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おかわり ~贈り物~

今日はストロベリームーンが綺麗でした。


いつものように、キッチンに立つ智会の背中を見つめる。

帰宅するまでに、よその家庭で夕餉を作るにおいをかぎながらまっすぐ帰ってきた。佐藤なんかは、唐揚げ屋やラーメン屋の前を通るたびに、「腹が減った……」なんて嘆いて、フラフラ店に入っていきそうになっていた。智会以外の料理が食べられない僕でさえ、良い匂いだと感じることがあるのだから無理もないだろう。


だが僕は、下手するとそこらへんの小学生よりも、買い食いや寄り道することもなく家に帰ることも多い。何せ間食ができないと、一般的な男子高校生の胃袋を持つ僕にはなかなかつらい。昼休みに弁当を食べて、午前と午後用にもたされた軽食を食べてしまうと、他には何も食べられるものがない。


もちろん、智会にこれ以上たくさん食事を用意してほしいなんて言えないし、いうつもりもない。ただでさえ、主婦も真っ青な対応をしてもらっているのだ。智会は部活も、友だちに誘われ籍だけ置いているような形だし、こちらにひたすら合わせてもらっている身でこれ以上求めたら罰が当たる。そんな風に、基本まっすぐ帰る僕のために、今日だってパウンドケーキを手早く作ってくれるのだから頭が下がる。




うちの父親だって智会びいきで、「長い付き合いになるだろうし、あまり負担をかけ過ぎないように気を付けなさい」なんて言ってくる始末だ。

はじめは男親との関係はそんなものだろうと思っていたが、「智会ちゃんを悲しませたら、父さんが許さないからな」なんて言っていたところを見ると、相当智会を気に入っているであろうことが分かる。変に気を使われるよりいいが、すでに智会を娘扱いしているような発言には何とも言えない気持ちが湧いてしまう。


「間違っても、智会と別れるようなことはないから安心してよ」


「いや、泰知がそう思っていても、智会ちゃんだって年頃の女の子なのだし、いろいろ我慢や無理をさせているところもきっとあるだろう。言いたいことを言い合えないと一緒にいるのも難しくなるし、きちんと話し合いなさい」


「……分かっているよ」


父さんたちは、一緒にいるのが難しくなったから離婚することになったの?


そんな子どものような言葉が浮かびかけたけれど、そこいらの高校生よりも男女の仲にはいろいろあるのだと分かっているつもりだ。特に父さんと母さんの関係は特殊なものだし、おかしくなった母さんを支え続けることは難しかっただろう。そこには僕のトラウマが深くかかわっているのも分かるし、だからと言って母さんとこれまでのように接する選択はありえなかった。



こんな僕から目をそらし、最低限の接触にとどめることだってできただろうに、父さんと智会には感謝しかない。父さんには改まって感謝を伝えたことはないけれど、何かと「智会ちゃんをを大事にしろ」というし、「父さんに親孝行するよりも、智会ちゃんと一緒に幸せになってくれる方が嬉しい」といわれたこともある。そんな気持ちを尊重するためにも、たまには智会に感謝を伝えられたらと、とあるものを用意していた。




トントンと、リズム良く刻まれていく野菜の音を聞きながら、タイミングを随分前から見計らっている。

こういう時に限って、佐藤たちから連絡が来たり、智会が「必要なものが足りない」と言って自宅に帰ったりしてしまうから、なかなか渡せないでいる。


今日ならば父さんも帰ってないし、この後の予定も未定だ。チャンスは今だとわかっているのに、喜んでもらえなかったらと、足を踏み出せない。

そんなことを繰り返しているうちに、ただ流していただけの番組が夕方のニュースに変わった。そろそろ料理の準備も終わり、「あとは食べる前に温めて」と付け合わせのキャベツを皿に盛っている彼女に、とうとう声をかける。


