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エルダから送りつけられてきた謎の白い横笛。その正体はキュレット村の教えについて書かれた教典の一節を歌う人骨の呪われた笛だった。
「……何、とんでもない物をこちらに寄こしてきているんですかね。エルダさんは」
グーダンと数名のレジスタンスしか知らない自分たちの目論見を知らないイアンは腕を組んで、エルダの思考回路の理解に苦しんでいた。だが、彼にはその目論見を知らせない方がいい、それが賢明だとグーダンは考えていた。だからこそ、「そうだな」と話を合わせるしかない。
「流石、元楽園の人間だ。予想を遥かに超えることをしてのける」
それでもグーダン自身もなぜに歌う横笛なのかと疑問に思っていた。教典の一節を歌う呪いの笛なのだ。何かしら、楽園の女王の企みに関する情報があるのかもしれない。
それこそ、骨の笛に小さく掘られた『60‐60』の謎も解けるかもしれない。なんて思いながら箱に同封されていたエルダの手紙を読んだ。
『何かしら面白い物を見つけたので、先にこちらを送ります。グーダンさんが知りたがっている情報はもう少しだけ待っていて。あとで教えに来ます。』
全く自分が知りたがっていた情報とは何も関係のない物だったらしい。それもそうだ。教典の一節を歌うだけ、この手紙に『何かしら面白い物を見つけた』これは明らかにどうでもいい物だ。
要らないかもな、と思いつつあまり関わりたくなさそうにしているイアンに「おう」と声をかけるのだった。
「どうせ、まだしばらく動けないんだ。その間、この横笛の謎でも解いていな」
「え」
イアンの声音が完全に嫌々のよう。だが、グーダンとしてはここでミッション指示の待機をしているより、別の何かをさせてあげたいと思う。なぜならば、まだイアンに対しての不信感を抱いているレジスタンスはいるのだ。どんなに時間が経とうが、そのほとぼりは冷めない様子。
このあやしい横笛の謎を解いたところでイアンの記憶が下手に思い出すこともないのかもしれない。それは笛が歌ったときに確証を得れたとは思う。それにつながることなんてないかもしれない。エルダからの手紙からでも確信できそうだ。
それに伴い、イアンは半ば強引に歌う横笛の真相を解き明かすためにグーダンの部屋から笛と共に追い出されてしまった。
謎解きのヒントは歌と笛に書かれた『60‐60』の字。グーダンから教えてもらった歌詞は母親が子どもに対する懺悔のものである。それならば、掘られた字の意味は何か。
独りで悩ましい顔を見せていると、前方からレーラが「あ、いた」と声をかけてくる。
「って、あれ? 何、難しい顔をしているの?」
「いや、グーダンさんからこの笛をもらったんだけど……」
「へえ、イアンって楽器弾けるの?」
「弾いた記憶もないし、思い出せない。レーラは?」
「私もないよ。で、その笛をどうしようか悩んでいたの?」
よく見せて、とその歌う横笛を手に取った。それを見たイアンは「あ」と不安そうではあるが――レーラが手に取っても、歌わなかった。しんとしていて、それが逆に不気味である。あんなに歌っていたのに。
イアンが不思議そうに首を傾げていると、レーラは笛に掘られた字を見つけた。彼女も気になるのか何これ、と興味津々の様子。
「これイアンがしたわけじゃないよね?」
「俺じゃない。それ、そもそもエルダさんがグーダンさんに送りつけてきて、グーダンさんが俺に押しつけた形なの」
「『60‐60』か……」
「それ、何も思いつかないんだよな。誰かのいたずらかな」
解読をあまりする気がないのか、イアンは適当に思ったことを口にしているようだ。一方でレーラはこの文字に何かしら思い当たる節があるようで「ちょっと来て」と案内した場所は資料倉庫だった。
この資料倉庫は大人たちが色々と調べたりする場所としてもあったりするし、それ以外に子どもたちが読むような絵本や物語の本があったりもする。要は知識の倉庫とも呼べるような場所だった。そこに安置されていた地図を引っ張り出して、レーラはテーブルの上に広げる。
「地図?」
「うん、なんとなくだけど、座標の位置と関連しているんじゃないかな? これ、私たちも楽園も使う世界地図ね」
レーラが見せている世界地図は世界共通の物であると言うが――。
「って、ヤダ。これレイの言葉で書かれているし」
どうも間違って以前にイアンとオクレズが手に入れたレイの言葉で書かれた地図を取り出してしまったらしい。レーラは本来自分たちが使う地図と変えようとするが「待って」と彼が止めた。
「それと別の地図って座標は違ってくる?」
「多少は違ってくるみたい」
「だったら、こっちがいい。教えてくれる?」
そうだ、この歌う横笛はレイの言葉で歌っていた。それならば、以前の座標で示された地図を見た方が謎は解けるかもしれないのだ。謎解きに乗り気ではなかったイアンであったが、いつの間にかやる気を見せているようだった。
レイの言葉で書かれた地図の方がいい、という要望に応えてレーラは「わかった」と座標を確認しつつ、別に今の座標で示されている地図を見た。彼女はほんの少ししかレイの言葉を理解できないから。
地図と地図を照らし合わせ、人骨に刻まれた文字が示す場所は――ダムレカシス雪山という場所だった。このレジスタンス拠点から相当離れているようである。
「わっ、結構遠い場所にあるなぁ」
「イアン、そこに行くの?」
「うん。グーダンさんが謎を解いていろって言うから。行く以外どうするかなんて考えれないよ」
イアンの言うことはもっともであった。
「そっか」
それで納得したのか、レーラは「頑張って」と励ましの言葉を投げると、懐からネックレスを取り出してイアンに渡してきた。飾りのところが歯車になっている。何かしらの部品で作ったものだろうか。
「これ、あげる」
「えっ、いいの?」
「うん。だって、しばらくはダムレカシス雪山に行くんでしょ? 私は別にミッションが入っているから行けないけど」
そう言うレーラにイアンは「ありがとう」とお礼を言うと、早速装着してみた。なんだか、お守りみたいだなと思いつつも思い出す。そう言えば、彼女の趣味はアクセサリー制作だったと。
「俺の分、作ってくれたんだ」
「まあね。歯車の部品を見たとき、なんでかイアンの顔を思い出してね。案外似合っているよ」
「そう? あっ、そうだ」
何かを思いついたように、イアンは左薬指につけていた銀色の指輪を外して、それをレーラの左薬指につけた。これにはびっくりしたように、彼女が声を上げる。
「な、何してんの? これって、イアンの大切な物でしょ?」
「うん。けど、レーラからもらった物を俺はお守りとして持っておくから、レーラはその指輪をお守りとして持っていて欲しいんだ」
「でも……」
受け取れないよ、と言おうとするのだが、イアンは「大丈夫」とにっこり笑みを浮かべるのだった。
「別にレーラと俺の知っている誰かを重ねて見ているわけじゃないから」
それは絶対に嘘だ。レーラはそれを見抜いていた。そうでもなければ、こうして大事な婚約指輪を他人に渡さないだろう。また狂い始めたか、と恐れていたが、彼はダムレカシス雪山へ行く準備をするために資料倉庫を後にするのだった。
「……訳わかんない」
イアンから受け取った銀色の指輪を困惑の目で見るしかなかった。




