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05 通学用チャリとハイウェイ・スター


 シグナルが消灯すると同時に、一斉に皆が走り出す。今大会はマスドスタート式を取っているが、計測はグロスタイム方式である。

大きな混乱もケンカも無かったのは、この大会のカオスっぷりがいい方向に作用した結果だろう。

 つまるところレースというよりもお祭りといった面が強く、参加者の多くは細かいことにこだわっていなかったのだ。

 もちろん、こだわる人間も存在する。スタートと同時に割れた卵から中身が零れ落ちるように、ゆっくりと先頭車両が集団を形成していく。その後ろから、いくつものドローンたちが同時に参加者たちを追って飛び回る。


『さあ皆さん、ついに始まりましたね。山口県を縦断する、全行程約75kmのこのレースの映像は、ドローンによりネット中継されています。

 そうです、闇に紛れて何をしても、全部丸見えになってしまうのです! あ、そういうプレイがお望みでしたら、そちらにも対応しちゃいますからねー』


 リード・スミスの実況を聞き流しつつ、勝ち負けにあまりこだわりのないときわは、後方からの安全なスタートを切っていた。

「やべえ、ぶち楽しい」

 思わず顔がほころぶ。しゃーという軽快な音を立てつつ走る。他の自転車にぶつからないよう、距離を保った余裕のある走行。サイコンは20km/hを記録していた。


 ときわの有利は、二つある。

 一つ目は自転車。そもそも今回のレースの参加者は、ほとんどが普段乗りの自転車をそのまま持ち込んでいる。FX3はそこまで高価なモデルではないものの、シティサイクルとの差は語るまでもない。

 パールホワイトにペイントされたアルミフレーム。そこに書かれたTREKの文字は、飾りではないのだ。ボントレガー製のHard-Caseタイヤも、待ち受ける悪路に対して頼もしい武器になるだろう。

 そしてもう一つが、乗り手であるときわ自身だ。彼女は魔術師であり、魔力マナのコントロールに長けている。魔術師にとって、マナのコントロールとはギターのチューニングのようなもの。その筋力や体力は、見た目通りのものではない。

 もともと運動の得意なときわにとって、自転車競技という種目自体も相性がよかった。


 ちなみに彼女の師である長門青海(ながとおうみ)であれば、魔術で空力抵抗や路面の摩擦係数などもいじったのかもしれないが、それはもはや別の競技である。



 ときわが軽快に闇の中を疾走していると、見覚えのある服装の男に追いついた。

「ぜーはー、ぜーはー」

「あ、ネロさん」

 スタートダッシュで一気にトップを目指したダークネス・ネロだったが、当然のことながら、あっという間にロードの集団に抜かれていった。素人が乗るただのシティサイクルに、ペットボトルなどの重しを付けているのだ。当然と言えば当然の結果である。

「くそう、げほっ、この失態は次につなげてやる……。そうだ、要は追い抜かれなければいいのだ。なにか障害物を……、棒とか広げたらどうかな。そうだ、デモンズウイングと名付けよう……、ごほ」


「ネロさん、大丈夫?」

 ときわは思わず声をかける。

「あ、ああ、気にせず先に行け。俺はわざとこの順位に甘んじているだけだ……」

 明らかな強がりに、思わずため息がもれる。仕方ないなー。」とつぶやく。本来ならずるではあるが、このレースはどちらかと言えばお祭り的なイベントだ。少しくらいなら手助けしても、問題になることはないだろう。

 ときわはネロの背中にそっと手を触れた。スタートしてそれほど走っているわけではないが、シャツは汗で湿っており、手のひらがべっとりと濡れる。

「えーと、≪疲労(ファスト)回復(リザレクション)≫っ!」


「……っ、何を……?」

 意味もわからずどきどきするネロ。思えば妹以外の女性に触れてもらったことは、いつ以来だろう。

「えーと、疲れが取れるおまじないです。がんばってねっ!」

 ときわはそれだけ言うと、ペダルをシャカシャカとこいで先に行く。



 国道191号線。海沿いの走りやすい道路は、短い。じきに左折し、ルート491に入るのだ。

 本来街灯があるのはほんのわずかな区間のみなのだが、チャリチャン運営の力により、要所要所にはライトが設置されていた。

 ときわはペダルを止め、タイヤが転がるのに任せる。体を起こして風を感じていると、後ろから声をかけられた。

 「おーい、ときわ、お前も参加してたのかよ」

 聞き覚えのある声。ときわが振り向くと、オレンジ色の、特徴的な両目のライトが目に入った。

 クラスの悪友、山村だった。彼が駆るのは、ブリヂストン・モンテカルロ MS-6NW。山村父から譲り受け、親子二台の通学を支え続ける往年の名車だ。節々が錆びだらけだが、ギア回りはしっかりと注油され、音もなくときわを追ってきていた。


 状態の良さは、農家ならではだ。普段から農機具を使うため、自転車には詳しくなくともメンテナンスの知識も道具もそろっている。

 男子らしい、左右に振り回すようなダンシング。しかし、後ろから追いついてくるということは、出遅れたということでもある。

 山村のモンテカルロの重量は20kg以上ある。ときわの乗るFX3が約12㎏なのを考えると、倍近くの重さがあるわけだ。それだけではない。通学に使うので、荷台やサイドバスケットも当然そのまま取り付けられている。とどめに、前方に取り付けられたライトはダイナモ式。

 スタートで出遅れたのは、それら諸々の重量のせいだろうか。


 ――いや、違う。彼は鯨のカツをくわえていた。


「やまむらー、お前、買い食いなんかしてるから遅れてんじゃん」

「当たり前だろ、今回下関まで走るんだぜ。食べなきゃもたねえよ」

 この位置で食べるくらいならレース前に食べておけばいいのだが、あえてそこには突っ込まなかった。

「途中でどこか寄ればいいじゃんかよー」

「ばか、ときわ。どこに店なんかあるんだよ」

「え、ないの?」

 あるわけがなかった。この時間に空いているお店なんて、コンビニくらいしかない。そして、山口県にはコンビニなんて(ほとんど)ない。


「聞いてやろうか?」

 言うが早いか、山村はインカムのボタンを操作する。

『はいはい、素晴らしい追い上げを見せる山村選手。どうされましたか?』

「このへんでさ、食べ物が買えるところってある?」

『ありますよー。そこからルート491の山道パートを抜けて、約30km先、菊川町近辺にコンビニが数件ありますね。コース沿いですから、見落とすことはないはずですよぉ』


「さ、さんじっきろ……」

「な?」

 愕然とするときわ。山村はなぜかどや顔だった。

 飲み物だけでも用意しておいてよかった。ときわはボトルホルダーを確認し、胸をなでおろすのだった。


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