表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

08 二人目の魔術師とシーサイド・ランデヴー


 国道191号線を直進した二見ときわは少しずつブレーキをかけ、無難に速度を落としていた。

 ルートを外れたとはいえ道は続いているし、対向車がいるわけでもない。あのスピードでムリに曲がるよりも、こちらの方がずっと安全だ。

 が、しかし。


「はー、一時はどうなることかと……って、うわぁっ、そこの人、どいてどいてーっ」

「え? うおぉ」

 暗闇に急に現れる人影。ハンドルを切って避けようとするときわだったが、二人は女騎士とオークのように引き寄せられていく。


 どん。


 停止しきれなかったとはいえ、ほとんど止まる直前だ。ぶつかった衝撃自体はほとんどしなかった。

 はあ、よかった。

 ときわが胸をなでおろそうとしたその時、水音が響く。


 ――ぼっちゃん。


 二人が共に向かった方向は、運悪く道路の海側だったのだ。ガードレール下は、夜の漆黒の日本海の崖っぷち。

 ぶつかった衝撃で、男の手から何かがこぼれ落ちるのが見えた。それはガードレール下をくぐりぬけ、あっさりと海へとダイブした。

「あぁ、ボクのリサちゃんが……」

 男はガードレールから身を乗り出し、飛び込まんばかりの勢いで下を覗き込んでいた。


「ごめんなさいっ、ほんとすみません。すぐ取ってきます!」

 とは言ったものの、夜の海はコールタールを溶かしたように真っ黒だ。不気味だとか以前に、見つかるわけもないだろう。


「あー、いや、いいよ。別にそんな高いものじゃないし」

「でも……、何を落としたんですか?」

「サドルだよ、自転車の」


 見ると、少し離れた位置に彼の自転車が停めてあった。ときわには車名まではわからなかったが、ねじ曲がったハンドルがいかにもなロードバイクだ。

 整備をしていたようで、荷物も広げられている。

 もしかして、参加者? 疑問が胸に浮かぶ。


 ときわの顔を見て察したのか、男は説明してくれた。

「そうだよ、チャリチャンの参加者さ。使おうと思ってたサドルが合わなくてさ、交換しようとしてたんだ」

 ああ、それでコース外にいたのか。納得するときわ。

「ごめんなさい、私のせいで、走れなくなっちゃって」

 謝るときわの声を、男が遮る。

「気にしなくていいよ、換えのミホちゃんもいるから。ほら」


 男が取り出したのは、ロードバイク用とは思えない、平べったい形のサドルだった。ときわにもなじみの深い普通のママチャリ用のサドルに見える。

「ああ、ボクは見ての通り太ってるからね。これくらいの大きさでちょうどいいのさ。ボクの名前は原田。君は?」

「ときわです、二見ときわ。魔術師です」

 思わず流れで口を滑らせてしまったときわだったが、それに対する原田の返事は、彼女にも予想外なものだった。


「へー、若いのにすごいなあ。ボクも実は魔法使いなのさ、あと二年で大魔導士かな」

「はぇっ!? まじですか! 師匠意外で魔法使いとか初めて見るよ、どんな魔法を使えるんですかっ?」

 目をキラキラさせて質問するときわ。

 原田は少し照れ臭そうに答えた。

「別にそんな難しいのは使えないよ。そうだね、精神創造(マインドクリエイト)とか確率操作(エンカウントマニュピレイト)とかかな」

「すごっ! なんかわかんないけど、すごそうっ!」

「すごくないよ、すごく限定的な術だからね。例えば、君には使えない」

 彼はときわの服装を一瞥して言った。


 へー、なんだかわかんないけど、すごいんですね。感心するときわに、原田は苦笑いで返した。


「良かったら、一緒に走る? 順位を狙ってるわけじゃないから、のんびりだけど」

「いいんですか? よろしくお願いします!」

 その申し出はときわにとっても願ったり叶ったりだった。




 ところ変わってセンザキッチン。

 中継車で移動しようとしていたミス・リードの元へ、続々と悲鳴が届いていた。


「もしもしリードさん? どう見てもここ、国道には見えないんだけど」

『大丈夫です、国道に見えないのなら、その道で間違いありません』


「すみませーん、ライトの電池が切れちゃったんですけど、本気で真っ暗で何も見えないっす」

『朝を待ちましょ。え、添い寝? ゴールまで来てくれたら考えますよぉ』


「サルが出て来て、荷物を持ってかれちゃったんですが」

『残念です。とりあえず猟友会の皆さんに連絡しておきますね』


「暗いよー、怖いよー」

『あーもう、天井の染みでも数えていてください』


 うんざりしたミス・リードは、一旦参加者からの通信をカットすると、携帯で本部へと連絡を入れた。

「もしもし運営本部? なんですかこの状況は!

 道が悪いのは仕方ないにしても、サポート体制が整ってなさすぎます! これじゃさっぱりレースの体をなしてないですよ!」

 彼女の不満はもっともだ。

 ドローンにGPS、インカムと、参加者の管理面では過剰なサービスを行っているチャリチャン運営だったが、コースに関してはほぼ手付かずの状況だったのだ。

 早口でまくし立てる彼女とは対照的に、電話からの声は非常にゆっくりとしたものだった。

「なあに、トラブルなんて自分で解決してこその自転車、自転車乗りだろう? サポートが無ければ走れないようなら、最初から車検のある自動車にでも乗っていればいいじゃないか」

「ぐっ、――でもっ!」

「大丈夫だよ、見ている限りはとても楽しめる。では、レースの成功を願っているよ」

 トラブルなんて自分で解決してこその自転車乗り。三隅梨乃は、そのセリフに反論できなかった。

 言葉に詰まっているうちに電話は一方的に切られてしまう。


「どうしますー、三隅さーん」

 あくびを噛み殺しながら、ドライバーが聞いてくる。

「仕方ないじゃない。引き受けちゃった仕事なんだから、やれるだけ面倒見てやるわよ」

 レースが始まってしまった今、参加者たちが頼るのは自分しかいないのだ。大丈夫、撮影が始まってから騙されたことに気付くなんて、慣れっこだったじゃないか。

 ミス・リードは乾いたのどを”にしきのおいしい水”で潤すと、倒れていたマイクを引き寄せた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