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おかわり ~ミルキーウェイ~

間隔があきましたが、いつも有難うございます。

少し、時間が戻っております。



ねぇ、泰知しってる?


しとしと雨が降ってくる中、そんな風に智会が聞いてきたのがきっかけだった。




いつもの年より、暑さが弱い気がするとある日。授業が終わっていつものように、智会の家にお邪魔していた。高2の僕たちは、早々に文系と理系とクラス分けがされて、ようやく高校に入れたかと思えば、次はもう大学受験かと辟易している頃だった。


父親から「あまりあちらの親御さんたちに心配をかけさせないようにな」と、くぎを刺されていた。さすがに息子が、長く保護者不在の自分家に彼女を連れ込んでいるという現状は、心配になるらしい。智会の家に負担をかけさせるのは望んでないし、父さんがいなければ智会もたいして気を使わなくて良いと思っていたが……。親たちからすれば、何時間も毎日二人っきりというのはいただけないらしい。例え、隣の家同士だとしても。


子どもの頃からお世話になっている手前、今更智会の親相手に緊張なんてしないし、僕としては問題ない。まぁ、ちょっと智会とイチャイチャしにくくなるが、ここは我慢だ。


「久しぶりに、ゼリー作ったから食べる?」


そんな言葉と一緒に出されたのは、目にも鮮やかな二層のゼリーだった。

下は甘い乳製品の原液を使っていて、白く。上は青いかき氷シロップと、サイダーをゼラチンで固めて、わざと崩して『水』を表現している。

青い水面の上には星形の黄桃や、サクランボがちょこんと乗っていて手が込んでいる。これは、無言で食べ始めたら絶対に怒られるやつだ。ちらりと伺った智会の目はキラキラ輝いているし、間違ったら自分の口に入らない危険もある。


「……涼しそうだし、可愛いな」


「そう!ちょっと時期的に早いかもしれないけれど、七夕をイメージしたの。青いかき氷シロップをみたら、つい作りたくなっちゃって」


「嗚呼、そういえば七夕が近いな」


「うん、思ったよりも上手く出来たのが嬉しくって!ついでに、寒天で作ったピーチジュースを星形にして、アイスティーの中にいれたのも作ってあるから持ってくるね」


恐る恐るゼリーを口に含んだ僕をみて、満足そうに笑った後に機嫌よく紅茶を取りに行った。欲を言えば、もっとがぶがぶ飲めるものが欲しかったが、手持ちの水を一気に煽って喉をごまかす。

いつも料理をしている智会がこうして持ってくるということは、手が込んでいるか、相当自信があるということだ。いつも無感情で食べているつもりはないが、さらっと一口二口で平らげたり、ましてや別のものをすぐに口にしたりなんてことはしてはいけない。



ニコニコ顔で紅茶を運んできた智会の手には、500ミリペットボトルほどはない大きさの縦長のグラスがお盆に載せられており、半分ほど星形のゼリーが泳いでいた。確かにこれだけ星があしらわれていれば、何かの意図を感じずにはいられない。


「さすがに、マンションで笹を飾るなんて出来ないからねぇ。ちょっとでも七夕気分を味わいたいなぁって」


確か、マンションのエントランスに小さな笹があった気もするが、あれは精々幼稚園か小学生に楽しんで貰おうと、管理人が用意しているものだ。ちょっとしか飾りつけしないし、短冊もかけすぎると全体がしなる、頼りない物だった。

ただ住民に季節感を感じて貰おうという、管理人の粋な計らい程度でしかない。


「冷たくて、紅茶もうまいよ」


「あっ、本当?学校に行く前に冷やしておいたんだけど、ゼリーを入れるからって甘さを抑えたから心配で」


「のど乾いてたから、これくらいでちょうどいい」


「やった!お母さんが前に買ってきたんだけど、なかなか使う機会のないスプーンを使えたし大満足」


ゼリーを口に含むたびに、智会の口角が上がっていく。

僕としては、少しでも腹の足しになるものだと嬉しいという感じだ。アイスティーに添えられた金色のロングスプーンは、智会のお母さんが一目ぼれして買ったものらしい。持ち手部分に小さな猫がしがみついているデザインで、スプーンの機能としても邪魔しないデザインになっている。ただ、パフェなどで使われるというそれは、なかなかこの家でも活躍する機会がなかったらしい。智会だけではなく、彼女の母親まで嬉しそうに「そのスプーン買って正解だったわね」なんて、浮かれていた。


