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12 うねる触手とクリーピング・デス


「――む?」

 スプリンター後藤はスピードを落とし、山村に話しかけた。


「おい少年、この川はこんなに小さかったかな?」

「お高い自転車に乗っているだけあって、神経質だね。川なんだぜ、せまい場所くらいあるだろ」

「お前には聞いていない」

 デスペナルティの皮肉には取り合わず、後藤は再度聞き返す。


「少年、君はどう思う? 通学路なんだろう?」

「少年じゃなくて、山村な。……うーん、確かにここらの川はこんなに細くはなかったと思うけどさー。それよりも、――なあ、あの木、なんか動いてねえ?」

 山村は目を凝らして向こう岸を眺める。


「それこそ勘違いだろう。風に揺れているだけじゃないのか?」

「いや、風で根っこが揺れるかよ? マジでさ、ほら、あれ見ろよ」


 山村が指さすのは、川岸に並ぶヒノキたち。昼間なら美しいエメラルドグリーンの水面だが、今は深夜。月の明かりに照らされ、黒ダイヤのように白く煌めく。

 そこへ唐突に広がる波紋。じゃぶりという水音。

 水の中から頭を持ち上げる、無数の触手。


 月明かりの下、ヒノキのシルエットがぐんと縦に伸びた。いや違う、立ち上がったのだ。

 水面から幾本もの根が持ち上がる。ヒノキたちはそれらを器用に使い、ゆっくりと三人に向かって歩き始める。

 鈍重な動きではあるが、音もなくぞわぞわと、複数の木が三人を囲むように迫る。


「山村少年、あれはこの地域特有の生物か? その、……天然記念物みたいな」

「そんなわけねーじゃん! おっさん、早くいこーぜ」

「同感だね。とりあえずここを離れたほうがよさそうだ」


 さっきまでのケンカは後回し、三人は我先にと走りだす。


「うおおおおおお!!」

 しゃこしゃこと軽快なペダル音。がさがさという枝鳴りは、すぐに後方へと過ぎ去っていく。

 初めて見る生物だが、のそのそとカメのような動きなのは確認している。

 彼らとて歴戦の自転車乗りたちだ。追いつかれるはずはないと判断すると、余裕も出てくる。


「山村少年、あの木の種類はわかるか?」

「え? んー、たぶんヒノキだと思うけど、なんで?」

「いや、さっき妙な通信があったからな。逆さヒノキとかいう」


 後藤が気にしているのは、さきほどミス・リードから聞いた情報。一ノ俣温泉郷に存在する、逆さヒノキとかいう名所。

「逆さヒノキは知っているけど、単に水辺に木が映ってるってだけだぜ?」

 もちろん本来はこんな危険な場所ではなく、美しい水辺に無数の枯れたヒノキが立ち並ぶ癒しスポット。マイナスイオンもたっぷりだ。

 お立ち寄りの際は、交通アクセスにご注意ください。



「山村くん、この道はどこに通じてるんだい? 奥のほうがかなり細くなってるように見えるぜ。行き止まりじゃないだろうね?」

 デスペナルティがシルクハットのつばを持ち上げながら、山村に聞いてくる。

「んー、そんなはずないと思うんだけどなー」

 そう言いつつも、不安は大きくなっている。

 彼の記憶ではこんな道はないはずなのだが、それを言うなら、そもそもがこの近所に奇天烈なモンスターが生息しているわけがないのだ。

 毎日通っている庭も同然だったはずの道が、妙に頼りなく見える。しかし、日常が崩れるときというのは、大抵こんなもんだ。


 あらためて道の先を見ると、細くなっているというよりも、側の立木がやけにせり出してきている。山道にはよくあることではあるが、何か妙だ。

 風もないのにそよぐ枝。

 ちがう、あれは――


「うわっ、また出たっ!」


 いつのまにか前方の道にはヒノキたちが陣取り、するすると触手を伸ばして待ち構えていた。川で出会ったやつらとは、別の奴だろうか? それとも、先回りをされたのか。



 一ノ俣温泉郷は豊かな自然に囲まれた地だが、自然マナが豊かなのと、モンスターが発生するというのは、全く別の話だ。

 モンスターの発生には、マナの量だけではなく質が大きく影響する。

