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四杯目


体育終わりの休憩中。小腹がすいて鞄をあさる。

周りもお腹がすいたらしく、そこかしこでお菓子からパンなどを頬張る姿が見られる。まだ二限目だというのに、この空腹感は耐え難い。このままでは、静かな教室にお腹が鳴る音が響くなんて、悪夢をみることになるかもしれない。年頃の女子高生にとって、死活問題だ。いつも何かしら泰知のために簡易食を用意しているのだけれど、今日はあいにく何も持ってきていない。体育があるのに、これではあまりに心もとないだろうと、来る途中にコンビニへ寄った自分を褒めてあげたい。


「あれ、なーちゃんが手作り以外の物もってるの、珍しいね」


「うーん、昨日はババロアの気分で、持ってこれなかったんだよねー。そこでコレ」


「あっ、新発売のお菓子じゃん」


細身のお煎餅に、ココアパウダーを賭けられたこれは冬季限定の物らしい、

あまりこういったお菓子を買う機会は多くないのだけれど、たまにこういうタイプも試したくなってつい買ってしまう。スーパーへ行けば、まずお買い得な食材を探すのに夢中で、お菓子コーナーなんてめったに近寄らない。


それでも、たまたまコンビニで見つけたこのお菓子は、買って正解だったらしい。

有名な小袋に入ったお煎餅のアレンジは、予想以上においしかった。つい、たまたまとおりかかった泰知を引き留める。


「あっ、ちょうどいい所に!泰知も好きな味だと思うから、食べてみる?」


「ん、これなら食える」


「やっぱり―、良かったね」


この手の市販品にも拒否反応を起こす彼は、食べられるものが決まっている。

小袋に入ったお煎餅なら抵抗が少ないかと思ったら、彼にとっても当たりの商品だったらしい。泰知の好きなものを増やせて嬉しくなる。



お昼になり、食後のイチゴオレを買いに行く歌胡と席を立った。

私自身、ちょっと甘いものが欲しい所だったから、売店にでも寄りたい。


「あんな大容量のイチゴオレ、良くこの時間で飲み終わるよね」


「えー、休みの日だったらもっと飲んでるけど?」


「本当に、歌胡の内臓は頑張ってると感心するよ」


「なんか、全然褒められている気がしない」


「褒めてないからね!」


そんなくだらないことを話しながら、学食前の自販機にたどり着く。

お昼も半ばまで過ぎたというのに、まだ人は多くて食堂に入るのも列を作っていた。お腹を空かしてイラついているのだろう。順番待ちする列でも、小さないさかいは日常茶飯事らしい。今も、派手な男子生徒にからまれて、おどおどした男の子たちが困っている様子だった。


「んだよ、それじゃあ俺が脅したみてぇじゃねぇか。ちょっと譲ってくれって、『おねがい』しただけだろう?」


「わっ、ご、ごめんなさい!」


こんな光景を見ると、泰知にお弁当を作っていてよかったと心底思う。もしも毎日こんな行列に並ばなければならなくなったら、きっと耐えられなかったと思う。ほかほか温かい、作りたての食事というわけにはいかないけれど、だからこそ泰知の気持ちも分かるのではないかとやる気が出てくる。


そんな事を考えていると、ふと近くの売店に目が留まる。

学食以外で食べ物を得ようとすると、近所のコンビニへ行くかここしかない。昼休みにコンビニに行こうとしても時間がかかるし、名物の特大パンはすぐに売り切れる人気商品だ。