「ねぇ、智会」


「んー?もう少しでできるけど、さっきパウンドケーキ食べたばかりだし、まだ我慢できるでしょ」


「腹はまだ減っていないから、大丈夫。それより、洗い物は後でやるから、ちょっとこっち来てもらっていい?」


「お腹減っていないなんて、珍しいね。やっぱり、サツマイモでかさまししたお陰かな?」


クスクス笑いながら手を拭いている智会とは対象に、僕の緊張はピークに達していた。智会の友達にも軽くアドバイスをもらったし、大丈夫だと思うのに不安がつきまとう。


「これ……良かったら、受け取って」


内心、バクバクしながら、包みを取り出す。

記念日でもない日に突然渡したから、予想外だったのだろう。智会はきょとんとした顔をしながら、不思議そうに包みを受け取った。


「どうしたの急に?」


「たまにはいいかなぁと、思ってさ」


「えー、こんなの貰ったの初めてだなぁ」


思わずといった様子で、顔を綻ばせながら包みを開けていく。

こんなしっかりしたラッピング、僕だって見たことない。もしかしたら母親はもっと高価なものを山ほど持っていたのかもしれないけれど、自分でバイトした金で買いたかったから、そこまで高価なものは手が出なかった。高校生に人気のブランドだというし、そこまで外していないと思うのだけれど、智会の好みに合うのか店を出た瞬間からずっと不安だった。


「これ……」


「うん。ムーンストーンは、智会の誕生石だろう?」


聞かれてもいないのに、智会にこたえる。

いつもより口数が多くなっている自覚はあるけれど、止まらなかった。テレビの音も遠く、智会の反応が気になるのに目線を合わせられない。もしがっかりした顔をしていたらどうしようと、嫌な想像ばかりしてしまう。


「ごめん。こういうの初めて買ったから、好みじゃなかったらごめん」


「そ、そんなに何度も謝らなくても、すごい素敵だよ。素敵すぎて、宝石なんて高いんじゃないか不安」


「確かにちょっと奮発したけど、実入りが良かったし大丈夫だよ」


智会に贈ったのは、ムーンストーンのついたネックレスだ。

以前に彼女の誕生石だときいて、いつか贈りたいと考えていた。シルバーチェーンはシンプルで、石も小指の爪ほどしかないけれど、見た瞬間にピンときた。周辺は白い乳白色だけど、中心に向かうにつれて水色から青へ変化する色合いが綺麗だった。光の加減でも見え方が変わるところも、幻想的で魅力を感じた。


「いつものお礼もかねて買ったから、つけてくれたらうれしい」


月の光が固まってできたと信じられていた石なんて、こっぱずかしいと思ったけれど、智会が喜んでくれるなら悪くない。彼女が知っているかは分からないけれど、これに決めた理由の一つに「愛の行く末を案内してくれる」なんてロマンチックな意味合いがあるなんて、バレないことを祈るばかりだ。


「お礼なんて……いつも材料費だってもらっているし、泰知のお父さんには何かと貰ったりしているのに」


「父さんのことは、気にしないでいいよ」


智会はいつも恐縮しているけれど、父さんは楽しんでやっている節がある。

たまに冗談めかして「俺の義娘に渡すんだ」なんて、気の早いことを言っていたりするし、本当に智会と別れるなんてことになろうものなら、どんな批判を受けるか分からない。


「うわぁ。こんな素敵なネックレスつけるなんて、緊張しちゃうよ」


「そんなこと言わないで、来週の誕生日にはそれを付けて一緒に出掛けよう?」


「……えっ?」


驚きに見開かれた目をみて、サプライズは成功したようだとホッとする。


「今年は何も言ってくれないから、忘れられているのかと思った」


「智会の誕生日だよ。忘れてないし、祝わない訳ないでしょう」


日が近づくにつれ、チラチラと向けられる眼差しの意味には気づいていた。

そんな眼差しを無視し続けるのは居た堪れなくて、何度サプライズをあきらめようとしたかしれない。きっとあと数年は、同じようなことをしようとは思わないだろう。


「嬉しい……」


「今日は、ストロベリームーンっていって、満月が大きく見える日なんだって」


「そうなんだ。泰知よく知ってたね」


「うん。本当は誕生日当日に渡そうか迷ったんだけど、どうせならこの日に渡したくて。智会のために空に浮かんでいるのを捕まえたんだから、しまい込まずに身に付けて。そうやって、空を見せてやって」


「ふふっ、珍しく気障なこと言っている」


少し前までの申し訳なさそうな表情を消し去りたくて、柄にもないことを言ってみたけれど効果はあったようだ。嬉しそうに微笑んだその瞳は、ムーンストーンのように輝いていた。




参考Web:https://karatz.jp/moonstone-meaning/


ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

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