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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、代わりに名前はある。
9/108

◆9

 真っ暗な空の東側にちょっぴり白い明かりが見え始めた頃、イアンたちを乗せたトラックは地平線の彼方へと向かうようにして走っていた。荷台に乗る彼はどこか悔しそうにしている。それもそのはず、ヘヴン・コマンダーのエンジェルズであるウリエルにほとんどやられっぱなしで逃げたようなものだから。


 そんな風に落ち込んでいる彼にレーラは「大丈夫だよ」と声をかけてきた。


「エンジェルズに私たちが敵うと思ったらダメだし」


「そうなのか?」


「レーラの言う通りだ」


 話を聞いていたオクレズが運転をしながらタバコに火をつけた。タバコのにおいが風に乗ってこちらに漂ってきている。それをお構いなしに彼は煙を吐く。


「そこら辺のヘヴン・コマンダーたちが楽園ヘヴンに操作された機械とするならば、エンジェルズのやつらはガチモンの機械だからな。あいつらは言葉通り人じゃない」


「えっ、人じゃないって……」


「平たく言えば、改造人間だ。元は人でもあるがな、だから戦って勝てる相手ではないさ。イアンは頑張った方だぞ。よく時間稼ぎをしてくれた」


 その優しい言葉にイアンは泣きそうになった。なぜにそうなりそうなのかはわからないが、心が思うには『悔しい』という感情が渦巻いているのかもしれない。


【声が大きい方が世界を動かせる】


 ウリエルの発言を思い出す。事実ではある事柄。現に一番大きな勢力を持っているのは楽園ヘヴン。それに対抗しようとしている少人数意見がレジスタンス。色々と知りたい真実は山ほどある。だが、それよりも一番の問題としては己の存在についてだ。ウリエルはイアンのことを知っている素振りを見せていた。あれは何を意味するのか。顔を見たことはなさげであるならば、誰かに名前だけは聞いたことがある?


 ならば、その誰かとは一体誰なのか。 楽園ヘヴンの誰かがイアンを知っている?


 何も思い出せそうにない記憶の回路を必死に回して思い出そうとしていた。知りたいから。誰が自分のことを知っていて、あのヴレィス峡谷で追い詰めさせようとしたのか。ヘヴン・コマンダーたちは狙うならば、主にレジスタンスの者たちだと聞いていたが――。


 仮に自分がレジスタンスの人間であるならば、グーダンたちはイアン・アリスという人物を知っていてもおかしくはないはずなのだが。


 右手の甲に入れ墨。自分にそれはない。


 ぼんやりと自身の右手の甲を眺めていると、レーラが「それよりも」と腕を組む。


「エンジェルズはどうしてイアンに戦いを挑みたかったんだろう? オクレズさんが来てくれなかったら、どうなっていたことやら」


「わからない。でも、あいつは俺のことを知っていたみたいではあったけど……」


「なるほどな。知っていたからこそ、戦いを挑んだ。……早くイアンの記憶が戻るといいな」


 オクレズの発言にどこか間があったように思えたが、それは何を差すのか。もしかしたら、厄介者として見られているかもしれない。自分がレジスタンスにいる限り、イアンと戦いたいと思っているウリエルは再戦をしにくるかもしれない。存在を知っているから。行く宛のない自分を受け入れようとしてくれたグーダンにも申し訳なさが際立つ。


――もっと、強くならなければ。


「オクレズさん。時間があるときでもいいので、俺に稽古でもつけてくれませんか?」


「いいぞ」


 地平線の向こうからは朝日が覗かせていた。それに向かうようにして、トラックはダミー拠点へと急ぐのだった。


 昨日やってきたダミーの拠点へとイアンたちが辿り着くと、グーダンと数名のレジスタンスたちが迎え入れてくれた。


「オクレズから聞いた。エンジェルズと戦ったんだってな」


 今更ながらグーダンが言っていたことを思い出した。エンジェルズとの交戦は避けろ、と。彼ならば、危険だと怒られるかもしれない。イアンは少しばかりびくびくしながらも「はい」と答える。


「グーダンさんの言いつけを破ってしまいました」


 出ていけ、と言われるかもしれない。そうなれば、何も持たない自分はどこへ行けばいいのか。これからどうすればいいのか。その先が恐ろしいと感じていたが――。


「いや、いい。オクレズの報告では逃げるに逃げられない状況の中、レーラが脱出口を探している時間を稼いでくれたらしいな。よくやったじゃないか」


 グーダンは優しく肩に手を置いた。それにイアンは肩を強張らせるが、彼の発言をよくよく思い出して呆気に囚われる。


「へ? あっ、はい」


「普通、エンジェルズの時間稼ぎとしての交戦は骨の折れる話だ。戦うならば、大量の火薬をそれも大人数で作戦通りに発破させないと、倒れないはずだろう」


 何もイアンがウリエルと交戦して無事に帰ってきたことに驚きを隠せずして褒め称えているのはグーダンたちだけではない。最初は自分の存在にあまりいい顔をしていなかったレジスタンスの者たちも「すげぇよ」と言われた。


