01 無謀な計画とメガネの策士
この作品は、山口県と自転車乗りを(勝手に)応援しています。
名もなき自転車乗りたちと、古城ろっく氏に捧ぐ。
うそです。適当に書いたので、適当に読むこと。
※知らない人のために、一応注意書きおいときます。
これは、古城ろっくさん「チャリンコマンズ・チャンピオンシップ」と、私の「最強魔女in山口県」のコラボ小説です。
独立して読めるように書いていくつもりだけど、唐突に魔法ぶっぱしたらごめんよ。
下にリンクを貼っておくので、こんな身内ネタ小説なんか読む暇があれば、先にそっちを読むがいい。そしてポイントを入れろ、感想とレビューも歓迎だ。
「って言ったってねえ、あんた。自転車のレースをやるのはいいですよ。しかし、こんな長期で公道とか施設を貸し切らせてくれとか、認められるわけないでしょうが」
初老の事務員は、うんざりしながら繰り返した。これで何度目のやりとりだろうか。
相対するのはメガネをかけたスーツ姿の男。彼はレンズの向こう側で、ふらふらと黒目を躍らせていた。こちらはこちらで、めんどくさそうに食い下がる。
「ですから、申請だけでもさせてくれと頼んでいるんです。その上で却下されたら、こちらも納得しますから」
お役所仕事といえば、とかくイメージで語られることが多い。しかし彼らとて、好きで市民をたらい回しにしたり、足りない判子を指摘しているわけではないのだ。
一旦申請を受け付けてしまったが最後、行く先には上司の小言が待っている。
自分よりも若い上司にもったいつけられたあげく、これくらい自分で判断したらどうだと言われ、どういう手続が必要なのかという説明をされ、減らない書類のグチを聞かされ、断るためのもっともらしい口実を探すはめになるのだ。
「申請したって結局断られますから、同じことですよ」
ため息とともに、事務員は言葉を吐き出した。精神を鰹節のように削られるくらいなら、窓口でじっと耐えるくらいは手間でも何でもなかった。
「やあ、何を言い合っているんだい?」
唐突に割り込んでくる声があった。二人が横を見ると、そこには一人の男が立っていた。
年は30台後半だろうか。鋭いが優しさを含んだ目に、俳優のように整った顔立ち。
メガネ男の方はどうやら彼を知っているようで、向き直ると笑顔で話しかけた。
「これはこれは、日室先生ではないですか。どうしてこんなところへ?」
「やめてくれよ、まだ僕は先生と言われる立場じゃない」
まだ、という言葉からは、いずれそうなるという自信がありありと伝わってきた。
事務員はしばらく考えて、ようやくああと思い出した。最近ここによく出入りしている、国交省のお大臣の秘書様だ。一人でいるなんて珍しいなとは思ったが、一介の事務員にはどうでもいいことだ。
そもそもの話をすれば、実際には大臣でも秘書様でもなかったのだが。
メガネ男は、これ幸いとばかりに言葉を続けた。
「実は自転車のレースで公道を借りたいのですが、申請段階で受け付けてももらえなくて……」
「ふむ? 君、申請くらい受けてやればいいじゃないか」
いきなり振られた事務員は、しどろもどろになりつつ答える。
「あーいえ、しかし、前例のない長期間ということもありましてー……」
ふうん、ちょっと見せてもらってもいいかな。 日室と呼ばれた男は書類の束に手を伸ばし、ぱらぱらとめくり始めた。
いったい今の会話のどこに、彼の興味を引く要素があったのか。それとも単なる気まぐれか。ざっと流し読みをすると、メガネ男へと返す。
「確かにこれは、厳しい判断をされるだろうね。とはいえ、受付くらい別にかまわないと思うんだが、まあいいか。――君、この話、私のほうへ直接持ってこないか。なかなか面白そうな話じゃないか」
男の眼が、メガネの奥できらりと光った。思わぬ幸運に喜ぶ目ではなく、獲物を見る狩人のそれだった。
「恐縮です。しかし、よろしいのですか?」
「かまわないよ、道路問題は現代日本における至上命題の一つだからね。それに、私たちの進めている計画にも利しそうだと判断しただけだ。まあそうだな、いくつか条件はあるが。――君、今までに似たようなレースの実績はないかね。まずはデータが欲しい」
「……実績、ですか」
事務員は、人の顔色をうかがうことには慣れていた。二人の話が盛り上がるすぐ横で、彼は風向きが変わったことを敏感に感じていた。
後に、伝説の自転車レースとして語り継がれることになる、チャリンコマンズ・チャンピオンシップ。
その本戦が開催される、約10か月前のことだった。