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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶がないわけではない、記憶はここにあった。
91/108

◆91

「それじゃあ、イアンはこの世界を俺たちが望む世界にするために、以前の時代の人たちは彼がこの時代に目を覚ますと?」


 半ば信じがたい事実にグーダンはエルダにそう訊いた。装甲車の窓を見れば、もうすぐ楽園ヘヴンの本拠地に着くはずだ。見てみよ、地上から空に届きそうなほどの高い塔を。あそこに楽園の女王(クィーン)がいるはずだ。


 グーダンの質問にエルダは少しだけ首を捻った。どうも、必ずしもそうとは言いきれないらしい。


「イアン・アリス君が復活するとは確定していなかったと思う。ただ、この手記の推測によれば、楽園の女王(クィーン)が『書』の内容を改変するから、彼に縛られていた永遠の眠りが解けるかもしれないということだけ」


 つまりは、エルダは手記の本来の持ち主――ケイという昔の人物の推測に賭けていたらしい。だが、その無謀とも呼べる憶測はやがて現実となる。実際に眠りから目覚めるだろうと思しき者はイアン・アリスだから。彼はこのレジスタンスにいる。ここで記憶を失いながらも、偶然にも最強の駒をグーダンは手に入れていた。ただのお人好しがとんでもないカードを知らず知らずの内に持っていた。しかし、彼女には一つだけ気掛かりなことがある。それは――。


「でも、問題はイアン君の記憶。あの子を上手く動かすには下手なスイッチを押すと、それこそちらが敵になってしまうから」


「何か問題でもあるのか?」


「イアン・アリスというのは使命を果たすためならどんな犠牲も問わないの」


 エルダは楽園ヘヴンに囚われてしまったレーラのことが気になるというのだ。もし、イアンが本来の使命を思い出し、人質としての彼女の存在をどう受け止めるかである。彼らしく楽園の女王(クィーン)を倒す上に、レーラを助けるという思いがあるならば何も問題はないのだが――楽園の女王(クィーン)を倒すために彼女の死を当然だと思ってしまうならば――?


「イアンはそのためならレーラの犠牲を厭わないと? あいつは今までもそうだったのか?」


「少し違う」


 と、ここで楽園ヘヴンで待機をしていたオクレズと数名のレジスタンスたちと合流する。彼らは満身創痍の様子でいた。曰く、物資奪取のミッションをしていたのだが、不運なことに本拠地から大量のヘヴン・コマンダーが押し寄せてきて、レーラが捕まってしまったということだ。


「すまない、リーダー」


「気に病むな。一応はイアンが本拠地に向かったらしいから」


「イアンが……?」


 グーダンの言葉にオクレズは困惑した表情を見せた。やはり、彼も単身では危険だと思っているのか。これでも、オクレズはレジスタンスの仲間を思う方だ。おそらくは手助けに行きたいというだろう。


 そう思っていたのだが――「違いますよ」と他のレジスタンスが言う。これにオクレズは大きく頷いた。違うとはいったいどういうことだろうか。


「あいつは本拠地になんか向かっていないですよ。ダムレカシス雪山の方に行きました」


「はあ!?」


 いつもレジスタンスにあるトラックがダムレカシス雪山へと爆走しているのを待機中のレジスタンスたちは見たという。その幾人は運転席にイアンがいたと証言するのだ。


「あいつ、どこか急いでいるようだったけど……」


「こっちに来ていないって……」


 ダムレカシス雪山の方面に向かったとなると――ここでエルダが「記憶を取り戻した?」と憶測を立てた。


「あっちの方って、イアン君が眠っていた建物がある場所……」


「何ッ!?」


 とても嫌な予感しかしない。それに伴って、事情がよくわからないオクレズは「何のことですか?」と首を傾げた。もうこればかりは、とグーダンは先ほどエルダから聞かされたイアンの事実を話した。話を知らない彼らのほとんどは驚いた様子でいたが、オクレズはというと、あまりびっくりしていない様子。むしろ、どこか心当たりがあるとでも言うようだった。


 その様子にエルダは気付いていたようで、とあるメモ用紙を取り出すと、それを見せてきた。


「オクレズ君、このメモ紙覚えている?」


 そのメモ用紙に書かれた文字は自分たちが普段から使う楽園の言葉ではなく、レイの言葉。オクレズはそのメモに見覚えがあった。そのため、「ああ」と頷く。


「それ、イアンの。お前、どこで?」


「あたしがここに入るときに送ってもらったでしょ? そのときのイアン君とオクレズ君のやり取りのメモ、ポケットに入れっぱなしだったよね」


「……くすねたってわけか」


「きっと、イアン君はオクレズ君に物事を伝えるためにあえて知っているだろうと思い込んでいた『レイの言葉』で書いた。『楽園の言葉』で書いたら、一発であたしに知られちゃうからね」


