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13 魅惑のローブとアニマル・インスティンクト

 さてさて、再び二人の魔術師に話を戻そう。

 ときわたち二人のいる位置はいまだ後方。エンジョイ勢に埋もれていた。

 

『さあ皆さん、深夜の山道に苦戦しているみたいですねぇ。国道491号線は確かに悪路ですけど、普通にサイクリングするぶんにはさほど危険はないはずです。自分のペースで、落ち着いていきましょうねぇ』

 ミスリードの役目は、なにもトップ選手たちの実況ばかりではない。レースの円滑な進行の助けとなるように、コースの情報提供なども行っている。

 面白がった参加者たちからのセクハラ発言は、カウンターとなって戻ってくる。どうやらミスリードのほうが一枚上手のようだ。

 軽く聞き流しながら走るときわは、一組の親子連れとすれ違う。


「ほら、みさきー、気を付けて進むんだぞー」

「わーい、ぱぱー、待ってー」

「あらあらうふふ」


 子供用チャリは、無邪気に笑いながらキコキコと進む。ピンクのヘルメットも可愛らしい。

 見ているときわも、思わず笑みがこぼれる。しかし、同時にうすら寒い風が胸を吹き抜けていくのだ。

 それを知ってか知らずか、ミスリードからの不穏な報告が入る。


『おっと、ここで速報が入りました。トップを爆走していた後藤選手が……え、行方不明? まさか道に迷ったとかじゃありませんよねぇ? ええと、一緒に走ってたデスペナルティ選手と山村選手も?』


「山村のやつ、トップの人と一緒に走ってたんだー。けっこうすごいじゃん……って、なんであいつまで行方不明になってんのさ」

 今回のコースが山村の通学路だということは知っている。後藤選手とやらはともかく、毎日行き来している山村が道に迷うとは思えない。


『ううむ、野生動物に襲われたりとかしたんでしょうか。あ、襲われるといっても皆さん男の子ですから、逆に襲っているかもしれませんね、いやーん』


 ときわの心がチクリと痛む。思い出すのは、逃がしてしまったイノシシ人間のこと。

 そうだ、さっきからの不安はこれなのだ。逃げたあいつがどこで誰を襲うかわからない。もしかしたら山村たちも?

 さっきはたまたま自分たちが通りがかったからよかったが、今度は違うかもしれない。

 次に襲われるのは、先ほどの親子たちかもしれないのだ。



 ときわはを振り向いて、後ろにいる原田に声をかける

「ねえセンパイ、センパーイっ」


 ぴったりとときわの後ろに張り付き、尻を凝視していた原田は、顔を起こすとメガネをくいと押し上げた。

「なんだい、ときわちゃん。やはり僕の視線が気になる?」


「え、視線って何のことですか? って、そんなことよりさっきの奴らですよ! 逃げていったイノシシ人間がやっぱり気になるんですけど、追いかけて退治したりとかできないでしょうか?」

「退治って、本気で言ってるの? 相手は野生の獣だ。危ないよ」

「そうですけど、でも――」


 原田の言うことはわかる。普通なら頼むのは猟友会、地元の猟師さんたちだ。けれどときわが見る限り、あれは普通の生物ではない。

 異質の存在。そう、自分やレアリー、そして原田のような魔法使いの領分だと思っている。


「たぶんですけど、あいつは魔力を帯びたモンスターです。魔法使いの私たちにしか、できないことがあると思うんです」

 魔力にモンスター。平和主義者の原田には縁遠い言葉だ。意味はよくわからないが、ときわが真剣なのはわかる。

 だが。


「だとしても、まだ子供の君が気にすることじゃあないと思うよ。大人とか、もっと強い人とかに任せたらどうかな。知り合いに、野性動物駆除に詳しい人はいないのかい?」

「うーん、たしかに師匠マスターがいれば、何とかしてくれるとは思うんですけどー。でもー……」


 ときわは考える。確かにそれが一番いいのだろう。

 今夜はとりあえずレースのことだけを考えて、明日になってから長門青海に電話してみたらどうだろう。

 いや、だめだ。助けが必要なのは、今なのだ。そして今、ここにいるのは、私たちだけなのだ。


「センパイ、私、友達が襲われるのは嫌です」

 まっすぐなときわの瞳が、原田にはひたすらまぶしかった。ここで反対したところで、この少女は一人でもやろうとするだろう。ならば、下手に止めるよりも、自分が一緒についているほうがいいだろう。

