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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、記憶をよみがえらそうとすることはできる。
79/108

◆79

【この場所は何人たりとも入らせてはならない。ここの出入りができるのはある一族の者だけだ】


 幼い自分が父親の言葉を覚えていた。だから、思い出せる。


 エルダは楽園ヘヴンの中枢都市から南に位置する川沿いにいた。その川から、地下水道へと通ずる入口がある。彼女はそこへと正々堂々入るのだった。そこへ行ったとしても、誰も咎める者はいない。楽園ヘヴンの最下層の人間で家を持たない者が雨風を凌ぐためにそこで寝泊まりしたりしているのだから。


 何が楽園なものか、と不満を心の中で漏らした。水に濡れない足場のあるところで座っているみすぼらしい格好をした中年男性の横を通り過ぎる。自分の目的地はこの地下水道のそのまた下の奥。ここら辺に住み着いている者たちの噂によると、開かずの扉があるとのこと。その開かずの扉こそエルダの目的だ。親から受け継いだ首に紐で提げている鍵がある。それなのだ。


「よっと」


 この先は開かずの扉以外何もないと水道の住人たちはわかっているため、人気はない。エルダはぬめぬめとするはしごで下の方に下りていく。


 ここにヘヴン・コマンダーたちがいたり、来たりすることはまずない。彼らには最下層の人間だけにはなりたくないというプライドがある。そうだ、こんな暗くてじめじめして、到底人が住める場所でないところでしか最下層の者たちは暮らせない。


 なぜにこうしてカースト制度があるのか。前々から疑問だった。結局、その疑問を解決したことはない。こういう制度を決定した楽園の女王(クィーン)にしか知らないだろう。


「いや、もう知る必要はないか」


 エルダは開かずの扉と称されている場所の前に立った。左手には鍵を。


 もう楽園ヘヴンに関する疑問を頭に思い浮かんで生活をしなくてもいい。生きるために必死にならなくてもいい。


 最終手段に乗るのだから。


 グーダン率いるレジスタンスに『負け』は存在しないようなものなのだから。


 何度も開けたことがあるらしい、その扉を開けた。中の部屋のにおいと外の下水のにおいが混ざる。こちらまでにおいが漂わないように、エルダは扉を閉めて明かりをつけた。慣れた様子で部屋――様々な物が置かれている倉庫を歩き回る。


 グーダンたちに提供するべきときがきた。倉庫の一角にあったボロボロの手帳を一冊手に取る。これがあったからこそ、この世界の矛盾点に気付いた。これがあったからこそ、レジスタンスに逃げる理由ができた。


 エルダが何かを確信したように別の場所に移動しようとしたときだった。手帳があった場所の少し奥の方に白い何かが見えた。何だろうか、と手に取ってみる。


「笛?」


 その手にあるのは真っ白な横笛だった。

「グーダンさん、ここに置いておきますね」


 イアンはグーダン宛に届いた荷物を手にして、読書をしている彼にそう言った。現在、グーダンはキュレット村人たちが信仰している教えの教典を眺めては紙に何かしらメモをしているようであった。


 グーダンがレイの言葉がさほど得意ではないということをイアンは知っていた。本人から直接聞いたことがあるのだ。だからこそ、彼の邪魔にならないように部屋を出ようとするのだが「イアン」と呼び止められた。


「悪いが、それこっちにいいか?」


 そう言われて、適当な場所に置いた荷物を受け渡した。大きさからして、細長い箱である。そして、多少の重量はあったにしても、重いとは思わない。


「なんか、オクレズさんがグーダンさんにって」


「これはオクレズじゃなくて、エルダだよ。多分」


 まさかの差出人がエルダということに驚きを隠せないらしい。目を丸くしつつも、そう言えばと思い出す。ここ最近彼女の姿を見ていなかったから。


「エルダさん、今は楽園ヘヴンの方でしたよね?」


「……情報収集のミッションを出したんだよ」


「そうなんですね。中身は何でしょうかね?」


 どうやら、イアンは中身を知りたい様子。グーダンは半ば変に記憶を取り戻させることに怪訝しながらも、断る理由がなかったために、目の前で開封することにした。エルダから送りつけられた物の中身は――真っ白な横笛だった。さて、イアンはこれを見て、何を思い出すのやら。


