落ち込みがちな気分を変えようと、これまた素晴らしくフワっフワで使い心地バツグンなホテルのバスタオルで「魔法のランプ」をゴシゴシゴシゴシゴシゴシこすってみた。
アラビアン風ランプあったらみんなきっとゴシゴシするよね?年代物なりにそれなりにキレイになったが・・・・・・
「こんのっ!出てこい!シ〇ザーーーンっっ!!」
当たり前だがな~んも起こらない。起こるハズもない。起こったらソレ超常現象、怖すぎるし。
「ええっいっ!煩い!俺の眠りを妨げるのは誰だ!!」
・・・・・・・あら、魅力的な声。
「ふん、どうやら小娘、お前が俺を解放したようだな・・・・・・ま、それは良しとしよう」
・・・・・・んま!女性に対して随分と上から目線ですこと!
「眠りにもそろそろ飽きてきたし、久々の外だ。楽しむとしよう。娘よ、俺の解放と引き換えに願いを3つ叶えようぞ」
・・・・・・3つの願い?千夜一夜物語の「魔法のランプ」の魔神??
「数多の金銀財宝も世界の支配も、誰もが振り返る美しい容姿でも。不老不死以外なら何なりと叶えようぞ」
・・・・・・つかさ、「魔法のランプ」って千夜一夜物語には原典無くって、実は舞台は中国だとか後から作られた話だって説もあったよね?
「さあ、何を望む?」
現実逃避終了。私はゆっくりと後ろに振り向いた。私以外誰もいるはずが無いのに、なのに美しい声が奏でるそちらへと。
そこにはほんの少し長めで少々クセある艶やかな黒髪を持つ細マッチョな上半身裸な褐色の麗人が立って・・・・・・いや、ほんの少し床から浮いてる!
しかもでかい。長い睫毛に縁どられた瞳は紫。宝石みたいにキラキラ輝いている。その瞳を見つめてしまった私は・・・・・・
================
「その願い3つ、あい承った」
「え!ウソ!ホント!マジ!そんな願い叶っちゃうの?」
「俺は魔神ぞ」
・・・・・・この自称・魔神を絶対に欲しくなったのだ。
===============
私には大学時代から付き合っている彼がいた。そう、すでに過去の話。
ひとつ年上の彼とは大学のサークルで出会った。その頃の彼は学生起業家とし、サークルの仲間数名と共に海外の物品を扱う会社を興したばかりだった。
オリエント文化を専攻し語学も得意だった私はこの会社に誘われ、やがて彼と付き合うようになり、卒業後もそのまま勤めた。そして主にオリエント文化圏での買い付けを担当していた。
このまま結婚まで続くんだろうと漠然と思っていたが、定期の健康診断で指導を受けた検査の結果、私は子供を望むのが難しい体と判明した。
彼と少しずつ距離が離れていったのもその頃だ。旧家の長男である彼には跡取りが必要だった。彼は彼の家族が進めるまま私ではない女性と結婚した。
そして彼は私が勤める会社の代表だ。雑居ビルのワンフロアのみの小さな会社だ。社内で顔を合わせるのが辛く、ただ、私の受け持っていた仕事は順調で会社を辞めることは躊躇された。私も仕事を中途に投げ出したくなかった。自分を見つめ直したくて私は1週間の休暇を要請した。
こんなに苦しく悩むほど彼のことが好きだったのか、正直今となっては分からない。社会人になってからほとんど使うこと無く貯まる一方だった貯金と、父が遺してくれた少しばかりの遺産が幸いにもあったため、この国へと旅に出た。
この若くして亡くなった父が子供のころの私に語った千夜一夜物語を初めとする様々な寓話や物語が、オリエント文化圏の国々に憧れを抱く切っ掛けだった。
================
いつの間に眠っていたのだろう、カーテンの隙間から除く朝の陽射しが眩しい。微睡から薄目を開けると素晴らしい寝心地を提供してくれるベッドには私ひとりだった。
ああ、やっぱりオリエンタルな風が見せてくれた夢だったんだね~と、ロマンチックに浸りながら体を起こそうとすると・・・・・・アレ?
「起きたか」
メッチャ魅力的な声に誘われ振り向くと、シャワーでも浴びたのだろうか、バスローブ姿の褐色の麗人が右手にあるフワッフワで使い心地バツグンなバスタオルで黒髪をわしわししながら・・・・・・ああ、水も滴る良い男・・・・・・じゃねえって!
「あの~、私たちって昨晩・・・・・・その、ナニカイタシマシタデショウカ?」
「?俺と夫婦となり、子を儲けるのは汝が望みぞ?」
ハイ、ソウデシタヨネ~
================
シャワーでさっぱりしてからリビングに戻ると、何処から取り出したのやら、シンプルなTシャツとジーンズに着替えた麗人がホテルに備え付けのデスクトップに張り付き、何やらパコパコしていた。へえ、パソコン使えるのか。
・・・・・・などと感心してる場合じゃない!そろそろチェックアウトの時間!ってか、この状況どーすればいいんだ?このままコイツと一緒にホテルを出るのか?
