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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶がないわけではない、記憶はここにあった。
88/108

◆88

 イアン自身のデータプログラムに組み込んだ武器、シージュ。それは三十本ものの橙色の刃が彼の周りをサークル上に囲って三つばかり存在していた。それを総勢九十本飛ばして記憶情報のバックアップの侵入を拒む白い鬼に当てる。多少の攻撃くらいは効いているはず。そう思っていた。


 ぐう、と音を立てながら鬼が怯みを見せていると思っていたのが大間違いだったのだ。


「うわっ!?」


「うっ!?」


 たった一振りの、巨腕。薙ぎ払いにイアンとガンは吹き飛ばされた。一応はデータ体だから怪我はしないし、痛みはない。しかし、戦闘の疲労は出てきているのは確実だった。このままでは勝てない。いや、これに勝つことすら不可能。体勢を整えつつ、武器を杖代わりにして立ち上がるガンはそう思っていた。


 退却。それがこの場においてもっとも賢明的な判断であろう。ガンはまだまだ戦おうとするイアンの手を引いて、彼の記憶の中から逃げ出すことを決めた。


「ちょっと、ガン!?」


 これには納得ができないイアンは絶対に逃げ出したくなかった。だから、ガンの手を振り払ってシージュでもう一度攻撃を試みるのだが、鬼の方が動きは早かった。その拳を体でもろに受け止めてしまったのだ。


「イアン!?」


 腹へと直撃する白い拳。データ体だから痛みはないはずなのに、痛かった。それは腹の痛みではなく、頭痛である。割れるような痛みにそこから這い上がってくる何か。


 こちらへと迫りくるヘヴン・コマンダーたち。その場所は渓谷のようにも見える。


 何か――記憶がよみがえってきたことによって、イアンは驚いたように、その場に佇んでいた。そうしていると、鬼からの一撃がまた襲いかかってくる。今度は――。


 木々に囲まれたどこか。


 イアン・アリスではないという否定。


 『書』を取り戻すこと。


 それを思い出した。だが、それ以上の追及をすることは叶わなかった。なぜならば、ガンがこれ以上の戦闘は危険だと判断し、イアンを引きずるようにして逃げ出したから。もう彼には振り払うという力は残っていなかった。


 なんとかイアンの記憶の中から脱出し、ガンは大きく息を吐いた。


「大丈夫かい、イアン」


 返事をせずして、反応だけを示すイアンはどこか戸惑いを隠しきれない様子だった。それもそのはず、あの鬼からの攻撃が直撃したときに今まで思い出せなかった記憶が少しだけよみがえってきたのだから。衝撃的だったからこそ、忘れない。木々に囲まれたどこか。イアン・アリスではないという否定。『書』を取り戻すこと。


 木々に囲まれたどこかはわかる。あのオンイ峠道を通って辿り着いた廃集落にあった謎の小さな建物。あそこだけ植物のない世界に似合わない物があった。だが、イアン・アリスではないという否定と『書』を取り戻すことがわからなかった。


 自分は自分ではなかった? 『書』? 自分は誰かに何かのミッションでも課せられていた?


「イアン?」


 言葉もそうだったが、何も反応を見せなくなったイアンを不審に思ったガンは何度も呼びかけるが、彼は思考を巡らせていた。気になり過ぎるのだ、鬼に殴られて思い出した記憶たちが。あの攻撃を受けるのが、記憶をよみがえらせることができるのか。だったならば、行くべきだと立ち上がる。そんなイアンを見て、ガンは行かせまいとした。


「言ったよね? 下手に攻撃を受ければ、記憶を失いかねないって」


「でも、俺は思い出したんだ」


 このことらを忘れないように、と。忘れたくない、とガンを押し退けてまでもあの白い鬼のところへと行こうとした。それでも、結果として記憶を失ってしまった友人の姿を見たくないと彼は思った。こうなれば、強制返還をさせるべきだ、とイアンを強引に現実世界へと戻してしまったのだ。


 一瞬の意識を失ってしまったイアンは気がつくと、コンピュータ室にある裏部屋の台に寝転がっていた。このまま引き下がれるか。コンピュータの世界へと行こうとするのだが、拒否された。モニターにはこれ以上のアクセスできませんという表示がされる。


「なんで!?」


 何度も、何度も実行を試みようとするのだが、アクセスを拒否されるばかり。コンピュータ関係の不具合かと思ったが、そうではないことに気付いた。


「ガン!?」


 そう、ガンはイアンからのアクセスを拒否したのだ。どの端末からでもアクセスできないように、すべての偽装チップからのインストールを不可にしたのである。友人のすべてを失わないために。それで後悔した彼の姿なんて見たくなかったから。それだからこそ、ガンは二度とイアンと逢えないという条件を飲み込んでアクセスを拒否するしかなかった。


