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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶がないわけではない、記憶はここにあった。
87/108

◆87

 イアンの記憶を取り戻す方法はなきにしも非ず。それは偶然にもコンピュータ世界に存在する、すべてのネットワークにおけるごみ捨て場であるデータ・スクラップ・エリアに方法はあった。


 これは神のいたずらか、それとも運命なのか。多少の欠損はあるにしても、人の記憶容量としても使用されていた『脳情報遠隔操作装置』の製作方法である。それをガンが似た構造の代物を作り上げ、準備は整っていた。これでいつでもイアンの脳情報データをコピーして移すことができるのだ。


「準備はいいかい?」


 そう問いかけるガン。それに後悔はないと目で訴えるイアン。Re:WORLDシステムの傍らには拡張された記憶容量保存部屋がある。二人分の脳情報データが収まりきれるほどの広さだという。


「『自動制御モードに移行』。『ユーザーへ』。『これよりすべてのシステムに自動制御モードへと移行するため電源を切らないでください』」


 イアンとガンの頭に青白い床から伸びてきた白いケーブルにつながれた。これより、イアンの記憶情報を新しく作った記憶容量保存部屋へとコピーするのだ。頭に白いケーブルでつながれている時間はそう長くはなかった。そうだとしても、彼は奇妙な感じだと思っていたのだ。


「よし、これでイアンの記憶情報はコピーされたよ。行ってみようか」


「ああ」


 二人はイアンの記憶情報が保存されている場所へと向かった。そこには何があるのだろうか。果たして、本当の自分とは? 知るべきだとわかっていても、少しだけ怖かった。今から本来の自分自身を知るのだから。本当は? ヘヴン・コマンダー? 別の派閥のレジスタンス? ノーサイド?


 躊躇が見えるイアンであったが、自分と向き合うために脳情報が保存されている部屋のドアを開けた。


 部屋の中を見て、二人は戸惑うしかなかった。とてつもない広さの部屋のど真ん中にぽつんとこれまた大きな白いデータが存在していたから。イアンはその大きさに。ガンはこの色に愕然とする。


「これが俺の記憶?」


「にしてはおかしいぞ」


 どこがおかしいというのか。気になるイアンは「何が?」と眉根を寄せる。おかしいと言われると、それが当たり前には見えないから怖いのだ。


「チップのデータをこっちにインストールしていたよね? そのとき、そのデータの持ち主の人の記憶は色とりどりのグラデーションだったんだ。つまりは、人の記憶という存在は色がついていなければならないから……」


「記憶がないから、なのか?」


 そうとしか考えられない。それ以外に何があるというのだろうか。だが、ガンの答えは更に混乱を招くことになる。


「きみもデータ・スクラップ・エリアで情報の欠片を見ただろう? 情報データの欠損は形を体にする。それは人の記憶だってそうだ」


「それなら、俺の記憶って……?」


「ありえないかもしれないけど、記憶がある状態でありながらも、ない状態だね。私が思うには、だけど」


 意味がわからない。その一言で片付けられそうだ。記憶がある状態でありながらも、ない状態というのはおかしな話だ。


――ああ、本当にガンの言う通り、おかしな話だった。ああ、ちくしょう。気分悪いし、気持ちが悪い。


「ごめん、意味がわからない」


「人は色のついた記憶……感情を色として形を成しているんだ。それらをつなぎ合わせて記憶の壁を作る。本当に記憶がないのであれば、壁すらない。存在しない。たとえ、自分や他者が意図的に記憶を消去したとしても、脳は自動的に別の場所でバックアップすら取っているから問題ないはずなんだけど……」


 そう、人の記憶が欠損したとしても、バックアップが無事であるならば、また記憶というものは記憶情報のどこかで復活するのだ。ガンはイアンたちがインストールしたチップの脳情報データを解析して知ったのである。だから、自分が持っている知識が間違っていることはないだろう。そもそも、白という色の感情の情報データは見たことがなかった。この世界――コンピュータの世界を構築している壁や床、天井は白い。それらよりも、イアンが持っている記憶は以上に白いのだ。


