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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、代わりに名前はある。
8/108

◆8

 流石はグーダンやレーラが強いと断言する『エンジェルズ』が一人、ウリエル。彼はどうも戦闘狂のようで、イアンとの戦いを楽しんでいるようだ。一方でイアンはあまりいい顔を見せていない。


「くっ!?」


 理由は単純。ウリエルは本当に強いから。まるで先が見えているかのような動きをしている上に、こちらの攻撃の筋を完璧に見抜いているようだった。その内、「オイオイ、俺を楽しませてくれるんじゃなかったのかァ?」とか言ってきそうである。いや、言いたげ。


「弱いな、お前。俺を楽しませてくれないとダメだろ?」


 若干違っていた。だが、何を言いたいのかは合っていると思う。それ以前にウリエルはなんという余裕の表情であろうか。こちらは苦渋を飲まされたような顔をしているというのに。これが戦闘経験なのだろうか。


「おらっ!」


 完全に追いついていない。追いつかない。槍の矛先がどちらから来るなんて。避けようにも、手足の攻撃が迫ってくるのだ。剣で防ぎようにも、それらまで防御することができないのである。


 これで確信をした。自分は弱い、と。着いていくのに必死なだけで、反撃の隙がなかった。


「ぐぁっ!?」


 仕舞いには重い一撃を防げなくて、イアンは飛ばされてしまった。地面を転がりながら、逃げるかそのまま戦うかの迷いが生まれる。


 正直言うと、今すぐこのまま逃げ出したい。レーラの手を引いて。彼女が逃げ道を探してくれているのはいいのだが、そうせずとも早く逃げたい。そもそも、戦うということに向いていないのだ。なぜにウリエルは「戦え」と言ってくる?


「おら、寝っ転がってないで『戦え』」


 戦うとはどういうことか。以前みたいにして、戦うことを闘えばいいのか。だとしても、それはどこか違う気がする。ウリエルと戦うのに『闘い』は不要だろう。ならば、どうすればいいのだろうか。


 こちらの方も殺す気はある。目の前の人物は邪魔だから。自分たちにとって障害だから。


 記憶も存在自体もあやふやな己をレジスタンスの者たちはそれでも、と受け入れてくれた。それに応えなくてはならない。恩を仇で返してはならない。そして、何より死にたくない。


 イアンのその思いが多少のブーストとなったようで、跳躍しながら剣を振り下ろした。隙だらけの攻撃にウリエルはあっさりと受け止める。避けもせず、真っ向で受け止めるつもりのようではあるのだが、こちらを見る目は死んでいた。


――つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない。ああ、本当の本当につまらないやつだこと。


「下っ端を殺したようにやれよ」


「は」


 ウリエルの声が聞こえてきたかと思えば、腹に衝撃がやって来る。込み上げてくるのは――想像もしたくない。すれば、吐くだろうから。それを吐けば、戦いどころではないだろうから。それでも無理して立ち向かったとしても、そちらに気を取られてしまってどうしようもないはず。


 それならば、どうすればいいのか。それは誰にもわからない。逃げ道を探してくれているレーラがこちらを見ているのではないかと思った。だが、彼女は助けたくても助けられないだろう。したら、横やりを入れたと文句を言って殺すだろうから。


 このまま自分たちが全滅しないためには、自身がレーラを守ればいいだけ。だから、戦いから逃げようとはするな。立ち向かえ。


「…………」


 ゆっくりと肩で息をしながらウリエルを睨みつけるイアン。その鋭い双眸から感じ取られる感情を見て、つまらなさそうな表情から嬉しそうな表情へと変えた。ようやくお出ましだ。心の奥底に眠っているであろう闘争心が。


「やろうぜ」


「言っておくが、俺たちはこうして戦うために来たんじゃない」


 本来はヘヴン・コマンダーたちが持っている物資を奪取しに来ただけ。楽園ヘヴンの方に連絡がいかないようにして、彼らを殺すだけ。戦うことを楽しみで来ているわけじゃない。そんな風に楽しむなんて、人の心はないに等しいだろう。


 この世界は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた者たちの哀れな歌で満ちている。そこへ狂い者がいるならば、狂笑曲へと変貌する。実にくだらない世界よ。この世に生まれ落ちた自分を呪いたい気分。


