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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶があるが、すべて許せない。
99/108

◆99

――やったぞ、やった。あいつらはこの世界にとって邪魔な存在。あいつの手下のエンジェルズ。『俺』だけで殺すことができた。あいつらを殺した感覚はあのときと同じ。特に「あいつ」は死ぬまでに何度もかかった。


――これもあの人から教えを受けた賜物だ。『――――君』は誓ったんだ。あいつを助けるために、強くならなくてはいけないと。その言葉通りに強くなったはずだ。心身ともに。


――周りから見れば、脆い存在なのかもしれない。握ったら壊れやすいガラス細工のそのものだったかもしれない。それでも、『――――君』は心が壊れやすくなっても、壊れそうになっても自分の目的のためならば、すべてを尽くしてきた。それが現状の結果と言える。


――知り合いも大切な人もいない悲しい世界。こうして、簡単に世界というのは崩れていくものだ。死ねないのはこれほどまでにつらいものだ。


――歴史は変わってしまった。世界は変わってしまった。ここは『俺』の知らない世界。見たことも、記憶にも一切ない世界。すべてはあの人が『――――君』をこうして目覚めさせたことが原因だ。だが、それがわかっていても、攻撃ができない。何も文句一つも言えない。理由は知っている。あいつが言っていたから。『(神様)』はこの世界においての傍観者、だと。そうだ、傍観者だ。何もせず、人に対して無茶ぶりな命令をしてくる。


――それだからこそ、あいつも『――――君』もつらい思いをしなくてはいけなかった。『イアン君』たちは孤独に戦わなくてはいけない。いくら嘆こうが、涙を流そうがあの人は助けてくれない。


――『イアン君』はまだいい方だ。『俺』で決着をつける気があるから。だけれども、あいつだけは……あいつだけは。『イアン君』も下手をすれば、何千何万回とやり直しをしなければいけないだろうか。そうと決まるならば……。


――世界に嫌われたっていい。あの野郎に夢を見せられてもいい。永遠の孤独なんて嫌だ。『俺』は、絶対に死なないし、死にたくない。そうならないためにも、『――――君』と『イアン君』にとって一番の邪魔者である楽園の女王(クィーン)の息の根を止める。必ずだ。そうでもしなければ、あいつには二度と逢えない。逢いたいんだ、すごく。愛おしいから。好きだから。


――願っていたんだ、ずっと前に。一緒にいたいって。だから、『俺』たちの目の前に立っているこいつは――。


 瓦礫が崩れ落ち、一方通行でしか行けない場所を独りでいると――目の前に、壁に宗教画が描かれている広間に誰かが姿を現した。濃い緑色の軍服を着ているからヘヴン・コマンダーだとわかるのだが、何かが違う。人としての違和感が。それはすぐにわかった。その人物に見覚えがあるからだ。


「お前、何がしたい?」


 初めて口を聞いたかもしれない。この人物――ブレクレス商業施設の地下にいた四人目のエンジェルズだ。無言状態でウリエルを回収していた。いつかは対峙するときがあるかもしれないと思っていたが、ここに来て出遭うとは。


 もっと褒められたい。凄いと言われたい。そんな欲が膨れ上がってくる。以前とは真逆でこちらが黙って剣を構えていると、四人目のエンジェルズが「可哀想だな」と嘲ってきた。


 それは何も言わないことに対して、挑発をしているからだろうか。


「あいつの人形なのか。だから、壊れたおもちゃのように狂っていやがる」


「黙れ。お前に『俺』たちの何がわかる」


 エンジェルズは知るか、と一蹴した。どうやら、その気持ちなんて知る気はないらしい。どうでもいい、と彼の目が言っているように見えた。その目――灰色の目は完全にこちらを見下していた。そこまでにおいて、下に見ているのだろうか。しかし、この考えはすぐに打ち消される。彼は気持ちを知ろうとしないから見下しているわけではなかった。


「全部知ってる」


 四人目のエンジェルズはすべてを知っているからこそ、下に見ていたのだ。「全部知っている」という言葉。それを聞いただけでも、軽率的な目はすぐに憐れみを向けているように見えてきた。