 当然、逆さヒノキたちも、気紛れで生を受けたわけではない。


 近くにある狗留孫山くるそんざんから流れ出た異質なマナは、川を伝い、逆さヒノキが立ち並ぶ川辺に滞留した。

 そしてそれを吸い上げたヒノキたちはゆっくりと変容していき、そしてついに今宵、満月が狂気の引き金を引いたのだった。


 モンスター化したヒノキはさらなるマナを求め、獲物を探す。生きの良い自転車乗りたちは、格好の餌食だった。


 逆さヒノキたちは枝を触手のようにのばし、自転車ごと捕食しようと襲ってくる。

 三人は慌てて脇道へと入り込む。コースに戻るどころか、もはや自分がどこにいるのかもわからない。

 かろうじてアスファルトで舗装されているのが希望ではあったけれど、それもいつまで続くかわからない。

 先ほどまでの余裕はどこへやら。三人は暗闇を疾走する。


「はあはあ、まったく、どうなってんだよ」

「くっ、俺はどうなってもいい、オルカだけは傷つけるわけにはっ!」


 ぴょーい、ぴょーい


「おい、道が狭くて走りづらい。少し後ろにズレてろ」

「バカかい、君。それならお前が後ろにいけばいいじゃないか」

 いつものデスペナルティなら、間違いなく足が出ていただろう。


 ぴょーい、ぴょーい


 夜の闇を切り裂く笛の音。

 必死で逃げる三人には、その声は届かない。



 妙な笛の音に誘われたか、いつしか三人は、開けた場所に出た。

 側には田んぼが広がっており、中でシカの群れが草を食んでいた。


 少しスピードを落として息を整える。

 しかし、のそりと顔をあげたシカを見て、三人は凍り付く。


 シカにしては妙にのっぺりした顔。ぎょろりとした瞳、そして前脚をあげた変な姿勢。

 そのままシカは前脚を下ろすのでなく、なんと逆に持ち上げた。

 直立したのだ!


「ぎゃああ!!」

「なんだこれ! キモっ!!」


 怪奇! シカ人間がそこにいた!

 何匹ものシカ人間は並んでぎょろぎょろと三人を見つめ、鼻をひくひくとふくらませる。


 ぴょーいっっ!!


 甲高い鳴き声に驚いた山村は、思わず急ブレーキをかける。横滑りする前輪。


「おおっとおっ!」

 後藤とデスペナルティは、それぞれ左右に別れて山村を避けると、同様に停止した。


 スプリンター後藤の背中を、生暖かい汗がどろどろと伝う。

 しまった、目を合わせてしまった。野生動物は目を合わせるのを嫌うと聞いたことがある。

 こいつが人間を襲うのかはわからないが、雰囲気で歓迎されていないことくらいは理解できる。


 ただでさえヒノキに襲われているというのに。

 前門のシカ人間、後門のヒノキ。絶体絶命という奴だ。


 シカ人間は群れとなり、三人に向かって走り出す。

 思わず死を覚悟して目を閉じる三人。

 ところが――



 シカ人間が見ていたのは、彼らの後ろに並ぶヒノキたちだった。

 がさがさと草を乱暴に踏みつけて走る。シカ人間は三人を素通りし、その後ろのヒノキへと襲い掛かる。


 シカ人間はバリバリと音を立て、逆さヒノキを食い散らかす。

 思わぬ攻撃に、逃げ惑う逆さヒノキたち。


 何が起きたかわからずぽかんと見ている二人に、山村の檄が飛ぶ。

「今のうちだ、逃げようぜっ!」

「あ、ああ、わかった」



 走りながら、後藤は山村に聞いた。

「なんであのシカ人間たちは、俺たちを無視してヒノキを襲ったんだろうな」

「んー、わかんねえけど、シカは木の皮をはいで食べたりするからさ。そのせいじゃねえ? たぶん、いい餌だったんだよ」




 レースのコースは、拍子抜けするほどあっさりと見つかった。

 逆さヒノキたちがシカ人間に襲われたことで、ヒノキが展開していた魔力の結界が解かれたのだが、三人には知る由もなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 逆さヒノキ怖い! 絶対夜は近付かないようにします! あの辺はホタルがきれいなのに! シカ人間はもっと怖い!
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