 イアンの怒りのボルテージは最高潮。思っていた。本気でウリエルを殺さなければ、レジスタンスたちの思う世界平和は絶対に訪れない、と。


「クソくらえな世界を壊す価値はある」


 誰にも聞こえない音量でイアンは謳う。傍から見て、口は動いていたから何を言っているのかわからずに片眉を上げていた。


「何か言ったか?」


「言ったさ。俺の目に映る世界を嘆いていたんだ」


 真顔での発言に思わずウリエルは鼻で笑う。イアンが言っていることは己の目に映る世界は絶望的だと言っているのだから。


「最悪か?」


「ああ。お前らみたいなやつらがいるから、あの人たちは幸せになれない。わかるか?」


「おう、わかるぜ」


 自分は理解できる、と言うウリエルの言葉に意表をつかれた様子で目を丸くしていた。まさかの回答に困惑するばかり。


「どちらが正義か、だよな? ならば、答えは簡単だ。少人数意見が必ず悪となる。大人数意見が通る世の中だからな」


「…………」


「わかりきった話だろ? 声が大きい方が世界を動かせる」


 それは知っている。誰よりも。反論できない悔しさが腹の底から込み上げてくる。


 ふっ、とイアンの雰囲気が変わった。悪寒がするほど奇妙な風が横切るようである。それでも特に何も考えてはいない。頭の中では一つのことしか思い浮かばない。これこそ一番わかりきったことではないだろうか。


 ウリエルの息の根を完全に止める。それだけでイアンは動けた。いや、それだけの理由で動ける。突如の動きに、にやっと口端を吊り上げた。


 刃と刃を先ほどよりも激しくぶつけ合う。ライトに照らされた銀色の体が壊れることを厭わないようではある。それほどまでに相手を倒す。それが二人の心が命じている。勝てる、勝てないなんて関係ない。己の心が命じるまま。剣を鈍器として扱うほど雑さが目立っている。刃こぼれなんて気にしない。攻撃? 防御? どうだっていい。ただ、この武器がウリエルの体のどこかに当たって、血飛沫を上げて動かなくなることが目的なのだから。


 それまでは自身が傷付いても。戦え、死ぬまで。


 負けであることは見抜いていても、体が止まることを許さない。理性という名の鎖はどうも壊れてしまったらしい。どうせ壊れたならば、眼前の『敵』も壊せ。


 目の前に映る『敵』? 左目に? ウリエルはこんなにも光っている物体だったか。いや、彼は物体でもない。ヘヴン・コマンダーのエンジェルズだ。じゃあ、それは?


 これが何であるか気付いたときは死ぬな、と直感が告げていた。それに怖けついたり、不安に思ったりする暇もなく、今度は黒い物体が銀色の何かを遮る。鈍くて耳障りな金属音が耳を貫けば、ここにはいないはずの男の叫び声が聞こえた。


 直後、対等に向き合っていたウリエルは少し離れた場所に転がるようにして倒れていた。これが何であるかをイアンが理解するのは後の話である。


 まず、彼らがやるべきことは――。


「逃げるぞ」


 トラックが通れる道を迂回してくるはずのオクレズが黒光りする銃器を手にしてイアンにそう言った。


「イアン! 物資はもう積んでいるよ!」


 ある程度離れた場所からレーラが声を張り上げていた。ということはウリエルと戦わなくてもいい? 多少の安堵があるせいか、一方的な憤りの感情を持っていたイアンの目の色が変わった。戦意喪失に近い。


「イアン、ここから逃げるぞ。俺たちがエンジェルズ相手したところでは勝てない」


 半ば強引ではあったが、オクレズは強引にイアンをトラックの荷台に乗せると、逃げるようにしてその場を後にしたのだった。


 そこに独り取り残されたのはもちろんウリエル。彼に傷一つはないものの、起き上がろうとはしなかった。星が見えない空を眺めながら「イアン・アリス」と呟いた。


「……そう、あいつはイアン・アリス。あいつが楽園の女王(クィーン)様の……」


 夜空を見るウリエルの目は何を言いたいのだろうか。

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