「いえ。でも、元々俺たちのミッションって物資の奪取ですよね? あんまり取ってはこられなかったんですが……」


「エンジェルズが拠点にいたことは俺の完全な誤算だった。それに関してはすまなかった」


 部屋の奥でしばらく休んでいるといい、とグーダンに言われてイアンは拠点の適当な部屋に入ると、硬いベッドの上に座った。膝の上に置いた左薬指にはめられた銀色の指輪が気にかかる。おそらくは婚約者がいたであろう自分。その人物は誰なのかは思い出せないが、名前を思い出せない誰かが気になって仕方がなかった。あのとき、ヘヴン・コマンダーたちに追われていたのに何の理由があったのか。なぜに独りだったのか。


「…………」


 楽園ヘヴンと自分の関連性は? 考えれば、考えるほど謎が深まるばかりだった。何も考えたくなくなったのか、ベッドの上に身を任せる。小汚い蛍光灯が点滅している。もうじき変えどきだな。ほら、暗くなってきた。


 それのせいなのかはわからないが、急に下に落ちる感覚が襲ってきた。慌てて目を見開いたときはチカチカと点滅している電気が目に入ってくる。眠っていたのだろうか。だとしたらば、どれほどか。


「夜まではなっていないよな?」


 このダミー拠点へと戻ってきたときはすっかり空が白んでいた。僅かに西側が暗い程度である。この部屋から見える外の明るさはあるようだ。もっとも、拠点の中が知られないように窓が小さいということもあってよく見えないのだが。


「みんな何してるんだろ?」


 急にグーダンたちのことが気になったイアンは体を起こして部屋から出ようとした。そのときだった、そこへ大きな箱を抱えたレーラが入室する。誰かがいてくれて、部屋に来てくれて心底安堵する。その思いは言葉になった。


「あっ、いた……」


「いや、いたって何?」


 レーラにとっては意味不明だったのだろう。少し困惑したように眉根を寄せて小さく笑った。この発言、相手にとって失礼だったか。慌てて自分の口を塞ぐ。


「気にしないで」


「うん、言うほど気にはしてないよ」


 レーラは重たそうに大きな箱を床に置いた。それを持ってきて、何をしようというのか。そうイアンが不思議がっていると、その中から布に包まれた何かを取り出した。


「はい、これ戦利品ね。リーダーたちがこれはイアンが持つに相応しいだろうって」


「俺が?」


 なんとか奪取できた戦利品を自分がもらってもいいものだろうか、と恐縮しつつもそれを受け取った。布をめくってみると、そこから覗かせるのは黒の金属の板のような物だった。普通の板よりも少しばかり厚みはある。そして、それは硬い。


「なんだ、これ」


「フォーム・ウェポンだよ。楽園ヘヴンの連中が開発した結構いい武器だね。多分だけど、エンジェルズが持っていた武器と同じような物じゃないかな? ほら、あいつは槍で戦っていたでしょ?」


「元はこんな四角いやつだったってことか?」


「多分よ、多分」


「じゃあ、何かしらの武器に変形でもできるってことか」


 これは便利そうだ、とイアンが試しにフォーム・ウェポンを変形させてみると、片手剣へと変貌した。柄や剣身まですべてが真っ黒。それをまじまじと眺めたかと思えば、元の小さいサイズへと戻した。


「便利だな、これ。持ち運びも楽ちんだし」


「だよね。ていうか、私たちが取った物がこのフォーム・ウェポンばっかりだったみたいで。これで飛び道具には怯えずにあいつらを倒せるよ」


 そう言うレーラは自身のフォーム・ウェポンを取り出して、銃器へと変化させた。しかも弾切れを起こさないんだよ、と嬉しそうである。彼女の柔らかい笑みを見て、イアンも頬が緩んだ。彼女はレーラであるが、どうも知っている誰かと重なって見えてしまう自分がいる。デジャヴと言うべきか、どこかで見た記憶があるようでないのだ。以前、どこかで会ったことある? と訊ねてもいいかもしれないが――このことについては黙っておこう。あのとき、重ねて見たせいで彼女を怖がらせてしまったから。


 なんてイアンが決意を固めている中で、レーラは「そうそう」と大きな箱からスコップを取り出すのだった。それと同時にグーダンがやって来る。


「レーラ、イアンにフォーム・ウェポンを渡したか?」


「渡した」


 そう言いながら、取り出したスコップを渡してきた。イアンは何のことだかさっぱりのようである。


「えっと?」


「深夜のミッションで疲れているかもしれないが、一つ俺の頼みを聞いちゃくれないか?」


 説明をするから着いてこい、とグーダンはイアンをとある場所へと案内するのだった。

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