十三杯目
ようやく、いろいろな誤解が解けてから初めてのデートを取り付け、私は思いのほかテンションが上がっていた。いや、いっそ自分でも引くくらいにテンションが上がって自分でもどうしようもなかった。
何せ、自分は弱った彼に付け込んだ最低な人間だと思っていたし、そんな状態で彼の横を歩こうものなら、周囲の声に惑わされて押しつぶされてしまうのは目に見えていた。ささやかな事柄を除くと、彼は恋人として理想の相手と言ってもいいだろう。
そんな人の横に並ぶには、相当の美人か容姿はさほど卓越していなくても、他には負けない長所などがなければ周囲……特に同性の目は大変厳しい。彼の姿を目に止めた途端、まるで品定めするかのように隣にいる私まで値踏みされるのだ。その視線には、スタイルやセンスからさまざまな点で女として点数をつけられているような気分になる。実際に、私自身もイケメン俳優と恋愛報道がでたアイドルを、それこそ減点方式でどこがダメだ。どこはまぁいいかなどと、大変上から目線で眺めたことも記憶に新しい。
「嗚呼、どうしよう!明日着ていく服が決まらないっ」
何時もならお気に入りの服の中から気分や天気で選ぶのに、少しでも素敵になりたくて靴からバッグ、小物に至るまで集めてきては頭を悩ませた。すべてのお気に入りがうまく合致すれば嬉しいけれど、なかなかうまくいかないのだ。
あまり派手すぎるとケバくなるし、地味にまとめれば針のむしろ。
現に、悩みすぎて外した格好をして「……なんか、何時もと感じちがくね?」と、泰知に訝しげに見られてへこんだこと過去数回。今度のデートは、何としても間違いたくなかった。
滅多に買わないファッション誌を買って、うんうん悩みながらコーディネートを考える。
家で悩んで、学校でも悩んで。少しでもヒントがあればと、男性誌まで読んだところで、こんなにも女性誌とちがうのかと、余分なところで衝撃を受けたりした。
あんまりにもずっと悩んでいるから、歌胡に「もういっそ、本人にどれがいいか聞けばいいんじゃない?」なんて投げやりに言われ、それもそうだとその案を採用することにした。
すぐにもそれを実行するために、その日のうちにくつろいでいる泰知を家で捕まえて、雑誌を見せる。
「ねぇ、この中だったらどれが一番好き?」
始めは何を言われているのか分からず、きょとんとした表情をする泰知だったけれど、見る見るうちに苦い表情になって、眉間にしわを寄せ始めた。ただ質問しただけでこの反応で、何が彼の琴線に触れたのか分からず首をかしげる。
「何か、私変なこと言った?」
「女の服なんか、わかんないよ」
「別に、服を一からコーディネートしろなんて言ってないよ!ただ、どんな雰囲気の子が好きなのかなーって思って」
そしてあわよくば、好みの服装をして惚れ直してもらえればなんていいなぁーなんて考えていることまでは、決していうつもりはないけれど。とりあえず、今度のデートは恋人として仕切りなおしの初デートのような心境だから、どんな服装をすれば喜んでくれるのかリサーチしたかったのだ。
雑誌なんて何冊も熟読したし、恋人のいる友達にだって相談した。
ネットやSNSでその手の話題が上がったら必ずチェックだってしていたけれど、結局分かったのは人それぞれ好みが違うということだった。
過去に褒められた服や。いやに視線を感じた服装。
クローゼットに入っている、とっておきの服まで引っ張り出してみたけれど、どれが気に入るか考えれば考えるほど謎が深まる。
もうすぐデート当日なのに、全然服が決まらないと嘆いていた所、歌胡が背中を押してくれたため、本人に聞くことにしたのだ。決して歌胡のあれは、いつまでもグダグダと煩い私を黙らせるためのものではないと、信じている。
……信じていたのに、泰知から返ってきたのは、煮え切らない言葉と浮かない表情だった。
