十四杯目
お時間空いていて、失礼してます。
今回、季節感無視しております。
念願のデートが終わってから私と泰知は、テストに追われはしたものの、穏やかに生活していた。
もうそろそろクリスマスが来るし、冬休みになったら出かける機会も増えるだろう。これまでクリスマスケーキも料理も全て私が作ってきたし、おせちだって素人ながら可能な限り作ってきた。
母や弟には呆れられるけど、父や離れて暮らすおばあちゃんには褒められたから、それなりにいい線いっていると思う。黒豆を煮たり栗きんとんをつくったりと数日かけて一からやるのは大変だけど、「こんな物までつくれるのか」と驚く泰知をみたくて、中学に入ったころから品数を増やして頑張っていた。目をキラキラさせる泰知をみると、少しでも『普通の』食生活を送れるように手伝えているのではないかと嬉しくなる。
泰知もこれまで知らず努力はしてきたようだけれど、専門家の意見を聞きながら治療をしていこうと前向きだからこそ、料理をしながら心躍る。こんなにも世の中には色々なものがあるんだと興味を持ってもらえたら頑張った甲斐もあるというものだ。
冬休みに入ってすぐ、泊まり込みで福島までおばあちゃんにまで会いに行っていた。
父方のおばあちゃんは長男家族と一緒に住んでいるのだけれど、お正月だけは旅行がてら我が家に泊まりに来ていた。夏は北海道の親せきの家に泊まりに行っているというのだから、私なんかよりよっぽどアクティブに動き回っている。
そんな毎年の慣例のためか、泰知も心得たもので「智会は今年も福島だろう?青べこのマグカップ買ってきてくれよ」なんて、おみやげまで要求する始末だ。
彼が言う青べこはおばあちゃんの家近くの名産品で、顔にはハードパンクのような模様が描かれ、胴にはスカルマークのある変わった牛のキャラクターだ。一度冗談でこれの置物をお土産として渡したら、なぜかえらく気に入られてしまったらしい。泰知の部屋には青べこのグッツが着々と増えていき、いつかハードパンクにはまってしまうのではないかと、内心びくびくしている。
早く向こうを出たおかげか、さほど渋滞に巻き込まれずに帰ってくることが出来た。
さすがにずっと変わらない高速から見る景色に飽きて、最後の方は寝てしまったけれど。スマホをいじったり、滅多にしないしりとりをしながら、何とか暇な時間を乗り越えて日が沈む前には家に着いた。もちろん、途中で寄ったサービスエリアでしっかり青べこもゲットした。
車から降りた私は、荷物もそこそこに泰知の家へお土産を携えて乗り込んでいた。
「おかえり、智会」
「ただいま泰知」
穏やかな顔で、抱き寄せられてほっと息を吐く。
どうやら私がいない間、特別問題は起こらなかったらしい。スマホで連絡は取り合っていたけれど、実際に彼を見て触れてようやく安心した。強がりでも何でもなく、彼を脅かすようなことは起こらなかったのだろう。
「やっぱり、泰知と逢えないと一日でも調子でないや」
「…………」
何も返事をしないまま泰知は、ちゅっと軽い音を立ててキスをした後再び抱きしめてきた。
数日とはいえ、私と逢えなくて寂しくなかったのかと思えば、そうでもなかったらしい。だんだん、背中に回る腕がギリギリと音を立ている感覚になる。これは、いくら恋人同士の感動の再会でも、ちょっとやりすぎな気がする。
「た、泰知ちょっとくるしいっ」
「…………」
「も、もう!全然平気そうな顔してたくせに、寂しかったの?」
「っ…………」
「いたたたっ!ごめっ、ごめんってば!」
ちょっとからかうつもりだったのに、想像以上に寂しんでくれたらしい。
冗談交じりの抱擁は、力強いものだった。しばらくぎゅーぎゅー抱きしめられたのちに、リビングへと移動する。
「作り置きしておいた、ご飯は食べたの?」
「……食べたよ」
「そう、ご飯が食べれたらまずは大丈夫ね。食事は人をつくる基本だから」
「……うん」
「もーう、いつもそうやって笑って馬鹿にするんだから!」
人がどれほど、栄養バランスに気をつかっているか知らないでと、何時もの如く頬を膨らませかけた私に、思いがけない言葉が返り絶句する。
「いや、それ『うちの母親』がよく言っていた台詞だから……ついね」
「えっ」
散々気を付けていたつもりなのに、泰知にいらない負担をかけてしまったかと固まる。
けれど、泰知の様子は飄々としたもので、不自然に呼吸が乱れる様子もないし、心配はいらなそうで拍子抜けする。緊張して無駄につばを飲み込み、こぶしを握ってしまった。体に入っていた力を、ゆるゆると抜く。
「ん?意外かな。あれでも、あの人はあんな事をしでかすまでは、それなりに著名な料理研究家だったらしいんだけど」
「―――意外っていうより、そんなこと泰知は一度だって言ったことなかったから」
ちょっと握りしめた掌が痛い。
泰知は、ちょっと苦笑しながら掌に軽くキスを落としてきて、わずかに頬を染める。こういうキザな事を自然と出来るのが、本当に彼の狡い所だと思う。
「自分としては、大していい記憶がないんだけど、智会が時々言うその言葉は、不思議と嫌いになれなかった」
「……ごめん」
「なんで謝るの?こっちからしたら、少しはあの人にもいいところがあったんだと思い出せて、感謝したいくらいなのに」
知らないこととはいえ、無神経なことを口にしていたのだということに打ちひしがれそうになる。偉そうに説教していた言葉は、心のどこかで何時も苦々しく感じていた人物の口癖で。他でもない、彼を苦しめる原因を作った人物の言葉をサル真似のように発していたなんて、恥ずかしくてしょうがない。
「だから、そうやって勝手に思い込んで、人の感謝すら打ち消すなって」
軽く後頭部に落とされた手刀は、思いのほか重くて痛かった。
確かに、せっかくお礼を言ってくれている彼に対して「ごめん」と返答するのは、少々失礼だったかもしれない。私がここですべきなのは安易な謝罪ではなくて、彼の真意を正しく読み解くことのだろう。
「はい、こういう時はなんというんだっけ?」
「……ありがとう」
良くできましたと言わんばかりの顔で、ぐしゃぐしゃと頭を掻きまわされる。
普段だったらやめてと怒っている所だけれど、今はそんな気になれなかった。しばらくぐずぐず言いながら、泰知に抱きつく。さっきとは逆の立場に、自分でも何をやっているのかと思うけれどやめられない。
「ったく、うちの親なんかよりよっぽど過保護だなぁ」
よしよしと抱きしめられながら頭を撫でられていると、むしろこちらが守られている気になってくる。過保護だなんて彼は表現してくれたけど、勝手に心配して勝手に落ち込んだだけだ。くるくると髪を触られて、その感触に肩をすくめる。
「久しぶりに、智会のつくった出来立てご飯食べたいな」
「分かった。腕によりをかけて作るね」
数日ぶりに泰知と食べたご飯は、とても温かくほっとするものだった。




