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 徒歩二分と近くにあるコンビニへと向かう。

 真夏なだけあって、日が暮れているにも関わらずジワリとした熱気に肌が晒される。瞬間、噴き出る汗にシャツがピチャリと地肌に張りつく。が、この年まで独り身でいただけあって多少白いシャツが汗で透けようが知ったこっちゃない。


 この辺りは街灯の灯が少ないが、コンビニから発せられる光で夜道も十分に安心だ。コンビニの入り口には大きなピンク色のボストンバックを抱えながら駐車場の車止め(パーキングブロック)に座り込んでいる女性が居るくらいに、治安も悪くない。


 そんな女性の顔をチラリと覗きつつコンビニの中へと入っていく。


『なんか、顔色悪かったよな』


 普段なら女性たにんの顔色なんかうかがわないたちなのに、あんな事があったばかりで思いっきり唇を意識して見てしまった。

 まぁ、女性はどこか遠くを眺めていたようで俺の目線には気づくことは無かった。


 普段、仕事に忙殺されることが多く多少の無駄遣いをしても財布はビクともしない。と、いうわけで少し勿体ないが徹夜プレイに備え何か買い込んでいくとする。


「まずはつまみにスルメに、あぁ、新商品もいいな」


 仕事柄、独り言が多いのはご愛敬。どうせ誰も聞いていないし、聞こえていたところで何かが起こる訳でもない。お構いなしに俺の独り言は続く。


「スミノフもたまにはいっちゃうか。あの場所の続き……あの子も気になるし、少し力つけていくか」


 酒に続き栄養ドリンクをカゴの中に入れ、後はポテチを一袋。ついでに卵の在庫が切れそうだった事を思い出し卵のパックとカゴに入れると、レジへと足を運ぶ。


「年齢人称のボタン、お願いします」


 見習いの札をつけた若い子がスミノフをレジに通すと、ボタンプッシュを促してくる。勿論、促されるままに俺は液晶にタッチすると、ありがとうございます、と店員さんに言われる。


「あの、700円以上お買い上げなので、こちらから一枚どうぞ」


 見ると、どうもクジ引きをさせてくれるらしい。どうせ当たりなんか引けないだろうと一番上のクジをひくと、そのまま財布にしまおうとした。


「あっ、今引いても良いです、よ」

「あぁ、はい」


 慌てたように声を掛けられ、何も無いだろうとぺらりとクジを開封する。


「あっ、当たりですね。スグ交換します、か?」

「む、ええと……はい」


 どうやら栄養ドリンク1本が当選したようだった。その場で交換してくれるというので、お願いするとパタパタとレジを離れ商品棚までわざわざ景品を取りに行ってくれた。

 クジのバーコードを通し、栄養ドリンクを手渡してくれた店員さんが笑みを向けてくれる。


「お待たせしました。ダブっちゃいましたね」

「ええ。ありがとうございます」

「また、おまちしています」


 接客業だと理解しているが、店員さんの瞳が若干潤んでいて、『絶対に、また来てくださいね?』と訴えてきているような甘く優しい声色でいうものだから、おじさん勘違いしちゃうぞー?


『まっ、気がある訳ないわな』


 商品を受け取り、袋の中に突っ込むと見習いの札をつけた店員さんから視線を外し外へと出た。


 ふと、気になり駐車場に視線を向けると先ほどから移動することなく座り込む女性の姿が目に入る。異性に声をかける事なんて仕事相手ならまだしも、こんな場所に座り込む子になんかする行動力なんか持ち合わせていない。でも、何故だろう? 自分でもわからないがこの場所で栄養ドリンクのキャップを開封すると、ゆっくりと女の子を横目に観察しながら飲んでいく。


 私服姿は白地のトップレスで、控えめな胸元の黒ボタンが小さな丘を主張している。

 襟首は少しくたびれているが、汚れている感じはないのでアイロンをサボったのだろう。

 太ももまであるタイプのショートパンツは、いかにも若い子が着用しそうである。綺麗な足に見惚れる事も無く、再び顔元を見ようと視線を移動させる。


 肩元まである黒髪が、先ほど出会った幼女の姿とダブり思わず顔が赤くなるのを感じてしまう。先ほどの衝撃的な出来事をフラッシュバックさせながら、余りのドリンクを一気に喉へと流し込む。

 その時だった。


「喉、乾いたなぁ……」

「ンヴッ、げほっげほっ」

「わっ……? 大丈夫、ですか?」


 鼻に入った! いてぇ、くそっ、何てタイミングで呟きやがるコイツ!