 未成年を守るのは、大人の役目なのだから。


誘惑テンプテーションの術なら、一つ方法はある」

 原田は言った。


 おとりにするみたいで、気は進まないけど。

 そう言いながら、原田は路肩に自転車を停止させ、かるっていたバックパックから何かを取り出す。

「イノシシ人間ってことは、獣人族なんだろう? つまり、獣であり、かつ人間でもある」

 ふむふむ。原田の説明に興味深く耳を傾けるときわ。


 取り出したのは、紺色の魔法衣ローブ

「特定のステータスを上昇させるローブだ。まずは対人間用のステータス。今回の場合は魅力だね、それを上昇させるための文様が入ってる。ここの白いラインとかがそれだ。そして、獣の魅了用に赤いリボンを巻く。闘牛なんかに使われている技術だ。これで、やつらをおびき寄せられるはずさ」


 原田の持っていた魔法道具マジックアイテムは、ときわの要求を完全に満たしていた。

 やはりこの人に相談してよかった。すぐにこんなアイテムを用意できるなんて、やはりこの人は一流の魔術師だ。

「センパイっ、ありがとうございますっっ! ……って、あれ? これ、セーラー服?」


「そうだよ、水兵さんなんかも使っている、れっきとした軍服。戦闘服だ」

「は、はあ、戦闘服ですか。でも先輩、上だけセーラー服で、下にスカートは履かないんですか?」



 原田はやれやれと言いたげに、下をむいてため息を吐く。

 ときわは自分が何か的外れなことを聞いてしまったのかと、不安になる。


 中身のわかっているスカートほど、魅力の削がれるものはない。原田が先ほど、確率操作(エンカウント・マニュピレイト)で証明したばかりだ。だからこそ、原田はあえて上だけを渡したのだ。


「そのへんは、ボクの研究も兼ねているからね。あまり気にしないでくれ」

「研究、ですか?」

「そうだ。セーラー服にはスカートと相場が決まっているが、あえてバランスを崩すことで、魅力(ステータス)の上昇率が跳ね上がる場合がある。最大の値を取るのは一体どういう組み合わせなのか。他への応用は利くのか。そんな研究さ」



 ときわが着替える横で、原田の説明はなおも続く。例えばセーラー服とブルマの組み合わせはよく知られており、鉄板となってもいる。しかし、世代交代が進んだ今、ブルマ自体は過去の産物だ。ステータスの修正値も落ちている。

 原田はそれを超えるものを探していた。

 スパッツもスタンダードな組み合わせではある。しかし、着用者を選ぶため、研究は遅れがちだった。

 見えるか見えないかというスカートのランダム性を放棄するのは、勇気がいる。

 露出の度合いを考えるなら確かにスパッツは劣るが、どうせ本体は見せるわけにはいかないのだ。ならばいっそ、脚の付け根をしっかりとガードする代わりに筋肉のラインを魅せてくれるスパッツとの組み合わせの方が、魅力が大きくなるんじゃないだろうか。原田の長年温めてきた仮説だ。


 えーと、ぶるま、ってなんだっけ?

 ときわの世代はブルマを知らない。よって、原田の言うことがいまいち理解できなかった。

 それでも彼女は思うのだ。「先輩ってすごいんだ!」と。



 暗闇を走るときわ。

 誘惑の魔法は強力だ。闇に紛れ、息をひそめて付け狙うものがいた。


 コツンコツン。

 ときわの自転車を、後ろから小突くものがいる。


 ときわは、後ろを走る原田が自分を呼んだのだろうと、何の警戒もせずに振り返る。

「ん、どーしたんですか、センパイ。……センパイ? ……セン……」


 振り返ったときわがみたものは、四つ足の魔獣。

 自転車を後ろから小突いていたのはなんと、怪奇! イノシシ人間だった!

 目が合った瞬間、ときわの顔が強張る。そしてときわは見てしまった。道の後方で倒れている、先輩魔術師の姿を。


 哀れ原田は魔法使いとしての実力を発揮することもなく、イノシシアタックにやられ転倒してしまったのだ。



「うう、ときわ、ちゃん……」

 原田の専門は研究と妨害魔術であり、直接攻撃呪文は専門外だ。


「ちょ、え、うっひゃあ!」

 慌てるときわ。後ろからの攻撃アタックなんて想定していない。得意の魔術を使おうにも、ハンドルから手を離して後ろを振り向くなんてことをしたら、戦う前に崖から転げ落ちてしまう。

「くそうっ、こいつら、こっちの弱点を突いてきやがってぇぇっ!」


 イノシシ人間と魔術師ときわの過酷な追いかけっこ(レース)が始まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 尻を凝視していた原田! やりますね。 さぞかし良い眺めだったことでしょう! [一言] 色んな服装の組み合わせ! 研究の成果を期待してます!
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