 本当はたまにでいいから来て、おしゃべりをしたかった。独りではない、と実感したかった。なぜだか、イアンとレーラを見ていると、懐かしいという感覚に捉われていたから。初めてではあったが、初めてではないという気がしてたまらなかった。だが、その思いは心の奥底に封じ込めていた。その感じはきっと、このRe:WORLDシステムとなる前の名残だと思っていたから。彼らが自分という存在を作った人物に似ていると思っていたから。


 その人物と二人を重ねてみると、二度と逢わないようにするという結論に辿り着いた。極論ではあるにしろ、友人が傷付くよりは自分が傷付いた方がよかった。そうだ、もう二度と逢わないからこそ――この記憶情報も――。


「『一個の情報データを削除しますか』」


 白くて、青い光が走る床から白いケーブルが現れた。それはガンの後頭部に取りつき、実行をしようとしていた。


「『情報データ:イアン 削除中』」


 その文字はイアンがどうにかしてコンピュータの世界へと行こうとしていた機器類のモニターにも現れた。


「ガン! 止めてくれ!」


 その場にイアンの悲痛の叫び声がこだまする。それこそ消してしまったならば、もう記憶を思い出す術なんてなくなってしまう。これにすがるしかないのに。


「お願いだ……止めてくれ……!」


 イアンの思いも虚しく、モニター画面には削除しましたと表記がされる。これには膝を折って茫然とした。コンピュータ室からはバタバタとどこか騒がしいが、関係なかった。後少しで、思い出すべき記憶がよみがえるはずだったのに。


「…………」


 下唇を噛むイアンは強制的に終了された真っ暗画面を睨みつけた。こうなれば、自分の記憶を思い出すには一つの方法しか残っていない、と。


 コンピュータ室を後にしたイアン。それに入れ違うようにして、慌てた様子のグーダンがこちらの様子を見に来た。だが、そこはコンピュータの電源を切り、もぬけの殻とした部屋があった。


「あれ!? イアン!?」


 あいつはどこに行った? と焦りが見える。こんな重大なときにいなくなるなんて。まだコンピュータの世界にいるのは構わない。もし、そうだったならば、こちらから迎えを寄こせばいいだけの話だから。しかしながら、この場合は誰もいない状況である。自室かとイアンの部屋に行ってみるも、やはりいない。どうしたものか、とグーダンが頭を悩ませていると、レジスタンスの一人が「リーダー」と眉をしかめてやって来た。


「イアンが……」


「ああ、ちょうどいい。イアンを俺の部屋に呼んで――」


「そうじゃなくて、イアンがトラックに乗って楽園ヘヴンの方に!」


「何だって!?」


 イアンはレジスタンスにあるトラックに乗って北の方角を目指した。誰もが楽園ヘヴンの方に向かったと思っていても、彼は違った。イアンの目にはそこが映っているわけではない。目指す先は――。


「あの誰もいない集落に行けばっ!!」


 この世界にどこか似合わないあの建物が記憶を思い出すヒントになり得るはずだ。


 その思いを知らないグーダンたちはこれまた違った。いつの間に情報を知ったのだろうか、と怪訝になる。あごに手を当てて考え事をしていると、レジスタンスが「それよりも」と口を開く。


「イアンはレーラのところに……?」


「可能性は。だけれども、単身で楽園ヘヴンに乗り込むなんて危険極まりないっ!」


 グーダンはイアンを追いかけるために複数のレジスタンスを率いて楽園ヘヴンへと向かおうとしたときだった。


「グーダンさん」


 しばらくの間、情報を集めるためにレジスタンスの拠点から離れていたエルダが帰還してきた。なんというタイミングか。いや、それでも戦力は欲しいところ。戻ってきて早々悪いが、と強引に彼女をトラックに乗せた。それに驚きを隠せないエルダは「どうしたの?」と目を丸くしていた。


「何か急いでいる?」


「ああ。イアンが楽園ヘヴンに捕まったレーラを助けに、本拠地の方に……!」


「ええ!?」


 やはり、エルダも驚きを隠せないらしい。彼女はしばらくの間、虚空を見つめた後、荷物鞄の中に入れていた一冊の手記を取り出した。それを見てグーダンは「なんだそれは」と訊ねる。随分と古い物のようだが――。


「ケイ・アーノルド・シルヴェスターの手記。イアン・アリス君が向こうに向かったとなると、すべてを今ここで話さなきゃ」

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