「チェックアウトの時間か。ネットで情勢もざっくりとだが収集した。帰国の準備に取り掛かる。それから俺たちは新婚旅行中の夫婦だ」
エスパーかいっ!違う、神様だった。
「あ、はい。じゃあ着替えてくるわ、あ、そうだ」
「なんだ」
「私、あなたの名前知らない」
「ランプを擦りながら俺の名を叫んでたではないか?」
〇ャザーンですか・・・・・・じゃあ、シャーさんとでも呼びましょうかね?
ホテルをチェックアウトし、会社へのお土産を空港の免税店で選び、ま、社会人だしね、入国審査も保安検査場も難なくパス。シャーさん、パスポート用意してたのか。どうやって用意したかは聞かないでおこう。
パスポートを見せてもらったら、私の苗字に名前を「沙山」と充ててる。コレってまんま意味は”砂山”だよね。言いえて妙だ。
長時間のフライトを得て日本に帰国。コッチの入国審査と保安検査場もやっぱり何事もなくあっさり通り、流されるままに都内23区、一人暮らしのマンションに帰って来た。シャーさんも勿論、当たり前のように一緒です、はい。
件の父が母と私に遺してくれたマンション。残念ながら母も私の大学卒業後まもなく病に倒れ亡くなり・・・・・・最後まで私の子供を抱くことを夢見て・・・・・・今は私一人が暮らしているが、家族仕様だから客室も客用布団の用意もあるのに、シャーさんは「夫婦は同じ部屋で寝るものだ」と譲ってくれない。
結局、私の部屋の私のシングルベッドでシャーさんに抱き着かれたまま一緒に寝ました・・・・・・狭い。
明けて翌日、気持ちは重いが今日から会社だ。ホントは食欲無いんだが、トーストに目玉焼き、そしてレタスのサラダだけの簡単な朝食を作りシャーさんと頂いた。神様も寝るし食べるんだね、と聞いたら「まあ、そうだな」と、サラっとかわされてしまった。
実はフライト中に他にもいろいろ聞いたのだが、全てのらりくらりとはぐらかされ、それどころかシャーさんに「汝は俺がランプから現れても驚かなかったな、何故だ」と質問で返されてしまった。
いや~、シャーさんがいきなり現れて、そりゃもう息が止まるかってくらい驚きましたよ。だけど驚きすぎて反対に冷静だったし、あの紫の瞳に惚れたんだ。後悔はしない。
朝食後、食器を片付け歯を磨き、スーツに着替えて化粧を施し、ビジネスバッグの中の必要書類のチェックと土産物の紙袋を持ち、シャーさんに「じゃあ、会社に行くね」と声を掛けたら、いつの間にかスーツ姿へと変身したシャーさんが「一緒に行く」と、土産物の紙袋を私の手から取った。
私鉄と地下鉄を乗り継ぎ会社の前に到着すると緊張で身震いがしたが、シャーさんが私の腰に手を当て「大丈夫・・・・・・」とそっと耳元で囁く。
「おはようございます」
シャーさんに腰を抱かれたまま、会社のドアを開けると・・・・・・
「おはよう。朝から新婚さんは熱いね!」
「どうだった、旦那の帰省も兼ねた旅行は?」
「はいはい、そこまで!お帰り。2人共無事帰国で良かった。向こうで得られるモノはあったかい?」
「・・・・・・社長」
彼、社長の顔を見た瞬間、強張った私の体をシャーさんがぐっと力強く抱きしめた。シャーさんが囁いた大丈夫、私とシャーさんは会社の同僚で恋愛期間を得、外国籍のシャーさんが入り婿する形で結婚した。社長夫婦は保証人であり、社長本人は私との間柄を覚えていない・・・・・・と。体に張り付いた何か得体のしれない重いモノがすっと抜けていくのを感じる。これもシャーさんの力なのかもしれない。シャーさんから土産物の紙袋を貰い社長に手渡す。
「社長、休みの間、ありがとうございました」
大丈夫、私はやっていける。
休みの間の山積みとなってた仕事も、シャーさんの的確なアシストも手伝い、定時ちょっとには終了した。シャーさんが用があるから一緒に来てくれと言うので、地下鉄を乗り継ぎ繁華街へと向かう。
イルミネーションに彩られた並木道を二人で歩くと、ちょっとデートみたいでテレるね、へへっ、腕組んじゃえ。すれ違う人皆、男も女もシャーさんを見上げるたび顔を赤くするのが面白い。
しばしデート気分を楽しんでると、シャーさんがとある路面店の前で歩みを止めた。
「入るぞ」
「ココって・・・・・・」
「結婚指輪をまだ渡してなかった」
「シャーさん」
「いや、女は結婚の証とし指輪が欲しいモノだと」
「・・・・・・」
「すまない、会社の女共に攻め立てられるまで気づかなかった」
私は店の前で声を無くし立ち尽くした。溢れる涙が止まらなかった。
===============
・・・・・・どこかで赤ちゃんの泣く声がする。
「おめでとうございます。元気な坊やですよ」
・・・・・・坊や?男の子!私、子供を産んだんだ。シャーさんの子供を。
「お疲れ」
「シャーさん、私、子供を産めたんだね」
「ああ、俺とお前の息子だ」
シャーさんとの結婚から2年。私は待望の長男「沙音」をこの胸に抱いた。
沙音の世話は大変だ。よく泣き、よく飲み、そしてよく出す。育休中の毎日がこの繰り返しで体はヘトヘト、ずっと寝不足も続いているが、シャーさんが何かと手伝ってくれるのもあって、不思議と辛くはない。それより日々成長する息子が愛しい。ちょっとクセある艶やかな黒髪も紫の瞳も、もうひとりのシャーさんだ。私の遺伝子どこいった?