それでいて雑誌のなかでは一番細身な上に、普段私が着ないような、パステルカラーのワンピースを着ている娘を選ぶのだから憎たらしい。少々納得のいかない気持ちはあれど、とりあえず着て行く服が決まったことに満足した。
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念願のデート当日。朝から冷たい風が体を吹きつける中、寒さよりよっぽど気になることがあって首をかしげる。
「……おかしい」
何がおかしいって、泰知の反応がおかしすぎる。
今日は珍しく、待ち合わせなんてものをしてみた。それというのも、彼が午前中に野暮用を片付けたいというので、これ幸いと待ち合わせすることにしたのだ。何せ、普段出かける時は互いの自宅が待ち合わせ場所みたいなものだから、一般的な恋人同士のデートという雰囲気を味わってみたかったのだ。今か今かときょろきょろしてみたり、何度も鏡をのぞいてみたり。そういう当たり前を経験してみたかった。昨日歌胡と話している時も、その気持ちは抑えきれなかったらしい。
「あー、次の休みなに着て行こう?」
「なぁーちゃんったら、なに今さら言ってるのよ」
「だって、泰知と待ち合わせなんてしたことないし」
「えっ、どんな冗談よそれ」
歌胡には心底呆れられてしまったけれど、幼馴染としてながく一緒にいると、どうしても毎日ドキドキなんてしていられない。けれど、今日は何時と一味違う。相手を待つドキドキ感や、待ちくたびれていないかというドキドキ感。どちらにしても、楽しみでしょうがなかった。
「ごめん、お待たせ!」
「んー?」
スマホを触っていた彼へ声をかけるのにも、緊張した。
一人立っている姿は惚れた欲目か、絵になるように見える。こんな格好いい人の恋人として、自分が横に立っていいのか戸惑いつつも誇らしい。今日は少し頑張って髪も整えたし、服にだって気合を入れた。照れつつも褒められるのを期待して声をかけたのに、泰知が浮かべたのはどこか戸惑ったような表情だった。
「えっ、あ……あんまり待っていないから、気にしないでいいよ」
「そう?」
「うん、じゃあ行こうか」
一瞬、全身に目を走らせたと分かったのに、何のコメントもないことが存外ショックだった。これだけ頑張っても褒める言葉一つもらえないなんて、どれだけ自分は駄目なのか。家で鏡に向き合った時はそれなりにあった自信も、風船から空気が抜けるようにどっかへ消えてしまった。
終始そんな感じで、楽しみにしていた観覧車も、彼が見たいと言っていたおもちゃのブロックで実際の街を再現した展示を見ても、カラ元気のままで終わってしまった。よそよそしい彼に不安になり、無理にはしゃいでみたりして。結局は、あまりの人の多さにどうすればいいのかわからないまま終わってしまった。
持ってきたお弁当には満足してもらえたみたいだけど、空になったお弁当箱に詰め込もうとした思い出はさほど得られないまま終わってしまった。楽しみで楽しみで、朝にお弁当を作るところから、スカートのすそを直すところまで気合を入れて、ちょっとの寝不足くらいなんてことないと思っていた。
「―――それなのに、なんでずっとそんな感じなのよ!」
「はぁ?いきなりなんだよ」
「今日、気合入れて楽しみにしてきたのに、なんでそんなつまらなそうにしてるのよ!ずっとスマホ観たりしているだけで、楽しもうともしてくれないしっ」
「いや、別に楽しかったけど……」
「私はもっと、一緒に話したり見たりして、泰知と共有したかったのにっ」
こっちは、今日の約束をしてからずっと馬鹿みたいに迷って騒いで、楽しみにしていたのに。滅多にしない美容パックもしたし、爪のネイルも整えた。前髪だって切ってきたし、サイドを少し編み込んだ髪は、数日前から何時間もかけて練習したものだ。始めは、泰知もなれない待ち合わせをして、照れくさく感じていたのだろうと思っていた。けれど、徐々に陽が落ち始めて、「そろそろ帰ろうか」と言われたら駄目だった。