 思わず地で返事を返してしまう。


「大丈夫だよ、ったく、鼻いてぇ」

「ふふ、変なの。はぁ」


 笑ったのも一瞬で、再び物思いにふけこんでしまう女性に、柄にもなく会話を続けてしまった。


「ん、喉が渇いてるんだろ? やるよ、これ」


 先ほどクジで当たった栄養ドリンクを差し出すと、少し渋い顔をしてみせながらも受け取る女性。


「おじさん、これは善意と受け取っても良いのかな?」

「悪意があってタダでドリンクをあげる野郎が居ると思うか?」

「だって、栄養ドリンクをタダで渡すとか、何が混ざっているかわかったもんじゃないじゃない?」

「いらないなら返せ、俺が飲む」

「わっ、わっ! ごめんなさい、ください、欲しいです!」

「最初から素直に受け取っとけばいいんだよ、全く」


 少しだけ女性の指摘にドキッとしてしまう俺だが、栄養ドリンクを飲んだくらいじゃ何もおこりゃしないっつぅの。まぁ、俺は色々と元気になりますけど?


「じゃ、お先に失礼するよ」


 コンビニ袋片手にこの場を去ろうとすると、背後から声をかけられる。

 どうやら栄養ドリンクを飲み干した女性が俺を呼び止めたようだ。ったく、生まれてこの方異性との会話なんて、小学生以来か? トークは得意じゃないのに、これ以上何を話せというのだろうか。


「何かな? 別に善意で勝手に渡しただけなんだ、金を払うとか別に気を払わなくても良いからな?」

「いえっ、その……初対面の貴方にこんなことを言うのは不躾ぶしつけだとは理解しているのですが、お願いがありまして……」


 何か非常に言いづらそうに何かを言いだそうとする女性の言葉を待つ。それを是ととったのか、女性は続きを話し出す。


「今夜、もしよければ泊めてくれませんか……」

「うん、無理」

「そんなっ! 何でもしますから、お願いします!」

「ん……いや、でもやっぱ無理だ!」

「なんでなんですか!」

「何でも何も、知らない女性を連れ込んで事件沙汰に巻き込まれるとか最悪じゃん。俺は安定を好むんだ、だから」

香織カオリ俣妻またづま香織かおりです、すぐそこの女大学の1年生です、フリーです!」


 何か始まった。いや、ここは無視をして背を向けてしまおう。


「待ってくださぁぁい! 自己紹介しましたよね? もぅ、知らない仲じゃないですよね? 人助けだと思って!」


 ガシッと腕を掴まれ、振りほどくわけにもいかず振り返る。


「あのね君」

「お願いします、これには深ーい訳があってですね、今頼れるのはおじさんだけなんです」

「さっきからおじさんおじさんって、俺はまだ三十代だ!」

「へ、へぇ。おにいさんの年齢を知る仲にまで発展したんですし、ね?」

「何がね? だ、ハニートラップとかシャレにならん」

「違いますからっ! 何なら、言質をとっていただいて結構です、ほら、スマホで録音して下さって結構ですから」

「録音したって無理矢理言わされたとか言われると男が負ける世の中なんだよ!」

「そんな事言いませんって! じゃあ私を一晩買って下さい、それなら」

「余計に質が悪いわ!」

「わからずやっ! 何でこんな可愛い女の子のお願いを跳ねのけちゃうんですか、童貞なんですか死ぬんですか!?」

「ぐっ、さっきからお前は」


 俺が怯みつつも反論をしようとした時だった。


『ぐぅぅぅぅぅぅ』


 盛大な腹の音が響き、女の子の顔がみるみる真っ赤になっていく。


「せめて、何か食べ物も下さい」


 絶対にハニートラップだ、誰かの罠だ。そんな事を思いつつも、俺は香織という人間を拾ってしまった。手に持っていた食料は生卵とスルメ、お菓子のポテチしか無かったので自宅へと渋々来ることを承知してしまった。