「男の子なんだし、もっとおなかに溜まるものがないと困るでしょう?」


なんて、智会が作ったという、昨夜の残り物を持ってきてくれたのは有り難い。

今日は面倒な課題を出されたから、一緒に片づけてしまおうとやってきた。頭を使うと腹が減るし、正直ゼリーだけでは物足りなかった。

少しでも食事で季節感を出そうとしてくれるのは嬉しいが、年の功なのかおばさんの配慮は嬉しいところだ。さんざん世話になってきたから、智会以外の料理を口にしないことも知っているし、安心して口にできる。


「ん、うまい」


「あっ、せっかくおしゃれなゼリーを出したのに、そんなじゃが芋の甘辛煮なんて出さないでよ!」


「えーいいじゃない、美味しいんだし」


「うん、マジで美味いよ」


「もうっ、お母さんも泰知も分かってない!」


おばさんと苦笑しつつも、とっとと課題を片付けようとテキストを開く。

最近は課題が多く、嫌になる。ジメジメした空気も気分が晴れなくて苦手だし、どうせなら雨が降って太陽を隠せばましになるのだが、どうにもままならないものだ。なかなか埋まらない空白に焦りながら、ここで終わらなければしばらく苦しむことになるとシャーペンを握る。しばらくジャガイモを食べながらペンを走らせていたのだが、どうも智会も進みが悪いようだ。書いてはとまり、書いてはとまりと、ペンより口が動いている時間の方が長い。


「泰知、アイスティーのお代わりいる?」


「んー?智会は、課題大丈夫なのか」


「心配してくれるのは有り難いけど、ずっと座りっぱなしだと落ち着かないし動きたい」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


はぁーいと立ち上がった智会は、やけに軽快だった。

本当に、動きたくてしょうがなかったらしい。嬉々として出て行ったのを見送り、スマホに手を伸ばす。なんだかんだ言いつつも、自分だって1時間も課題をやっていれば飽きてくる。


集中力が途切れた状態では進みも悪く、まだ半分終わったか終わらないかという段階だ。

ふと窓の外を見ると、相変わらず雲は立ち込めているのに雨は降っていない。

クーラーをつけるほどではないが、どうにもすっきりしない天気だと思いながらBGMになる曲を探す。


「はい、泰知お待たせー」


「嗚呼、ありがとう」


「何、スマホでゲーム始めちゃだめだよ」


「いや、ちょっと気分転換に、曲でも流そうと探してるんだけど……」


いざ探そうとすると、今の気分にあう曲が見つからずスマホを置いた。

持ってきてくれたアイスティーを見ると、さっきよりも少ないけれどゼリーも入っていて有難く口にする。


「そういえば、七夕っていえば泰知しってる?」


「えっ、何が?」


「天の川って、英語圏ではミルキーウェイって呼ばれてるんだって」


「あー聞いたことあるよ」


本当のことを言えば、以前にその由来を聞いたことがあった。

ギリシャ神話では、女神ヘラの母乳がこぼれて出来たものだとされているらしい。彼女の旦那であるゼウスが、別の女性に産ませた子を不死身にするために、彼女を眠らせ母乳を与えた。しかしそれに気づいた彼女が拒絶し、こぼれたものが天の川になった。


初めて聞いた時は、何ともまぁ壮大な話だと思ったものだが。次に感じたのは、どこにでも駄目な親はいるものだという感想だった。



この場合、ダメなのは父親だが、うちは母親の方がダメだった。

勝手に一人でしょい込みテンパった末に、無理心中なんて冗談じゃない。いまならわかるが、あの時は色々とおかしかった。幸い、父親はまともなままでいてくれたし、智会がいたから救われた。だが、彼女や彼女の家族がいなければ、今はなかっただろう。


僕もだいぶ精神的にやられていたし、今だって周囲に言わせれば完全にまともに戻った訳ではないようだけれど、あの悲惨な状況からすれば『まだマシ』だとは誰だっていうだろう。


「神様の母乳がこぼれたなんて、ずいぶん凄い想像だよね」


「……そうだね」


「きっと、うちのお母さんみたいにそそっかしい神様か、子だくさんで育児疲れしている肝っ玉母さんみたいな神様なんだろうね」


「…………」


一瞬、楽しそうな智会の顔曇ってしまうのではないかと、危惧をした。

けれど予想に反した笑顔をもらって、「嗚呼、よかった」と音もなくつぶやいた。こんなミルキーウェイの由来なんて智会は知らなくてもいいし、どうせなら夫婦が失敗をしながらも健気に互いを想いあう『天の川』の方だけ知っていればいい。


「今年は本物の天の川が、見れるといいね!」


「一緒に見ようか……?」


「うん、楽しみにしてる」


気づけば、しとしと外では雨が降り出していた。

この智会の顔が曇ることのないようにと、そっと何億光年先に願いをかけた。




【参考Webサイト】https://ja.wikipedia.org/wiki/天の川『ウィキペディア』


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