人気なだけあって、三種類あるパンは授業が終わると早々に売り切れてしまう。


「うーん、びっくりドックと三色アンパンはこの前食べられたし、ぜひともグラデーションツイストを食べたかったのに、やっぱり無いか……」


「グラストは、それこそ授業前から狙っていないと無理だって聞いたよ」


「そりゃ、私だってサボって食べられるならいくらだってサボるけどさ。あそこのおばちゃん、あからさまにサボりの生徒には、いくら並んでも売ってくんないんだよ」


「あのおばちゃん、下手な教師より怖いもんね」


「そうそう、校長とも仲が良いとかアピールしてきて、うざいったらないよ」


歌胡が食後のデザートを選ぶ傍ら、私は珍しいお菓子がないかと目を光らせる。

昼前に食べていたお煎餅は、あまり入っていなかったから歌胡と二人で食べきってしまった。午後の授業を乗り切るには、もう少し何か食べたいところだ。



何がいいかと迷う中、いいものを見つけて思わず衝動的に購入した。

前までは大きなスーパーでしか売っていなかったのに、こんな校内の売店で手に入るとは思わなかった。ついつい足取りも軽くなる。


「いたいた!泰知、いいもの買ってきたからあげる」


「智会がそんなこというの、珍しいね」


教室に戻って早々声をかけたからか、泰知が少し不思議そうに振りむいた。

あまりにはしゃぎ過ぎたかとも思ったけれど、嬉しい気持ちを隠しきれなかった。


「あっ、これ前に食べれた奴?」


「そうそう。珍しく泰知が自分から食べるって言ってたから、買ってきてみたー」


「おぉ、ありがとう」


思わず、泰知へ真っ先に食べさせようと駆け寄る。

彼が気に入る商品を、一日に二つも渡せるなんて運が良い。こうして泰知が少しでも食べられるものが増えて、ほっとする。他の人から見たらなんてことないことかもしれないけれど、私たちにとっては意味が変わってくる。


歌胡が呆れたまなざしを向けてくるけれど、何も言わないのは私たちの関係で思う所があるのだろう。泰知のことを毛嫌いしている節があるのに、食事に関して驚いていたのは最初だけで、あまり否定的なことを口にしたこともない。


歌胡のこういう所が好きなのだと、あらためて実感する。


「―――お前たち、振られた俺へ対するあてつけか?」


泰知が抵抗なくお菓子を頬張る姿に、ほっこりしていたのは私だけらしい。

ごく近い場所からため息交じりの言葉が聞こえ、ズサッと後ずさる。


「い、居たんだ佐藤君」


「……始めから居たよ、中井さん」


「気を遣えばいいのに」


「おい、若宮が腰かけてるのは、俺の机だって忘れるなよ」


「なぁーちゃんの方から、珍しく声かけてるんだよ。あんたは引っ込んでな」


「ちょっと泰知も、歌胡も失礼なこと言わないの!ごめんね佐藤君、お菓子上げるから許して?」


「中井さん、二人に囲まれていると、君が天使に見えるよ」


涙目で、よろよろと近づいてくる佐藤君に顔を引きつらす。

正直、二人の発言は酷いと思うけれど、ふらふらとゾンビのように近づいてくるのはマジで怖いからやめてほしい。


手が届く距離から少しでも逃れようと、一歩下がったところで腰に手が回る。


「智会に、気安く話しかけるな」


「なぁーちゃんに、近づかないで」


そんな声が同時に聞こえた時には、歌胡はその長い手で佐藤君のことを軽く殴っており、泰知はなかなか本気で蹴っていた。私を引き寄せながら足を振り上げるなんて、どんなお行儀だと叱りたいけれど、本音を言えば助かった。わーわーと歌胡に文句を言われている彼は哀れだけれど、さっきの目は怖かった。おもわずぴったりと泰知に体を寄せる。


うっかり自分で作った、『学校では、泰知とベタベタしない』という決まりを忘れかけるほどには、ビビッてしまった。


「可哀想に、なぁーちゃんを見てごらんなさいよ。若宮の野郎に頼りたくなる程に、怯えちゃってるのよ」


「どうしよう、色々納得いかない所が多すぎて、素直に謝れない」


さっき以上に涙目の佐藤君を見て、徐々に集まってきた泰知の友だちも、「何か知らんけど、中井さんを怖がらせたなら謝れよ、佐藤」「そうだぞ、男を見せろ」なんて、適当なあおりを入れてくる。


いつも極力目立たないようにしていたのに、つい素で振舞った私は、割と早いうちに罰が下ることになった。






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