「近いんですね。あっ、南さんって言うんですね! 勝って書いてマサルですか? ショウですか?」

「勝手に人の名前を調べるな。ちなみにマサルで正解だ」

「はーい、すんませんマサル兄さん」


 表札から名前を知られてしまったが、自宅まで連れてきたのだから色々と引き返せない気がする。


「お邪魔しまぁす、わっ、思ったより綺麗」

「いちいちそんな感想言わんで良い」

「あ、これってローグライフですよね!? 良いなぁ、39,800円って地味に高いんですよねぇ。そんな事よりも、冷蔵庫開けても良いですか?」

「本当、遠慮を知らん奴だな」

「カオリって呼んで良いですよ」

「ったく。良いよ、飯は炊飯器の中に炊き貯めがあるから」

「良いですね、それじゃ私が腕を振るっておかずを用意しちゃいましょう! マサル兄さん、女子大生の手作り料理ですよ、喜んでくださいね?」


 何故こんなことになっているのだろうか。頭が痛くなる。

 無視してローグライフに戻る事も出来ず、取り合えずキッチンで料理を開始するカオリの後ろ姿を眺めている。あぁ、あのベーコンは丸々焼いて食おうと思ってたのに……ん、細かく刻んで溶いた卵にあわせている。という事はスクランブルエッグか? そんな予想通り、カオリはスクランブルエッグをちゃっちゃと完成させてしまう。


「マジックソルトって美味しいですよね」

「一品だけか?」

「えへへ、これしかレシピ知らなくて……」

「はぁ、一品追加してやるよ」


 スピードレシピの方が喜ぶだろう。俺は山芋をすりおろし、残った山芋を更に短冊切りにする。綺麗に洗ったオクラを輪切りにして放り込むと、小鉢に納豆とキムチをぶち込んだ。


「ほら、ねばねば料理の完成だ」

「わっ、何コレ食べれるの?」

「いらないんなら、俺が食う」

「わっ、わっ! 欲しいです、下さい!」


 ぐいぐいと距離を詰め懇願こんがんする姿に、少しドキリとしつつ俺はテーブルへと小鉢と、カオリの作ったスクランブルエッグの入った大皿を運び、最後にご飯を用意した。洗い物がめんどくさいという理由だけで三つほどあった茶碗が、思わぬところで役立った。


「いただきます!」

「はいよ。んじゃ俺も。いただきます」


 冷えた麦茶を飲みつつ、スクランブルエッグを口に含む。いつぶりだろうか、他人に作って貰った料理を食うのは。少し塩気が強いが、悪くない。


「んぅ! うまーい! えっ、何これマサル兄さん、料理関係の人?」

「ちげぇよ。もう空じゃねぇか……」


 見ると、小鉢の中身を食べつくし目を輝かせるカオリの視線にドギマギしてしまう。


「ほら、俺の分もやるから」

「わっ、見た目通り太っ腹!」

「一言余計だ!」

「へへへ」


 小鉢を受け取ると、白いご飯はみるみるうちに減っていった。

 俺もスクランブルエッグだけで茶碗一杯をさらっと食べてしまった。


「「ごちそうさまでした」」


 二人して完食すると、俺はめんどくさいと思いながらも問いかける。


「で、なんで俺みたいなやつのところに転がり込もうと思ったんだよ」

「そりゃ、カッコいいイケメンが私を助けてくれるシチュエーションを期待してましたが、あの時間帯まで誰も私に声をかけてくれなくて」

「お前さ、俺に喧嘩売ってる?」

「わわわっ、怒んないでくださいよ! こう見えて、見る目はあるって自負してますから!」

「まぁ良い、続けて」

「はい」


 俣妻またづま香織かおりは語る。

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