007.スペース(7)
未だ目を覚まさぬ幼女を抱きながら、その顔を見つめていると逡巡していた思考が徐々に鎮まってくる。
少し、冷静になったとでも言うべきか。
曖昧だった幼女への認識が、抱き上げる腕を伝い正確に伝わりだす。
じんわり汗をかきそうになるような体温が、抱き起こした体から伝わる。
トクン、トクンと胸の鼓動が背中から伝わる。
静寂な空間の中、やけに大きく聞こえる心音に思わず息をのんでしまう。
幼女だと思っていた体は思いのほか育っていたようで、この体つきならば女子中学生くらいだろうかと予想をつける。黒い髪の毛は肩のあたりまで伸びており、支えている手で触れてみるとサラサラとしているし、シルクだろう質感の銀色のパジャマも汗で湿気ていない事から、思いのほか衛生面は問題無いのだと判断する。
しかし。
整った表情は、美女と間違いなく呼べるだろう。
眉毛が少し太めで、高感度はグッあがる。
少し小さめな鼻に小さな口。
全体的に痩せすぎているのは食糧難からだろうか? 腰回りはくびれているし、胸元の膨らみも心もとない。思わずパジャマに手をかけて実体を確認しようとした手を止める。
待て待て待て、そんな事をしている場面じゃないだろう? いくら鼻孔をくすぐるような甘い香りに魅了されたからといって、VR世界のキャラにそんな悪戯はしちゃだめだよ、な。
ここでもし変態行為に移ってしまったら、これまで誠実紳士であり続けた俺のアイデンティティが崩壊してしまう。
落ち着け、俺。
深呼吸をすると、吐き出した息が幼女の顔にかかったのか表情を動かし始める。
徐々に覚醒を始めた幼女の瞳がクワッ、と突如開くと震えた声色で俺の体を更に抱き寄せ懇願をしてきた。
「み、水……」
唐突に距離を詰められた顔があまりに近い。緊張しながらも、俺は答えに戸惑い目が泳いでしまう。
求められた水がどこにも存在しない宇宙船内で、どうしたら良いのか? いや、液体ならつい先ほど視界に入ったじゃないか! 圧倒的な解への到達に、俺は冷静を装って答えた。
「今あるのはあそこにあるのだけだ」
指をさし伝えた先には、点滴液の入った袋。
これで少しだけ、ほんの少しだけ凌ぐことが出来ると確信した俺だったが、仮想世界はあまりにも残酷だった。
「アレは、飲めない……水、無い、の?」
先ほどまで点滴で得ていた最低限の水分が絶たれたせいか、幼女の唇は一瞬で潤いを失っている。
ボーイッシュな声色のトーンが一段階落ちる。点滴液を勧めた俺の発言より、他に水が無い事を悟ったのだろう。聡いが故に、俺が水を所持していないこと、救援者じゃない事を理解したのだろう。
だから包み隠さず、素直に現状を伝える事にした。
「すまない、水は……無い」
瞳の輝きも徐々に失われつつある幼女は、逡巡する。
そんな幼女の次の言葉まで俺は大人しく待つ。
「……そう。表情一つ動かさずに残酷な人……」
でも、と。
「でも、私は生きたいっ」
ガッ、と両肩を掴まれると、グルリと視界がまわり気が付けば天井を向いていた。
視界には、マウントポジションをとった幼女がおり、その顔が徐々に近づいてくる。
「一体、何を……」
何とか絞り出せたのはそれだけだった。
俺の意思を無視して、そのまま幼女の顔はグングン近づき、やがて柔らかな感触が唇を覆った。
「んヴゥ!?」
声にならない声を上げる俺に構わず、口をこじあけられると乱暴に侵入してきた何かがザラリ、と俺の咥内を犯していく。スグに俺は理解する、このザラリとした感触は舌で、この子は俺の唾液を貪っているのだと。
舌を舐められるたびに全身が甘く痺れたような感覚に陥り、思わず手足がピンと伸びてしまう。
手加減無しに、口の上側、下側、左右の頬袋、そして舌をからめとるようにと何往復もしてくる。
良い歳したおっさんである俺が女々しくも、全く抵抗出来ず良いようにされ続けている。
このままではダメだ、と俺の残り少ない理性と感情が親指と人差し指でピンアウトする行動をしようとする。が、無抵抗だとわかったのだろう幼女は抑えつけていた肩から手を放し、指に手を絡めてくる。
気が付いた時にはピンアウトによるメニュー表示を防がれ、この強制イベントから脱する術を失ってしまう。
『ダメだ、ダメだダメだダメだ!?』
ただでさえ初めてのキスをVR体験で済ませてしまうという経歴がついた俺は恐怖する。
何故手を絡める?
口の中の水分は取り終えたから?
ならばなぜまだ俺に馬乗りになったまま?
おい、まて、何をしようとしているんだ!?
没入感が強すぎて、リアルで手がどれだけ動いているのかわからない。
ピンアウトも出来ず、メニューは開かない。
指を動かそうと必死にしているのに、やはり幼女が絡める指が邪魔して操作に反映されない。
それでも尚、気合で腕を顔まで移動させると自らの顔に張り付くマスクを剥がすかの如く、額部分を掴み剥がすイメージを強く持つ。
途端、ブワリと汗だくな体を認識した。次いで、ダンボールの中に転がり落ちたゴーグルデバイスの音に意識が一気に現実へと引き戻された。
「だぁっ、はぁ、はぁ……」
思わず口周りを手で触るも、湿った唇に異常は無く。
「リアル過ぎんだろ……」
頭を冷やす為、ログアウトもせずにダンボールデバイスから脱出するかの如く抜け出す。
少しくらついた頭のまま、コップに次いだ水道水をゴクリと飲み干すとマイチェアーに移動してズンッ、と腰を掛けた。
デスクに置いてあるノートパソコンの画面には、ゴーグルデバイスが見ている光景が描写されているウインドが開かれている。
そこには、心配そうに俺の顔を覗いている幼女の姿があった。
一人だけ水を飲んで、一体何を……。
いや、ゲームなんだ、ゲームなんだよな? ダメだ、一度休憩だ。
俺はノートパソコンを閉じると、コンビニへと足を運ぶためシャツを着替え外用のズボンに履き替えると自宅を後にした。