終 『好きではないけど、嫌いでもないよ。』
「起きてたか、母さん。」
「羽羅に話をしていたの。
おかえり、エレシュ。」
「……ただいま、母さん。」
羽羅に話し終わり、彼を寝室へ送った後。
寝るにしても、母親役をしている身としては少々微妙な時間。
一人帰ってきたようだ。
銀色に近い淡い金髪を肩にかからない程度にした無造作な髪に、セピアな風合いの暗い銀色の瞳。
母親に似たのか、体温があるのかすら疑わしい白い肌、黒い服着た現実味の薄いミステリアスな青年。
彼には不似合いな銀色のロザリオが、胸元で揺れていた。
名前を表向き、オルクス=ローゼンクランツと言うジュリの数少ない実子である。
多少老化が鈍くなっているが、それでも二百年以内には母親を置いていく子。
そのせいか、ジュリに対するしぐさはとても優しい。
「…………母さんは、話したのか?」
「羽羅に、禁酒法時代のあれ?」
「結末の後日談以外は、話したとは思うが。」
「そうね、ラスイルをああしたのとスポンサーのは話してないわ。」
「まだ、生きてるからな、そいつら。」
「あれを生きてるというのなら生きてるんだろうね。」
あの事件から80年ほど。
ラスイルを改造した科学者と術者が一番の若手で二十代半ば。
スポンサーのアメリカ政府関係者は、一番下でも四十代だった。
若いほうでも、100歳を大きく超えている。
肉塊になっても、意識を残したまま、どうあっても死なないのは不幸なのかもしれない。
少なくとも、一定以上傷つけば、周りの肉を自動吸収して修復するのは、死ねない要因だ。
中立のホワイトカメリアの見立てでは、ジュリが死ぬまで終わらないようだ。
「だってねぇ、死ぬのは怖いのは分かるけど、死ぬからこそ人は人なのにねぇ?」
「そうだな。」
「まぁ、いいわ。
エレシュ、軽く何か食べてから寝る?」
「そうする。」
「リクあるかしら?」
「母さんに任せた。」
「そーね、簡単にサンドイッチでもしましょうか。」
なんでもない。
そう、なんでもない日常の会話を交わす2人。
お互いを親子であると知らなかった2人のそんな会話。
もしも、ラスイルが改造されてなければ、生まれなかった子でもあるのだ、エレシュは。
だから、犯人を恨みもしないという部分も無いわけではないのだろう。
これにて終幕。