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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶があるが、すべて許せない。
96/108

◆96

 昔々、ある地下に双子がいました。双子はいつも一緒でした。どこまで一緒かと言うと、生まれたときから、夜明けから、日没まで。片割れがどうなろうが、彼らはずっと一緒。離れたことが一度もありませんでした。


 そんな双子は本当の両親の顔を知りません。彼らが物心ついたときから、ずっと日の光が入らないこの地下で過ごしていました。育ての親は「ここから出てはだめだ」と念押しで言います。それに従うしかありませんでした。


 だって、怒られて外に出されてしまえば、行く宛なんてありませんから。


 育ての親は言っていました。「お前たちの親は死んだ」と。


 嘘だと思いましたが、信じる他ありません。この二人に調べる余地なんてありませんからね。嘘か真かわからない情報を信じることしかできません。


 ああ、なんて悲しいことでしょう。哀れなことでしょう。それでも、信じようとしないならば、育ての親は二人を守るためだ、と言っていたことでしょう。実際に育ての親は二人を守ってくれているようなものです。主に外から。


 だけれども、外には出るなと言われても、彼らには普通の人と同様に好奇心が存在します。一度でいいから、外はどういう物か見てみたいのです。本で見ました。日の光はとても温かいものだと。本で知りました。空はどこまでも続くように広くて青いと。本でわかりました。世界は大きく、自分たちはちっぽけだと。本でしか知らない世界。それは現実に存在する世界なのです。


 双子の片割れは言いました。


「ねえ、×××君。外の世界を見てみたいね」


 もう片方も言います。


「そうだね、×××君。でも、僕らが外に出たいなんて言っても、お父さんは許してくれないよ」


――そう、お父さんは僕たちを守ってくれている存在。大切にしないと、素直に言うことを聞かないと。いけない、いけない。


「でも、お父さんが守ってくれるならば、ちょこっとは見てもいいんじゃないのかな」


「×××君は頭がいいなぁ。それもそうだね、お父さんに訊いてみよう」


 二人は早速、本とご飯を持ってきてくれた育ての親であるお父さんに言いました。ねえ、お父さん。僕たち、ちょっとだけでもいいから外の世界を見てみたい、って。お父さんは僕たちを守ってくれるから、少しだけ見ても大丈夫だよね、って。


 言ってみたんです。好奇心に勝てなくて。そしたら、お父さんはなんて言ったと思いますか?


 地下では大きな音が聞こえました。その中で、野太い男のヒステリックな声が。それに伴い、か細くて可哀想な声も聞こえるんです。ごめんなさい、ごめんなさい。お父さん、ごめんなさい。もう二度と、そんなことは言いません。ずっと口を閉じています。この生活にはとっても満足です。快適で最高の場所です。


 果たして、この地下が最高に満足できる場所だと言えるでしょうか。こんな掃除を十何年もしてなくて、双子の衣類はボロボロ。いや、衣類というより布一枚だけです。本もとても古い本です。お父さんが毎日持ってきてくれているご飯だって、上等物だと思いますか?


「いいか、二度とそんな減らず口を叩くな」


 お父さんの声は怖いものです。口から歯が覗かせていました。それが何を意味するか、わかりますか? 目は怒っています。それでも、口元は緩んでいるんです。そうです。笑っているんです。二人を見て。歯をむき出しにして、あははっと笑うんです。ずっと、笑っているんです。何がおかしいのかはわかりません。ただ、お父さんにとっては何かしら面白かったんでしょう。


 そう、そのお父さんの笑い方と――。

「よくもラファエルをっ!!」


 ガブリエルの目は完全に血走っていた。絶対に許すものか、と銀色の銃器に引き金を置くこともなく、それを鈍器として扱おうとする。


 ただ笑っている相手はその攻撃を軽々と受け止めた。どうやら面白おかしくて、笑いっぱなしのようだ。何も面白いことなんてないのに、とガブリエルは歯軋りする。


「笑うな! 僕たちを見て笑うな!」


 記憶の奥底にある屈辱的な日常がよみがえってくる。こちらを見て嘲笑する者の目は大抵同じだった。誰もが温かい手も言葉すらも差し向けたことなんて一度もない。そうされる人たちが羨ましかった。ずっと、ずっと――見てきていた自分たちだからこそ――。


――普通の体をした人たちが羨ましかった。


 血で汚れた地面に転がるラファエルは虚ろな目で真っ赤な地面を見ているだけ。起きろ、起きてくれ。頼むから、それは冗談でしたと言って欲しい。彼を思う度にガブリエルの頬には涙が伝う。ああ、雪辱的。これほどまでに人を憎いと思ったことがあるだろうか。いや、ある。一人だけ。

 あれだけ優しかったお父さんは急に二人に対して冷たくなりました。ご飯をあげるのも乱雑です。お皿によそってあげることはしません。地下の床にご飯を放り投げるように置いて、食べろと言うのです。そこまで虐げられている彼らでしたが、反抗する気にはなれませんでした。


 いいえ、する気力すらないのです。味方だと思っていたお父さんは僕たちを蔑んだ目で見ているのですから。これからも――いえ、これまでもそうだったんでしょう。


 人の本心を他人はすべて知る由もない。まさにその通りです。


 二人に対して、優しいお父さん。二人に対して、冷たいお父さん。どちらが本物ですか? 答えは簡単です。


 二人に対して、優しい素振りを見せていた冷たいお父さんが、本物のお父さんなのですから。それだからこそ、彼らは「屈辱的」という言葉を覚えます。いつしか、育ててくれたお父さんに復讐を望みます。それは果たしていつ頃達成できるでしょうか。


 その転機は以外にも早く訪れるのです。


 いきなり、地下の方へと押し寄せてきた濃い緑色の服を着た人々。彼らは武器を手にしていました。本で見たことのある人を殺す道具。それはまさしく自分たちを殺しに来たのだろう、と二人は悲観してしました。ここで最期を終えるのだ、と。


 しかしながら、その濃い緑色の服を着た人々たちを押し退けて二人の前に現れたのは、自分たちと同様に普通ではないような女性でした。彼女は言います。


「つらかっただろう?」


 その言葉だけで涙があふれそうでした。この女性こそがこの二人にとって初めて温かい言葉をかけてくれた人だったのです。彼らは彼女にこれまで思っていたこと、考えていたことをすべて打ち明けました。その間、女性は何度も相槌を打ち、一切の負を二人には見せませんでした。


 すべての話を終えて、女性は「ねえ」と双子に声をかけます。


「私たちと一緒に、理想郷を作っていかないか? それはあなたたちにとっても、私たちにとってもとても住みやすい世界だと思うんだ」


 女性が掲げる理想は誰もを思う世界。もちろん、そんな世界を望んでいた彼らは即決します。彼女に着いていくと。彼女に忠誠を誓うと。たとえ、この身が滅びようが、片割れが死のうが、生きるチャンスを与えてくれた彼女を守ると。


 この世界はその女性のために存在する、と。


 だからこそ、もうこの世にはいないラファエルの分までガブリエルは雄叫びを上げるのだった。


――僕たちはお前という存在を絶対に許さない。イアン・アリスとしてではなく、一人の人間としてだ。

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