「笛ですね。しかも、真っ白」


「イアンは楽器を弾けるか? 弾いてみるか?」


 頼んだ情報提供のはずが、まさかの楽器だったなんて。これにグーダンは眉根を寄せて唇を尖らせた。これが何かの役に立つとは思えまい。特に何も思い出しそうにないイアンに真っ白な横笛を渡してみた。実際にその通りだった。彼はそれを手にしても何かを思い出すことはない。強いて言うならば、神秘的な雰囲気がする楽器だということだろうか。ここまで白いとなると、少しだけ怖いと思う。


 一方で楽器を弾けるかと言われると、イアンは閉口した。弾けないのだ。そもそも手にしたことがないのではないだろうか。どのようにして演奏するのかがわからない。


 俺は弾けませんね、とその真っ白な横笛をグーダンに返そうとしたときだった。



ルラー、ディスペラシェ ミゥ、メッシェッショ。メッシェッショ。

フィーメロゥ ギリジェッシェ メッ ヴー。

ノーギェリアスィ ミゥ ギリジェッシェ アッ ヴィー、キリマエチィ メッ ガーヒョジリル ウーデルヴォ。ウーデルヴォ。

セーセーフィ、サニェ グンカゥ。

ヘロ、ヘロ、ヂウェンバーチ。ミロカシショ。

サニェ アサルゥス ミゥ メッ ヴー メッシェッショ。メッシェッショ。



 いきなり謎の歌がその笛から流れ出した。あまりにも唐突だったため、横笛を落としてしまう始末。もちろん、グーダンでさえも驚愕しているため、それを拾い上げるということが頭になかった。


「し、しゃべった……?」


「しゃべったな、今」


 しゃべった、というよりか歌い出したが正解。しかし、頭の情報整理が追いついていないのか、その場でオロオロするしかない。そのまま床に落としたままではなく、イアンは恐る恐る、その真っ白な横笛を拾い上げる。拾い上げるときはしっかり掴んでではなく、人差し指と親指だけで重たそうに持ち上げるのだ。何か汚物を触るような感覚で。実際は恐怖心があってそうしているだけなのだが。


 再び白い横笛から歌が聞こえてきた。それにイアンは恐れをなす。今度は床ではなく、テーブルの上に放り投げるようにして置いた。


「なっ、何ですか、これはっ!?」


 エルダは何を思ってこれを送りつけてきたというのだろうか。グーダンはしかめっ面を見せながら、まじまじとその横笛を見た。この白い物の正体は――ああ、そうだ。見覚えのある物だ。


「この笛、人の骨でできているな」


「いっ!?」


 イアンはそんなオカルト的なアイテムを手にしたくないと言わんばかりに後すざりを見せた。


「んん? 『60‐60』?」


 どうやら、グーダンは骨の横笛に掘られていた文字を発見したようだ。


「グーダンさん、よくそんな呪われた笛を触れますね」


「そういうイアンだって、幽霊と対話したんじゃないのか? オクレズに聞いたぞ」


 それに関して、イアンは論を申し立てする。この笛の場合、何か触ったら呪われそうだという考えがあるのだ。だが、あの服の件は触ったとしても、呪われることはなさそうだという――要はオカルトの雰囲気で決めつけているようなものである。


「さっきの歌とか絶対に呪いの歌じゃないですか? よく聞いていなかったからわかりませんけど」


「俺も歌は全部聞き取れたわけじゃないんだが、どこかで聞いたことはあるような……」


 どこだったかな、と横笛を箱の中に仕舞い込んだとき、何かを思い出したように先ほどまで読んでいた教典のページを捲り始めた。そうだ、そうだった。思い出したぞ。


 キュレット村の教えがみっちりと書き込まれた教典のとある一節にそれはあった。歌を歌っていたのも言葉がレイの言葉だったのだ。それをイアンにもわかりやすく、と楽園の言葉へとグーダンは置き換えて言うのだ。



おお、我が子どもたちよ、

泣かないでおくれ。泣かないでおくれ。

あなたたちには罪はないの。

母親である私に罪があるから、

共にいることができないのを許しておくれ。許しておくれ。

もうすぐ、日が沈む。

さあ、さあ、お眠りなさい。ぐっすりと。

夜明けに私はいなくなるけれども

泣かないでおくれ。泣かないでおくれ。

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