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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶がないわけではない、記憶はここにあった。
89/108

◆89

「ケイ……? どこかで聞いたことがあるような」


 エルダからの話を聞かされて、グーダンは頭を悩ませる。どこかで聞いたことがあっても、どうも思い出せないようだった。だが、ここで行き詰っても仕方がない。知っているということにして「続けてくれ」とエルダを見た。


「約束だったからな」


「そう、約束だった」


 今こうして事実を知ろうとしている時点で、どうしようもない方向へと向かっているようだ。グーダンはそう考え、エルダからすべての事実を聞く前にこの場にいるレジスタンスの全員に楽園の女王(クィーン)の企てている計画について話した。一度破綻したであろう計画をもう一度復活させようとしていること。すべて洗いざらいだ。


 誰もが黙って聞いており、グーダンが言い終えると、今度はエルダが「それらの詳しいことを話すね」と手記を見ながら言う。


「まず、楽園の女王(クィーン)はこの世界を構築する『書』という本の中身の改変をしている。だから、こうしてあたしたちが住みづらい世の中になってしまった。それは昔に大きな戦いが遭ったことをみんなは知っているよね? それも似たような状況だったの。楽園の女王(クィーン)と同様の誰かが世界改変を行って、歴史を歪めさせようとした。あの戦いはそれを止める三度目の大戦だった。その誰かは自分にとって都合のいい最高の世界に創り上げようとしていた。それがその誰かの計画……『オリジン計画』」


 この世界はまだ楽園の女王(クィーン)にとって、昔に行われようとしていた計画の初歩的に過ぎないという。


「それに計画は一つだけではない。もう一つの計画があって、それはエンジェルズの大量生産の計画」


 誰もが静かにエルダの話に耳を傾けているのがわかっていた。彼女の声の音以外で聞こえるのは走るトラックの音だけ。


「エンジェルズはただ単にヘヴン・コマンダーを強化した改造人間じゃない。楽園の女王(クィーン)を守るためだけに生まれた悲しい使者。囮役」


 それはすなわち――。


楽園の女王(クィーン)がエンジェルズを作ろうとしているのはイアン・アリスを殺すため。あの子は楽園の女王(クィーン)にとって、一番都合の悪い存在なの」


 エルダがそこまで言うと、黙っていたレジスタンスたちが口々に「だったら」と憎悪ある声音を出す。


「あいつは楽園ヘヴン側の人間だったかもしれないんだってことだよな?」


「そうかもな。そこで楽園の女王(クィーン)に何かしらの反感を買ってしまったから、こうしてこちらに逃げてきた」


「タツが死んだのも、本当はあいつが殺したんじゃないのか? 楽園の女王(クィーン)に許しを乞おうとして」


「そうとしか考えられない。保険をかけていたんだよ。こちらが劣勢になったときに、こちらの情報が流れるようにして――」


 それらの言葉をエルダは聞く気にはなれなかった。彼女は「待って」と周りの口の動きを止めようとする。


「イアン君は楽園ヘヴン側の人間じゃない。むしろ、あたしたちにとって都合のいい人のはず」


「都合がいい? どこがだよ」


 それでもなお、イアンのことを認めようとしないレジスタンスは突っかかろうとするが、そこをグーダンに制止をかけられてしまう。


「止めろ。黙ってエルダの話を聞け。まだ話は終わっていないんだろう?」


 どうやらグーダンは半信半疑ながらもエルダの味方をしていてくれているようだった。その質問に彼女は「そう」と頷く。


「イアン・アリス君はあの昔の大戦時に、オリジン計画を立てた人物を倒した本人なの」


 イアンは二百年以上も前の人物だという言葉に誰もが我が耳を疑った。そのようなことありえるのだろうか、と。見た目はどう見ても二十代前半の青年。とても二百歳以上には見えない若者だ。


「エルダ。それが事実だとするならば、おかしな話じゃないか? イアンは相当な年齢になるはずだが……」


「その通り」


 エルダの話は嘘ではないらしい。彼女はもう一度古びた手記を掲げてみせた。


「この人の記述によれば、イアン・アリス君は戦いの後、永遠の眠りについてしまったの。『――――』と『――――』の『――――』したせいでね」


「は? ふざけてないでキチンと言えよ」


 一同が怪訝そうにエルダを見る。だが、訝しそうにしているのはレジスタンスたちだけではない。きっちりと言葉を言わなかった彼女自身もだ。


「ここにオクレズ君はいないの?」


「生憎、オクレズは楽園ヘヴンの本拠地で待機中だ。それがどうした?」


「じゃあ、グーダンさんでもいい。ここの部分を口に出して読んでみてよ」


 そう言って、エルダが渡してきた手記は楽園の言葉ではなく、レイの言葉で書かれた物だった。なるほど、彼女がオクレズの存在を問いかけていたのはレイの言葉を知っている彼だからこそなのか。それで妥協したように、グーダンに読ませようとしたのは多少なりともレイの言葉を知っているから。


 グーダンは手記に書かれた言葉を口に出した。それはレイの言葉である。


「ブリティズァ モ キイ ディズルィ カムラ フブリック マージャレティ」


 しかし、エルダは「違うよ」と首を横に振った。


「楽園の言葉に置き換えて」


「……『――――』とっ!?」


 思わずグーダンは口を塞ぐようにして噤む。そして、もう一度と言わず、何度も口パクをする。そんな彼を見て「わかったでしょ」とエルダが小さくため息をついた。


「言わないじゃなくて、言えないの。ねえ、グーダンさん。ここの部分はレイの言葉で言ってみて」


「イアン・アリ……え? イアン・アリス……」


「見えている言葉と口に出した言葉は違うはずでしょ?」


「な、なんで?」


 あまりの気味の悪さにグーダンは鼻白むしかない。だが、事情がよくわかっていない他のレジスタンスたちは困惑の色を見せていた。


楽園の女王(クィーン)は自分にとって都合の悪いものの存在を『書』で改変したり、消してしまったが故に起こってしまった矛盾点に気付いていない」


 エルダはちらりと手記を見る。


「あたしはそこから芋づる方式でこの世界の矛盾点を色々と見つけ出した。そして、ブレクレス商業施設でのイアン・アリス君とエンジェルズの戦闘を見てこっちに来たの」


 エルダはグーダンから手記を返してもらって、とあるページを音読した。


「『イアン・アリスはクライ廃集落の青色の建物の中で眠り続けている。彼は昔、この世界を書き変えてしまった者を倒した英傑でもある。――――と――――の――――、――――したが故にその代償として永遠の眠りにつかなければならないと――――に記述されていた。


 今、楽園の女王(クィーン)と名乗る改変者が生まれ、世界は変わりつつあろうとしている。もう俺も年老いてしまって戦うことは敵わないし、王国の女王は望んでいるのだ。イアン・アリスが再び目を覚ましてくれることを。彼ならば、友を大切に思うあいつならば、この危機的状況に目を覚ますかもしれない。


 俺もそんな小さな希望にすがろう。子どもたちの未来に本当の平和が訪れてくれることを。』」


 そこまで言うと、グーダンを含めたレジスタンスたちをエルダは見渡す。


「あたしたちはイアン・アリス君にすがらなければならない。どんなに絶望的になろうとも。彼がこの狂った世界を正してくれるはずだろうから」


 いや、イアン・アリスはこの世界を元の世界へと正すために、再びこの混沌した世界から目覚めたのだ。それこそ、神の加護があるかのように。

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