「第一っ、泰知が可愛いって言った服もわざわざ買ってきたのに、どうして無反応なのよー!」
「んぁ?僕が可愛いって言ったって、何時のこと……」
「忘れたとは言わせないわよ!学校で雑誌を見せて、どれが好みか聞いたじゃないっ」
本当は、近くにいる同級生たちにも嫉妬している私にしたら、しぶしぶ泰知の好みを知りたくてした事なのに。雑誌の可愛い女の子たちを見て、鼻の下を伸ばされたらどうしようかと不安になりながら、それでも頑張って起こした行動だったのに。
そんなことは一ミクロンも伝わっていなかった様子で、泰知はしばらく悩みこんだ様子で、ようやく「嗚呼……」と、一つ頷いた。
「やっと思い出したっ?」
「だって、あれが一番お前と似てたんだもん」
「えっ……」
よくよく思いかえしてみると、確かにあのモデルの髪形は少し私と似ていたかもしれない。
それを思い出しても尚、にわかには信じがたくて目を瞬かせる。だって、それではまるで……。
「どれが『一番好きか』なんて聞くから、服じゃなくて外見で選んだ」
なんだ、服装の好みを聞きたいなら、そう聞けばよかったのにという彼の声もどこか遠い。
「いや、私はあんなに細くも可愛くもないわよ」
「あーそりゃ、智会のほうがいいけど、敢えてだよ敢えて。敢えて言ったら、あの子が一番お前に近かったんだって」
どこか投げやりな様子で、泰知はさらに言葉を続けた。
今自分は何を言われたのかと、回転率の悪い頭を必死に働かせたところで、顔が火を噴くように熱くなった。さっきの言葉だけを見れば、とんだ遊び人の最低男なのに、その中の意味はもっと私を動揺させるものだった。意味もなく手をわきわきとさせ、目線をきょろきょろとせわしなく動かす。
これでは自分の方がよっぽどおかしいと頭の端では思うのだけれど、止めることが出来なかった。そんな私に追い込みをかけるように、泰知は言葉を続ける。
「あのさぁー。期待にそえなくて悪いけど、僕だってだてに智会の料理ばかり食べてた訳じゃないんだよ?鳥だったら立派な刷り込みだって」
「―――それを言うなら、餌付けだと思う」
「嗚呼、確かに。って、おい!それじゃあ、ペット扱いじゃないかっ」
一人ノリツッコミに忙しそうな彼には悪いけど、私にとってはそこいらの捨てられた犬猫より『手のかかる子』だった。誰かに預けて泊まりに行くことも出来ないし、どこかで苦しんでいるのではないかと思えばおちおち離れることも出来ない。……手がかかって、わがままで、何より優先すべき愛おしい存在だった。
もしかしたら、そんなのは馬鹿な思い違いで、自分に酔っているだけかもしれないなんて考えが浮かんだこともあるけれど、大切だと思う気持ちが変わることはなかった。
一度気持ちがあふれだしたら止まらなくて、人が沢山通る大通りの片隅で、好奇の目に晒されているのに、せりあがってくるものを止められなくなった。
「……もう、本当に嫌になっちゃう」
「なんだよ。また泣くのかよぉ」
最近、妙に涙もろくなってないか?なんて頭を撫でられるけれど、ちょくちょく泣くようなことを口にするそちらが悪いと脇腹あたりをぎゅっとつかむ。服と一緒に少ないぜい肉も掴んでしまったようだけど、「ぎゃっ!」と痛そうにしている彼に溜飲が下がって内心ほくそ笑んだ。
どれだけこちらが、泰知の言葉に一喜一憂していると思っているのだ。それこそ、疲れなんて自覚する暇がない程たやすく左右されているのだから、少しくらい困ればいいんだなんて考えまで浮かんでしまう。
「いっぱい写真撮ったから、あとで見せてやるよ」
「イルミネーションとか、綺麗にとれてる?」
「いや、ピントは智会に合わせたから微妙かも」
「……何時の間に、そんなことしていたの?」
「伊達に、スマホを見ていたわけじゃないって」
変なところで偉そうな泰知に呆れながら、最後は二人でちょっとの寄り道を経てゆっくりと帰ったのだった。




