◆98
神は人間に使命を与える。とある神は人間の一生の苦しみを。とある神は世界の修復を。とある神は人間が願った業を――。
望まない望み。それらは叶えられた。神はグーダンに目の前に広がる死を見せ与えたのだ。これが願っていたものだろう。これこそが、とある人間が何年も思い描いていた世界。叶えてあげたのだ。素直に喜ぶといい。なんて声が聞こえてきそうだった。いかにも人間に試練を与えようとする神様が――いや、神なんていない。
――いるわけがない。
心の中で叫びながら、自分が死なないように相手を傷付ける。攻撃を当てる。濃い緑色の軍服を赤色に染める。
――いない、絶対に。
なぜならば、神は人間が作った存在だから。もし、神様がいるならば、こんな世界になんてならなかったはず。こんな世の中が望ましいとは思わないはず。
――この世界なんてなかったはず。
それだからこそ、とエルダは知っていたのではないだろうか。楽園の女王は夢を見ようとするほどこの世界を嫌っている、と。嫌うからこそ、書き変える。夢にまで見た美しい世界を。綺麗に描かれたキャンバスの上からぐちゃぐちゃの線を入れるように。
書き変えてしまった――だから、この世界で矛盾が起こる。楽園の言葉とレイの言葉の存在。キェレット村の者たちが信仰する教え。イアン・アリスの存在。矛盾があるからこそ、レジスタンスたちが現れてくる。どちらにも属したくないノーサイドも出てくる。エルダのような亡命者も存在する。そして、誰もが思うのだ。この描かれた世界はおかしいと。
歪んだ悲しき世界。こんな世界に自分たちは生まれ落ちた。いくら過去を遡ったとしても、元凶は存在しないからどうしようもない。過去を書き変えることはできない。もう事実を周りに知られてしまっているから。
いいや、何も可哀想なのはこの世界の手の平で踊らされている自分たちだけではない。この世でもっとも、哀れな者こそ――。
考え事ばかりをしていたのがいけなかったらしい。相手をしているヘヴン・コマンダーの次の行動を読まずに突攻してしまい、反撃をもろに食らってしまった。ここにきて初めて地面へと垂れ流す己の血。
「リーダー!」
「問題ないっ」
――これは己の責任だ。悪いのは自分。それに、けじめをつけろ。
グーダンは痛む右肩を庇いつつも、フォーム・ウェポンを槍状に変形させて突撃する。剣やハンマーよりもリーチは長い。それならば、銃器なら使えるのではないだろうかと思うかもしれないが、それは難しいのだ。利き手が使えない今、引き金を置く指も違えば――焦点がきっかりと合うはずがないのである。下手に標準が合わずに発砲してしまうと、他のレジスタンスに当たる可能性がある。それを避けたいのである。
それが故にグーダンは飛び道具相手に槍一本、左手のみで挑むのだ。この勝負、ヘヴン・コマンダーにとっては勝機に見えただろう。なんせ、敵役であるレジスタンスのリーダーらしき男が負傷して苦戦を強いられているのだから。
――楽園に勝利の女神は微笑んだ。やはり、この世界が一番正しい。この世界を壊そうとする不毛な存在はここで野望と共に朽ちるがいい。
ヘヴン・コマンダーの小隊隊長らしき人物が「一気にたたみかけろ」と声を張り上げる。彼らはレジスタンスが負けると思い込んでいたのだろう。だが、その思い込みが一番危険だということを訓練時に覚えなかったのだろうか。
隊長の言葉に少しばかり油断したのだろう。一人のヘヴン・コマンダーの首に青く輝く刃が覗かせる。ずっ、と薄気味悪い音が聞こえてきたかと思えば、彼はその場に力なく倒れて赤色の水たまりを作るのだった。
そうなった原因を作ったのはエルダである。彼女は油断大敵だ、と嘲笑うかのように自ら切断した右腕を見せびらかした。そこにあるのは錆びた義手でもなければ――光に反射するように輝く青色の剣身の義手型剣である。こんな武器、なぜにレジスタンスが?
武器の所持に関してはこれでも厳しい方だ。特に楽園側の人間以外の者――レジスタンスやノーサイドの人間が所持していた場合は罰則が科せられる。特にレジスタンスの者であれば、この世とは思えない苦痛の処罰が待っているらしい。
武器製造に関しても、工場などの建設はこちらの許可が下りなければ不可である。なので、レジスタンスたちはヘヴン・コマンダーの拠点などから武器を奪取する他入手ルートは存在しないはず。だが、誰かが楽園の情報などをリークしている者がいるならば、話は別なのだが。
青色の剣にこびりついた血を払いながら「昔々」とエルダは言う。
「ある国に住む男は国中の誰もが知る名家の嫡男だった」
唐突な昔話。悲鳴と怒号に加えて断末魔が、バックコーラスがごとく、誰もの耳にエルダの声が入ってくる。
「その男は自分の言行に責任を持つ大層な人間だった」
一体、誰の昔話か。心なしかエルダが手にしている義手型の剣は、彼女が話す度にきらりと光っているように見えた。
「だが、あるとき。その責任感が仇となり……物と一人の人間を天秤にかけてしまう」
人の命というものは軽々しいものではない。いかなる人物であろうが、敬うべきだ。なんて素敵な言葉の羅列だろうか。いいや、悪くはないさ。それが人として思うべき本来の思想だろう。だが、その思いも考えによっては――。
「そのせいで男は右腕を失ってしまった。男は悔やみに悔やみ……己の存在を知らしめるかのようにこの武器を手にしたのだ」
エルダが昔話をしている間、いつの間にかグーダンたちはヘヴン・コマンダー小隊との戦いを終えたようだった。つまり、彼女が言いたかったことは、この武器の本来の持ち主のことについてだろう。それは彼女の先祖にあたる人物だろうか。いや、今はそのようなことはどうだっていい。それはエルダも思っていた。
「急いだ方がいいんだろう?」
「うん。もしかしたら……厄介な記憶を思い出しているかもしれない」
「かもしれないな」
オクレズが怪訝そうにイアンがいた場所を見る。彼が言っていた言葉――明らかにグーダンに対して言った言葉ではない。レイの言葉がわかる彼には十分理解していた。
それにしても、誰に対して敵相手を「殺した」と喜々として報告を上げていたのだろうか。




