001.スペース
金曜の夜、仕事でクタクタになっているにも関わらず俺のテンションは上がっていく一方だった。
三十三歳という年齢を迎え、自称少しお腹も出てきたなと思う今日この頃。そんな自身への些細なプレゼントとして巷で人気の体感型VRゲームを購入したのは記憶に新しい。
ローグライフという買い切りのネット接続で遊ぶVRゲームで、39,800円で最新技術の集合体一式が購入出来てしまうのだから、買わない手は無かった。
元々ゲームは下手くそだったが、嗜む程度には幼い頃から色んなジャンルのゲームをプレイしていた。そんな嗜む程度にしかゲームで遊ばなかった俺の意識革命をこのタイトルは引き起こした。
眼鏡型ゴーグルは目を完全に覆い、VR世界への没入感をより強くさせてくれる。水泳のゴーグルが形式上似ているかな? そしてハンドグローブを装着すると、この仮想世界の体に命が吹き込まれる。
そしてこの段ボール型デバイスだ。この中に入ると、高級スピーカーから仮想世界の音が流れ、エアコンデバイスから噴き出る空調はまさに世界の風を肌で感じ取り、そして足元の硬度が不変のスライムでも詰まっているかのようなキャタピラーデバイスが全方位の移動に対応しており、まさに没入後は仮想世界の住民の仲間入りである。
そんなローグライフの世界のプレイ時間は平日は一時間。金曜は仕事終わりの夜中からプレイし、翌日の土曜日は時間が許す限りを費やした。極めつけに、日曜日の午前中にまでプレイは及んだ。
仕事の休憩中にはスマホ片手に情報収集を行い、出ていたお腹も少し引っ込んできたかなという頃。
攻略掲示板には続々とローグライフの情報が掲載されていっていた。
121.名無しの権兵衛さん
『このゲームまじヤバいって、ヘルダンジョン解放後に第二階層へ辿り着いたプレイヤーのアバターが強制的に自分自身に上書きされるんだぜ? 信じられないかもしれないが、マジで何かヤバい!』
201.名無しの権兵衛さん
『ワロス。あの段ボールデバイスの何処をどうやってスキャンするの? ねぇ、ねぇ?』
307.名無しの権兵衛さん
『証拠のSSはよ。お間の顔みてブッサって言ってやんよ!』
813.名無しの権兵衛さん
『お前ら、NPCには気をつけろ。あいつら一度死んだら復活しねぇぞ!』
ふーむ、今日は一段と盛り上がっているな。
ヘルダンジョンの第二階層に侵入すると、自分の顔がアバターに反映される? そんな仕様あるわけないじゃん。そう、思っていた時期が俺にもありました。
先週の土曜日、午後の8時頃だっただろうか。
試しに挑んだヘルダンジョンモードで、俺はあろうことか真正面に次の階層へ降りる階段がある部屋にスポーンするという一種の奇跡的な引きをしてみせたのだった。
このローグライフの最高難易度がアップデートにより解放され、通常のダンジョンとは違いランダムスタートが固定されるそれは、下手をすると最初から詰むレベルの難易度という話だった。
自身、繰り返しプレイする中で第二階層まで辿り着いたのはまだ二回しかないレベルだったので、ヘルダンジョンの第一階層突破は絶望的だと悲観していたくらいだった。
散策もせず、一目散に階段を降りると再構築されるような一瞬のロードを感じ、気がつけば俺は第二階層へと降り立っていた。
体はどうやら作成時のまま(子供体系)のようだが。
色々と掲示板の情報が気になり親指と人差し指をひっつけると、弾く様に広げる行動、ピンアウトを行うとアイテムメニューが開く。持ち込んだ短剣を取りだすと、自身の顔を刃の部分に映し出す。
「うげぇ」
思わず声が漏れる。
いや、これはキャラが喋ったのだろうか? 通常、会話はタイピング、もしくは音声入力による吹き出し表示かウィスパーによるログ表示なのだが、確かに今自分の声がこの空間に響いたような、そんな気がした。