沙音のいろんなはじめてを経験し保育園へ。私も育休を終えて社会復帰だ。
エキゾチックな風貌な沙音が園児たちに迎え入れられるか不安もあったが、お友達もたくさん出来た・・・・・・つか、ヤツは女の子にモテモテだったようだ。そう言えば女の子のお友達ばかりだったな・・・・・・別の意味で不安だ。
季節は流れ卒園式を迎え、今度は小学校入学とイベントが続く。シャーさんが私を呼ぶ声が何時からか、汝からお前へ、今では「お母さん」だ。家族ってこんな風に成り立っていくのだなと思う。それが嬉しいし、誰が何を言おうと私は幸せだ。
しかしそれは、沙音が私の身長を超えたと燥いだ小学6年生の冬、突然やってきた。私の母もそのまた母、おばあちゃんも同じ病気で命を落とした。女から女に遺伝する病。沙音が男の子で良かった、心からそう思う。シャーさんと出会う前、子供を望むのが難しい体と診断されたのもこの病の前兆だったのだろう。
「シャーさん、私ね」
私はシャーさんに告げた。手術が必要なこと、術後5年の経過が必要だと言うことを・・・・・・シャーさんはだまってそれを聞いていた・・・・・・
===============
術後の経過は順調だった。私の入院中に声変わりが始まった沙音には驚いたが、私たちの元から独り立ちするにはまだ彼は幼すぎる。中学生、高校生そして大学生の沙音に会いたい、そして私の母が望んで叶わなかった沙音の子供を抱くまで、私は生きることを決意した。
沙音が都内の難関私立大学への推薦を得た冬、私は再び病に倒れた。術後5年を迎える直前だった。
*******************************
「親父、いいのか」
2年の闘病の末、母さんが逝って幾日。俺は親父に聞いた。
「ずっと側にいる、そういう約束、だから」
親父は眠りについた。ランプの中で長い眠りに。母さんの魂に再び会えるその時まで。俺は母さんの49日の今日、親父の、異国の神が眠るランプをそっと母さんの墓に収めた。
親父が母さんと出会ったとき、母さんの寿命はすでに決まっていた。神々の端くれであっても紡ぐことが叶わない、それが運命。不老不死を望む人の願いを不老不死たる神が叶えられない矛盾。かく言う俺も母さんの寿命のことは知っていた。
二人が出会った頃に母さんがいろいろ聞いても親父が答えなかったのは、3つの願いに沿った質疑で無かったから。神だからこそ様々な制約が伴うのだ。
眠りに入る前に親父は清算していったようで、初めっから親父はいないモノとなっていた。母さんの葬儀は俺ひとりで仕切ったことになっており、母さんの会社の人たちに慰められてしまった。
俺ももうすぐ20歳になる。母さんが親父にそっくりな子供と願ったために、容姿は言わずもがな性別も親父と同じく男、そして魔神とし生まれ落ちた俺にとって、永遠とも言える時間のほんのひと時に過ぎない。いや、幼少時代はマジキツかったのよ、子供らしくしてなきゃなんなかったからね。
さて、俺はそろそろ失礼するかな。親父、母さん、また何時かどこかで会える時を楽しみにしてるよ。俺にもし子供がいたら母さん抱いてやってくれよな。
・・・・・・って、その前に大学のレポート片付けにゃ。すっげー貯まってんのよね・・・・・・トホホ。
まあ、母さんは自分の一方的な一目惚れと思ってたみたいだけど、俺は絶対親父のが母さんに惚れてたと思うぜ。魔神故に不器用なだけでね。親父も母さん同様一目惚れだったのか、何時からそうだったかまでは、俺には分からないけどさ。
「願いを100倍にして」とかでも叶いますが、運命は変わらないので着地点は一緒です。所詮人間過ぎたる力を持て余すってことで。