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「今日の授業も終えて、やっと帰れるって帰宅したんです。そしたら何と、このまとめられた荷物だけが部屋の中にポツンとあって。管理人さんにスグに、空き巣に入られた! って、伝えに行ったら逆に鍵を渡して、スグに引き払ってくださいって言われちゃいました」


 どういう事だろうか、と表情に出ていたのだろう。すぐに説明を追加してくれる。


「私、あかりちゃんとルームシェアをしてたんですけど、どうやら星ちゃんが部屋を引き払ったそうで……それで、今私が持っている物といえば、そんな残されてた荷物のこれっぽっちなんです」

「ルームシェアをしていて突然契約が切れた、と。しかし、それだけならばこんな見知らぬ異性の部屋に転がり込むなんて選択をする必要はなかっただろう? 実家に戻るとか、友人の家に転がり込むとかよ?」


 俺の率直な意見に、コクンと頷いて見せる香織かおり


「勿論、そうも考えました。実家に連絡をいれたかったんですが、携帯の電池は切れてるし、お金も残って無くて……その、今朝大学に行こうとしたら携帯スマホの充電がやけに少なくて、お財布も見当たらなかったんで焦っていたら、あかりちゃんが500円貸してくれて。セットメニュー食べれるし、いつもお世話になってるからあげるって。ルームメイトにそんな優しくされて、私は500円片手にお茶のペットボトルをカバンにつめて大学へ向かいました」


「携帯の電源は午後には切れて、食堂のセットメニューを食べて無一文に。家に帰れば私の私物はどこへやら。残ったのは大学の授業道具一式がつめられたこの大カバン(ボストンバック)だけでした。携帯スマホもお金も無く、何処へ行ったら良いのかわかんなかったんです。こんな経験初めてで、やっとの思いで大学に行けば助かるんじゃないかって、やっとの思いで行動に出て歩いてここまで来たんですけど……既に教授は帰宅しているし、次々と閉まっていく教室に居座る訳も行かず。辿り着いたのはコンビニの前、お水すら買えず、誰かこんな私を助けてくれないかな? って、ずっとあの場所に座ってたんです。でも誰も声をかけてくれないし、私可愛くないし、スグに現実って残酷だなって不貞腐れちゃってたんです」


 いや、可愛いか可愛くないか、なら可愛い方だとは思うぞ? ただな、あんな訳アリな感じを出されると今の世の中、誰も絡もうとしないだけで。


「でも、おじさん私の事コンビニに入る前から気にかけてくれてましたよね? ジッと見つめられて、最初は怖かったです。でも、そのまま『また』無視されちゃうんだろうなって思ってたら、隣に来て……私にチャンスをくれました。これでも、物凄くまさる兄さんとの出会いに感謝してるんですよ? ドリンクくれるし、ご飯くれるし、変な事してこないし。本当に、少しくらいならけがされることも覚悟してたんですよ、私?」


 そんな事言われたら、誠実紳士な俺は手を出せないじゃないか。


「だから、ありがとうございます。星ちゃんが急に居なくなって、心配だけど今は私の事で一杯で、友達失格ですよね」


 全く、どこまでお嬢様育ちなんだこの子は。


「いや、お前さ、その友人に騙されてるんじゃないか? スマホの充電器をわざと抜いて、財布を盗み、更にはいない間に全てを売り払う。用意周到過ぎんじゃん、それも一食分で全財産が無くなるような誘導術に、その星ちゃんとやらが俺は恐ろしいよ」

「なっ……星ちゃんはそんな悪い事する子じゃないですよ! 友達を悪く言うのは、助けてくれたまさる兄さんには悪いですが、怒りますよ!」

「まぁ待て。そうだな、じゃあ質問だ。家賃はどっちが払ってるんだ? 最近、お前はいくら払ったよ?」

「家賃、ですか? ルームシェアですから、一年分を半分ずつ先に星ちゃんに渡しましたけど?」

「なるほどな。春から入ったとして、丁度お前さんから預かった金が切れる頃か。最悪、ひと月分くらいちょろまかされてるかもな、星ちゃんとやらはタダで半年間住めて、お前さんの荷物を全部売り払って更に荒稼ぎ。財布までもっていってるんだ、お前は」

「止めてくださいっ! そんな、星ちゃんのこと何も知らないのに邪推ばかしするなんて」

「お前こそっ! 信じられる者、信じられない者、決めるのは自由だよ! だがな、社会は結果がすべてを語っちまう事もあるんだよ。今、お前は俺を信じれない存在として認識している、だが今夜はどうするつもりだ? あの場所へ戻ってまた見知らぬ誰かに助けを求めるか?」