 エルダは小さく息を吐く。


「このレジスタンスでレイの言葉を知っているのはあたしとオクレズ君だけじゃない。イアン君もそう。知っているよね? 以前はレイの言葉を使っていたって。彼はこの時代で勉強したわけでもなく、『最初から』知っていたんだ。大戦時代の人間ならば」


 そう、イアンは知らないでも、知らなかったでも、知らないふりをしていたわけでもない。こちら側が知っていたという事実を知らなかっただけだ。オクレズも『偶然知っていた』というような思い込みがあっただけ。その事実を知っていたのもエルダだけ。


「だが、イアンが下手な記憶を思い出したとなると……」


「レーラちゃんの危険はより一層高まっているね」


 正直な話、楽園の女王(クィーン)を倒す使命があるイアンに頼らなければならないのだが、レーラの死の確率が高まるとなると、こちらも動かざるを得ない。グーダンはすぐさま作戦を立てることにした。あの彼が眠りから覚めた場所からこちらに戻ってくるまでの間。すべての作戦を遂行しなければならない。


 敵は一人だけではない。二人もいる。それを頭に入れておかなければならないのだ。

 レーラは両手を縛られて、ヘヴン・コマンダーたちに連行されていた。これからどんな場所に連れていかれるかはわからない。一番の予想とするならば、拷問部屋だろうか。自身の右手には偽装チップが埋め込まれているし、その情報を割り出そうとするかもしれない。


 大きなへまをしたな、と歯軋りをする。どうせ、つらい思いをするぐらいならば、自害したが早いだろう。などと心の中で考えていたのだが、レーラが連れられてきた場所は松明の火だけで灯された広間だった。その部屋の奥には大きな玉座があり、そこに座っていたのは顔を隠した女性が。そして、この女性の左薬指には見覚えのある銀色の指輪がされていた。


 自分の姿を見るや否や、その女性は立ち上がると、こちらへと近付いてきた。一体何が始まるというのだ。この女性、まさかとは言うが――。


「なるほど」


 女性から低い声が聞こえてくるが、レーラはお構いなしに「あなたが楽園の女王(クィーン)?」と訊ねた。いや、そうとしか考えられなかった。この異様な雰囲気、連行されるときに気付いた建物の上の方。ここにある玉座を見れば一目瞭然か。


 レーラの問いに女性は「いかにも」と笑いを含めて答えた。


「そう言う貴様はあのイアン・アリスのなんだ?」


 この人物はイアンを知っている。そうなると、どう言っていいかわからなかった。知っているし、同じレジスタンスの仲間でもある。だが、仲間を売りたくなかった。それが故に「知らない」と答える。


「誰、それ」


「嘘つきだな」


 嘘はすぐに見破られた。それでも、レーラは嘘をつき通そうと口を一文字に結んで黙る。


「言う、言わないは構わない。嘘はすぐにわかる。イアン・アリスは嘘つきだし、何より――」


 急にレーラの腕を掴み上げてきた。後ろに腕を縛られているため、楽な体勢ができずに苦痛の表情を浮かべる。その代わり、女性――楽園の女王(クィーン)は自身の左薬指にある物を見せてきた。


「人間を創った神、オリエヴィジェはフェリシエンヌに一つの指輪、ラヴリングを渡した!」


 今度は高らかに笑い出し「ばかなやつらよ」と嘲笑いながらも、レーラの手を放してその薬指にはめていた銀色の指輪を投げ捨てた。


「ラヴリングはただの人間として存在するためだけの道具にしか過ぎないのに」


 その言葉の直後、楽園の女王(クィーン)は姿を変えた。ただ単に顔を隠しただけの女性としていたのだが、その顔隠しすらも取ると、目も鼻も口もない真っ黒の顔を見せたのだ。


「これが私の対抗馬として作ったと考えるならば、『彼』はばかよ。あいつがやられた理由がわからない」


 真っ黒な顔だというのに、そこはぐるぐると掻き混ぜられていた。ゆっくりと人らしき顔が形成されていくではないか。


 やがて、その顔を見たレーラは思わず小さな悲鳴を上げる。そこに表れた楽園の女王(クィーン)の新たな顔は彼女自身が誰よりも知っているレーラ自身の顔なのだから。


「初めまして、存在なし(ディース)さん」


 楽園の女王(クィーン)はレーラの名前、存在、記憶と共に彼女のすべてを奪ったのである。

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