「歴史が変わることがあっても、お前の名前が消されてしまっても……俺はすべてを知っている」


――そう、全部知っている。本当の名前も、歴史にその名前が刻まれていたことも、事実を認めたくなくて。


「お前もあいつも楽園の女王(クィーン)も……似た者同士だ」


――誰が認めるものか。誰があいつらと一緒なものか。『俺』たちは違う。『俺』はそうではない。『――――君』はあの日、生かされた。一人の女の子に助けて欲しいと。死にたいと悲願をしてきた。懇願をしてきた。『――――君』はそれにただ頷いただけ。


――『――――君』は何も悪くない。『イアン君』に非などない。そんな、非があるのは――。


「悪いのは全部あいつらじゃねぇか!!」


 どうも感情的になっているようで、声を荒げた。


――誰が悪いだって? 『イアン君』じゃないし、『――――君』でもないよ。『俺』は何も悪くない。何もしていないもん。元凶はこの世界の歴史を書き変えやがった連中が悪いだけ。だから、『イアン君』はこうして悲しい思いをしなければならない。『俺』は独り寂しく生きていかなければならない。


――どこまでも独り。どこへ行こうにも独り。でも、独りは嫌だ。悲しいって知っているから。


「『俺』たちをなんだと思っている!? 死ね、殺すぞ、殺してやる……どれほどまでにそう言われてきたか! 普通に生まれて、生きてきただけなのに!? とんだ仕打ちだよ!」


 普通には生きられないアブノーマルな人生。独り残されて生きて、生きるために独りとなり、生き続けるために独りとなってしまった。会いたい人にも会えないこんな世界。


――こんな世界、『――――君』は望んではない。『イアン君』は望まない。


――何の変哲もない、温かい幸せ。誰かと一緒にいる喜びを噛みしめたいだけ。隣に誰もいない孤独は嫌い。嫌。ねえ、誰もいないの?


 すべて知ってる。


 そうだ、こいつはすべてを知っていると言っていた。それならば、これから自分が起こそうとする行動も読めるのではないだろうか。


 四人目のエンジェルズはまさしく番人という肩書きが似合いそうなほど、銀色の大剣を引きずり出すように刃先を向けてきた。こちらの心の叫びなんて、たかが知れるとでも言っているように見えてくる。


「結局はただの八つ当たり。単純な考えでしか動かなくなってしまったか。そこまで落ちぶれてしまったらしい」


「うるさいっ!」


 激昂しているのか、今にも飛びかかりそうである。それでも四人目のエンジェルズは口を止めることを止めない。挑発しまくるも――おしゃべりはここまでだ。


「まあ、いい。結局はそこまでの人間だった。いや……」


 この先は行かせるものか。そんな思いがひしひしと伝わってくる。今すぐにこの場で殺し、この世界を維持し続けてやる。


「生まれたときから人じゃない、か」


 目の前にいる人物こそ誰もが動かしやすいと思われている人形だ。それも名前のない「名なし(イアン・アリス)」としての存在が一番似合う。


「お前、自分の名前は?」


「イアン・アリ――!?」


 言いたくても言えない名前がある。奥歯を噛みしめながら、血の涙を流す意気込みを見せるのだった。


「『俺』たちは『イアン・アリス』じゃない!」


 本当の名前は『――――』。世界の事実の捻じ曲げや書き変えによって、本当の名前を失ってしまった。可哀想な『彼ら』の傀儡人形である。そのことに気付いてもなお、人形としての使命や命令を受けなくてはならない。


 ああ、なんて可哀想なの。知っている? 「可哀想」って相手を下に見ているからそんな言葉が出てくるんだそうだ。そうだね。だから、相手を見て、見下しているから「可哀想」だと思う。


 四人目のエンジェルズが小さく「哀れだな」と鼻で笑う。その口振りが合図であるかのようにして、イアンが血塗られたフォーム・ウェポンを握り、突進していく。


――絶対に許すものか。絶対に事実を変えてやる。こいつが言った「可哀想」という言葉を。『俺』は可哀想ではない。哀れではない。悪くもない。


 そんな思いを胸に抱きながら、大声で叫ぶのだ。誰よりも、この広間に反響するように、最上階にいるであろう楽園の女王(クィーン)に聞こえるほど。


「『俺』たちは『イアン・アリス』だ!!」


――『――――君』の本当の名前を返せ!

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