「そ、それは……」

「それも異性の部屋に転がり込むって事は、お前さんが思ってるほど優しい事態にはならない。穢される? それだけで済まない場合だって十分にあった、っておい!」


 涙を浮かべ、震えて見せる香織。


「さっきからお前お前って、私は香織かおりです、それにそんなに怒鳴らないで下さい」

「む、すまん。大人げなかった、怒鳴って済まない……香織」

「私こそ、助けてもらっているのに反論なんかしちゃってすみませんでした」


 気まずい空気が場を支配してしまう。

 本当に、人を見る目があるといったのは何とやら。

 ろくでもない奴に騙されて、未だに信じ続ける無垢な心を持つコイツは放っておくといよいよダメな気がしてきた。大人な対応をしてやるか。


「いや良い、事情は理解した。しかし男女二人屋根の下ってのはいただけない。そこで、事情を親御さんに説明しておくべきだ。携帯スマホはアンドロイドか?」

「iPhoneです……」

「充電器持ってねぇな、しょうがない、貸してやるよ。これで親御さんに連絡入れておけ、それで明日には迎えに来てもらえば良い」

「すみません、お借りします」


 携帯スマホを受け取った香織は、最初の画面を見つめると固まってしまう。操作方法が違うからわからないか? と思っていたら両手で握ってカチャカチャ操作を始める。いや、電話かけるだけでそうはならんやろ?


「隣、失礼しますね!」


 先ほどまでの空気を打ち破るような声色のギャップに、頷いて対応してみせると隣に座った香織が腕を組んでくる。そしてそのまま。


「ハイ、チーズ! へへ、後はこうしてっと!」

「おい、何してんだよ」


 思わずジト目で隣に座り込む香織を見てしまう。くそ、何て良い匂いさせるんだ、とか思っていると。


「へへ、これでマサル兄さんの携帯スマホトップも寂しくなくなりましたね。自慢出来ますよ、美人女子学生とツーショット写真をトップに出来るなんて!」

「おい、さっき自分の事可愛くないとか自虐的になっていたのはどこのカオリさんでしたっけか?」

「知りませーん。あ、それじゃ電話借りますね」


 やっと電話をかけだす香織。本当に、基本的にはポジティブシンキングなこの子の思考に少しだけ癒される気がする。まっ、騙されてちゃ訳ないが。


「あっ、ママ? 私、香織! え、ちょっと訳あってマサル兄さんの家にしばらく泊めてもらう事になったの、えっ、誰だって? えーっと、三十代のおじ様? ……いや、実はお金が一銭も無くて……うんっ! マサル兄さん、はいっ!」

「はいっ、じゃねぇよ! ったく、ほら貸せ」


 大人な対応には、やりたくない事でも自ら進んで対応しなきゃいけない事もある。


「もしもし、突然すみません。俣妻香織さんのご両親ですか? 香織さんを保護致しました、南勝と申します」

『すみません、あの子がご迷惑をおかけしていませんか?』


 おや、どうやら娘の世間知らずは親公認のようだ。話が通じる相手だとスグに理解すると、俺は香織から聞いた内容と、現状を伝えていった。


『そう、ですか。すみません、あの子の面倒、数日間お願い出来ませんでしょうか、不躾なお願いだという事は十二分に理解しているのですが、現在出張中でスグに迎えに行けなくて。あの子の声色で、大体どんな状況に面してるのか理解しているつもりです。仕事が終わり次第、スグにそちらへお伺いさせていただきますので』


 親公認とか、本当に大丈夫かよ……。


「わかりました。では私の住所と連絡先を……」

『本当に、真面目な方と出会えたようで良かったです。あの子って本当に人を疑う事を知らないから……責任をとってくださるなら、押し倒しても良いですので、あっ、では仕事なのですみませんがこれにて。娘の事、頼みますね』


 一方的に言い終えると通話は終わってしまった。


「ママ、何て言ってた?」

「香織の面倒を押し付けられた。ついでに、押し倒しても良いという親御さん公認の言質を貰った」

「わっ、ママの言った事真に受けちゃダメだからね!」


 そんなに必死に拒まなくても良いだろうに。

 しかし。人生33年、一世一代のリアルイベント到来にどうすべきか悩んでしまう。


 現実的に言えば、押し倒すのはNGだ。

 そもそも、異性として好まれていないのもダウトだな。

 でも、この機会を逃すともう一生こんな異性と話す機会は訪れないだろう。

 くっ、余りにも唐突に訪れた出会いに俺は判断出来ず、取り合えず笑い飛ばしておくことにした。


「わかってるよ。今晩はベッドを使って寝てくれて構わんからな、俺はこれから徹夜でゲームすっから」

「わっ、眠る私を襲う事よりゲーム優先ですか」

「汗臭いんだから、ちゃんと風呂入ってから寝るんだぞ!」

「わうっ!?」


 脇を嗅いで見せる仕草を見つめつつ、俺は逃げるかのようにノートパソコンを起動させると、ローグライフデバイスの中へと入っていく。


 ったく、ゲームもリアルも女がらみのイベント発生だなんて……人生、何があるかわからんな。

 一人が当たり前だった居場所スペースに、リアルでは香織が、あの場所では名も知らない幼女が居るのだ。あの子、お腹空かして消滅とかしてないよな?

 一抹の不安と共に、デバイスを装着した俺は再びローグライフの世界へと舞い戻った。

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