 記憶情報の周りを確認していて、一ヵ所だけは小さいながらもグラデーションの記憶情報が存在していた。これはイアンがグーダンたちに助けられたときからの記憶だろう。


「なんでこうなったんだ?」


 理由が知りたかった。いくら記憶がないとしても、まだガンの言う通りでいて欲しかった。これではただの非常識ではないか、と。


「わからないな。だけれども、可能性として考えられるのは第三者がイアンの記憶を消したような書き変えをした可能性が高いね」


「書き変えた?」


 だとするならば、楽園ヘヴンが? いや、ありえる。彼らは自分のことを知っていた。誰よりも、自分よりもだ。自分が向こうに不都合な記憶を持っていたから。だからなのか。そう考えてくると、沸々と怒りが腹の底から込み上げてくるのがわかった。


「どうにかして、知ることってできないか?」


「それって、イアンの記憶を塗り変えた人のことを?」


「ああ。人の記憶はどんなことがあろうとも、バックアップは取れるはずだろ? だったら、そうなる直前の記憶がバックアップにあってもおかしくはないはずだ」


 知りたい。その気持ちでいっぱいのイアンに押されるようにして、ガンは彼のあとを着いていくのだった。記憶情報の塊の中へと入るための扉もきちんとついていることから察するに、人が記憶を思い出すための存在なのだろう。


 自分の記憶の中へと入ってみると、そこは迷路状になっていて、なおかつ――やはり白い。塗り変えられた自分の記憶。思い出したくても、思い出せないのは当たり前だった。誰かに記憶を塗り変えられているから。真っ白な壁に触れてみる。何かが頭の中へと入り込んでくるのだが、それがなんであるかは分からない。過去に自分は何があったのだろうか。


 どんどんと奥の方へと突き進んでいくと、そこには先ほどの扉よりも頑丈に、簡単に開け閉めができなさそうな大きな扉が出現する。ガン曰く、これは人の記憶情報におけるバックアップだそうだ。イアンの記憶が復活しない理由はここである可能性が高い、と言う。


「記憶情報の外見がああであっても、ここまでそうならば……」


 何かがあった。その原因を突き止めるべく、扉に手をかけようとするのだが――急に鬼のような顔と腕が飛び出してきて、中へと入ろうとするのを拒んできた。


「なっ!?」


 白い鬼は一言すらも発せずに、二人に攻撃を仕掛けてきた。こちらには一切近付けさせない。何人たりともこのドアに手を触れさせない。その気迫だけが彼らの戦意を削ごうとしていた。だが、イアンは是が非でも自分の記憶とやらに向き合いたい。自分の正体とやらを知りたい。そのためには――。


 イアンは自分のデータプログラムに組み込んだ周りを橙色の刃で囲った武器シージュを鬼に向けてぶつけた。大したダメージは与えられていないようだが、それでもお構いなしである。何も刃のサークルは一つだけではない。三つもあるのだから。


「イアンっ!」


 防御なんてお構いなしに攻撃をするイアンであったが、鬼の白い腕が迫りくる中、ガンは自身の武器を出してそれを防いだ。危ないだろ、と叱責をする前に次の攻撃はやって来る。


 さっさとここから立ち去らないか。この先でお前たちが得ようとしているものを一切見せない。触れさせない。鬼の一撃が重たかった。隙を見て攻撃を仕掛けても、通りそうにない。それでも、と攻撃を止めようとしないイアンだったのだが、ここは落ち着かせるためにガンが巨大な大剣を作り出して守った。


「イアンっ! 記憶を取り戻したい気持ちはわかるが、下手に突っ込んだら危険だ! わかるか? きみの体は記憶情報データで形成された物だ。もし、きみが傷付いて記憶が欠損したら……」


「でも――」


「頼むから、闇雲に突っ走らないでくれ。ここにはイアン一人だけじゃない。私もいるんだ。私を頼ってくれないか?」


「…………」


「記憶を失うことの恐怖をきみも知っているんだろう?」


 それもそうだった、とイアンは落ち着きを取り戻したかのように、納得し始める。それと同時にガンが出現させた巨大な大剣に限界が訪れを迎え始める。


「いいかい? 相手の動きをよく見て。慣れない武器かもしれないけど、近接と遠距離はできる武器なんだから」


「うん」


 ミシミシと嫌な音を立てる中、イアンはシージュを構えた。大剣の向こう側にいる鬼に狙いを定めているつもりだった。


 やがて、白い鬼が大剣を壊して姿を露にする。それがチャンスだった。イアンはシージュを、九十本もある橙色の刃を仕向けるのだった。

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