「あーあー、あーあー、私だ」
ヤバい、声がハッキリと聞こえる。そして刃に映る顔は紛れも無く自分の顔。体系に似合わず老け顔になったキャラに若干悲しみを覚えつつも、あの情報は本当だったんだと一種の感動を覚えた。
『一体どんな技術で取り込んでるんだよオイ!』と。
しかしここは一体どんなダンジョンなのだろうか? 最初の階層も、狭い空間に階段だけがあるという不思議な場所だった。土や木製ではない、むしろ鉄板で覆われたような質感の部屋は、まるでPvP用のダンジョンにある未来型空間にどこか似ているような気がした。
周囲を見渡しても、先ほど降りてきた階段は見当たらず。
そのままプレイを続けたかったが、翌日は日曜だというのに仕事が入っている為無茶は出来ずそのままログアウトするという結果に終わっていた。
それから一週間。
ブラック会社といっても良い程に長時間労働が続き、やっとの思いで帰宅した今日。
火曜日まで代休となった俺は無敵の金曜の夜を迎えていた。
「没入開始!」
独身の俺は誰に言うでもなく、ただひたすらに高まったテンション任せのままローグライフの世界へと降り立った。
「あー、あー、私だ! おお、やっぱ声がめっちゃリアルだ!」
自分の顔が反映されたアバターが少し残念でならないが、これはこれで悪くない。
身長が低くなり、引き締まった体は逆に若返りを錯覚させるほどに、体が絶好調に動かせた。
「にぃ! うぅー! わぉう!」
……が、表情筋が全然動かない。表情機能を使えば決められた表情を取るものの、こういう機能は好まない為、不愛想な表情のままのプレイとなってしまう。
「まぁ誰も見てないし良いよな」
このゲーム、協力プレイが出来るようになったと大分前のアップデートであったが、いい歳の大人と一緒にプレイしてくれと言う度胸は無く、もっぱら一人プレイに興じていた。
「面白いから良いんだよ別に……」
誰に言うでもなく、気持ちを切り替えると先週潜った第二階層からのプレイ再会となっていた。
『情報通りだなぁ、ヘルダンジョンをプレイするとまるで本当にその世界の住民になったような錯覚に陥るぞ、ってのはこういう事なんだろうな』
協力プレイをしていた人によれば、ログアウトするとその場でアバターが眠ってしまうらしい、と。
つまり、俺はこの部屋で一週間眠り続けていたことになる。
「ステータスに異常は無いし、うん、プレイ再会といきますか!」
俺の取れる行動は二つ、正面にある正方形の扉らしき場所を開け進んでみるか、真後ろにある同じく真四角の扉を開け進んでみるかである。
折角だし、景気よく正面の扉をくぐるか! と直感だけで選んだ扉まで近づくと、ウィン、と四方に扉は開く。そしてその先には。
「ふぁ」
思わず変な声が出てしまった。
ガラス張りの空間に、座席が三つ。
キラキラと輝き続けるモニター群に、ゲームでみたことあるような操縦桿が中央の座席と、左側の座席についていた。
そしてガラスの奥、そこには無限に広がる闇が広がっていた。
「いや、違う!?」
何が違うか? ガラスの奥は決して闇ではない。
これは……。
「宇宙だ!」
全身の体温が急上昇する。
正方形の扉は、足元三十センチ(ぐらい)位置までしか開かず跨いで通ると、ガラスに顔をくっつける勢いでベタンと張り付いてしまった。
「す、すげぇ……」
掲示板にはこんな情報は無かった。
いや、でも確か宇宙要素てきなアップデート告知もあったような? あまりにも宇宙要素が皆無だったために、こんな宇宙空間をVRで堪能できるとは一ミリも予想していなかった。
気が付けば三十分は余裕で堪能した宇宙風景に、未だおさまる事の無いテンションを抑え周囲の探索を開始する。
「これ、触っても大丈夫かな?」
誰に許可を取る訳でもなく、俺は輝くモニターの一つの再生ボタンらしき箇所をタップした。