おかわり 〜お花見〜
ちょっと季節が前に遡りますが、お付き合い下さい。
暦の上では夏まえとはいえ、まだまだ半袖には早いときのこと。
気温の上下が激しく、服装も毎日季節を前後していた。そんな気温に右往左往するのは人間だけではなく、自然もまた同じだった。
「ねぇ。去年は出来なかった、お花見に行かない?」
「……その真っ赤な目で、くしゃみの止まらないまま?しかも、ほとんど散っている頃だよね」
「えっ、いやいや私のこれは、単なる寝不足からくる軽い風邪症状だから」
「いや、別に何も言ってないんだけど。第一、もしも寝不足で風邪だと自覚があるなら、大人しく家で寝ていなよ」
「うっ……お花見は別だから」
「そんな、お菓子は別腹みたいな表現されてもねぇ。いい加減、花粉症だと認めたら?目痒くてしょうがないんでしょう」
「そ、そんなことはない、よ?」
「思いっきり、目パシパシしているし。なぁんでそんなに嫌がるかなぁ」
「嫌に決まっているじゃない!これまで春と言えば、ちょっと虫や変質者が増えて苛立たしいなぁっていう思いはあれど、ようやく暖かくなって外に出たい気持ちも出てきたところなのにっ」
「ん?聞き逃しそうになったけど、また変な奴が出たのか?」
智会は優しそうな人となりがにじみ出ているのか、よく人に絡まれる。
街中で道を聞かれることなど珍しくはなく。チラシ配りや宗教勧誘は勿論、痴漢や変質者まで寄ってきてしまうのは困りどころだ。
普段は僕や、見るからに気の強そうな彼女の友だちが近くにいるから危険を避けられているが、時々彼女一人で買い物に行ったときなどに変な輩に絡まれたりしている。
「また一人で買い物に行って、変な奴に出くわしたの?教えてくれれば、荷物持ちでもなんでもするって言ってるのに。嫌な思いしなかった?大丈夫??」
パッと見た限り怪我などは見当たらないし、取り乱した様子もない。
突然花見をしたいなんて言い出したのも、何か訳があるのではないかと勘ぐってしまう。
「違う違う。天気予報で、もしかしたら週末にも雨が降るかもしれないって言っていたから、早く行かなきゃって思っただけ」
「……本当に?」
「本当に!―――まぁ、ちょっと苦手な先輩に今日声をかけられたのは、事実だけど」
「何かあったら、僕に言いなよ?」
慌てて目をそらす智会は、それ以上詳しく話すつもりはないみたいだ。
彼女が相談する必要がないと判断したのなら、無理やり聞き出したりはしない方が得策だろう。いくら幼馴染で恋人だからと言って、なんでも話してほしいなんて無茶なことだってわかっている。……まぁ、後で智会に引っ付いている『歌胡ちゃん』に探りを入れることは、許してほしい。早々、物分かりのいいふりばかりをして居られない。所詮、僕もそこいらの男子高校生と変わらない。恋人を守りたいと思っているし、些細なことでも知っていたいのだ。
「ねぇ。それよりもお花見と言ったら、お弁当だよね。私作るから、次の休みでいいかな?」
「行くことは、決定事項なんだね」
「なぁに、嫌なの?」
「……市販薬でいいから、ちゃんと薬飲んでおきなよね。桜並木の近くには、一、二本はスギ科の植物あるイメージあるし」
「うん!分かった。てるてる坊主も作って楽しみにしているね」
にこにこと笑った智会は、先ほどまでの憂いもなくなったようで何よりだ。
後は、雨さえ降らなきゃいいと、適当に考えていた罰が当たったのかもしれない。
しとしとなんて可愛らしいオノマトペがに合わないくらいに雨が降っている。
窓を開けることすらできない雨風に、これは花なんてひとたまりもなさそうだ。
「そんなに恨めし気に外を見ても、今日は一日雨の予報だよ」
あからさまに落ち込んだ様子の智会の口に、彼女が作ってくれたアスパラのベーコン巻きを放り込む。先月からお互いの予定を照らし合わせ、決めていた花見とはいえ、これでは雨が止んだところで花見などできる訳もない。数日前から季節外れの台風が接近しているのは知っていた。それでも、智会は来週に親戚の集まりがあり、僕は先週に風邪をひいていけなくなった。
ギリギリまで期待していたかったのだろう。
「もしかしたら、小雨程度で済んでいけるかもしれないから、願掛けの意味もかねて」なんていって、とりわけ豪華な2段のお重にこれでもかと手料理を詰め込んでくれた。朝から頑張って唐揚げを揚げて、タコさんウィンナーを作って、だし巻き卵を作る。テレビなどで見るド定番のメニューのほかにも、箸休めのポテトサラダや自家製の漬け物。炊き込みご飯とくれば、どれだけ期待していたのか分かるというものだ。
「花に嵐の例えもあるぞ」
「さようならだけが人生だって?やめてよ、花見に行けなかっただけなのに、台風一つで人生を語るなんて重すぎる」
「そうだね。たまたま『今年は』花見に行けなかっただけだから、来年は早めにいろいろなところへ出かけてお花見しようか」
これからいくらだって機会はある。
来年だって、再来年だって、日本がそれこそ沈むまで機会はいくらでも巡ってくる。焦る必要はないはずだ。
こちらの気持ちが伝わったらしい。智会はにこりと笑った。
「……その時に持っていくお弁当を考えると、ちょっと大変そうだけどね」
今回は力をこめすぎたからと、気まずそうに髪をいじる姿に胸が締め付けられる。
まさか、ここまで楽しみにしてくれているとは思いもしなかった。
「来年は、手伝わせていただきます」
「うーん、そうだね。たまには一緒に作るのも楽しいかも。ピーラーがあればキッチンじゃなくても作業できるし、洗い物だってたくさん作ればそれだけ大変になるし」
「いつもお世話になっております」
「うん、よろしい。また来年も、お弁当を作ってあげるから一緒に行こう」
新しい約束に胸を踊らせながら、豪華な弁当はリビングで食べることにした。




