◆76
「このっ、人殺し!!」
別に掴まれていた髪の毛が引き千切られたって構わなかった。それほどまでにイアンの安否が気になるのだから。
レーラはクェイラの手を強引に振りほどいて、ププチェの町中へと走った。そんな姿を見て、彼女は悪女とも呼べる真っ黒な笑みを浮かべる。
――あなたもさようなら、カノンちゃん。
「囮に応じて、突撃!」
クェイラの指示に女性レジスタンスたちはこの混乱状況に便乗して町中へと入った。だが、向かう先は爆心地ではない。元々の彼女たちの狙いはヘヴン・コマンダーの拠点潰し。だからこそ、狙うは軍事施設なのである。
――カノンちゃん、これでティアナにもあなたと共にいたあの男のもとに行けるわよ。死の国でね。
そんなクェイラの思惑に気付かず、レーラは町中を駆けていた。先ほどまで楽しそうに賑わっていた場所とは大違い。人々は爆炎から逃れようと阿鼻叫喚している。それほどまでに鼻につくような街になってしまったのだ。
「イアン!? イアン、どこにいるの!?」
爆発が起こった場所へと行ってみるが、イアンの姿は見当たらない。その場は熱いし、焦げくさい。肉が焼ける――そう、これは人が焼けているにおいだ。胃がむかむかとしてくる。まさか、爆発に巻き込まれて死んでしまったのでは。
嫌な予感しかしなかった。最悪な結末しか見えてこない。
「嘘だ……!」
信じたくなかった、イアンが死んでしまったなんて。信じたくなかった、この町で起きた爆発事件なんて。
「反乱軍だ!」
冗談じゃない、と思った。こちらに敵意を見せてくるのは濃い緑色の軍服を着た楽園に忠誠を誓った兵士たち――ヘヴン・コマンダーである。現在、レーラの手持ちはフォーム・ウェポンのみ。いくら万能武器だからと言っても、複数相手となると、この状況を打破するのは難しい。
それに自分の正体がバレてしまった。これによって、増援は決定。逃げる隙などもない。戦うにしても、数が多過ぎる。元より、この町は大きいからヘヴン・コマンダーたちも多いのは当然。つまりは、自分たちはすべてクェイラに嵌められたのだ。あくまで偶然や事故だと装って。決められていたのだ。自分たちはあのときからあの女に殺される、と。
直接的ではないにしろ、間接的に殺される。なんとも、ここまで考えて行動を起こしたクェイラがやりそうなこと。見せかけのマジシャンがしそうなこと。
勝てる見込みはゼロ。このまま自分が死に逝く前に、一つだけ言ってあげようではないか。レーラが視るクェイラの死相を。
人間、誰しも百パーセント死ぬ確率を持っている。たとえ、事故や殺人から回避できたとしても。だが、クェイラはその『回避』ができないまま、死ぬ。いつかはわからない、ぼんやりとした死の未来。死に際の彼女はとても悔しそうだ。死にたくないとばかり足掻き、もがいている。
「……ずっと、そうしていろ」
レーラはそう一蹴すると、身構えを解いた。いつでもどうぞ、私はあなたたちに勝てないとわかっているから、ここで死ぬ気です、と。
何も攻撃を仕掛けてこない相手に戸惑いながらも、ヘヴン・コマンダーたちは銃口をレーラに向ける。困惑の殺意。すべての殺意から伝わってくるその思い。
今生の別れに一言発言することを許しているのか、しばらくは銃器を構えたままヘヴン・コマンダーは引き金を引こうとしなかった。それにあやかるように、レーラは「聞かなくてもいい」と口を開く。
「最後に一言だけ。この世界が夢だったらどんなによかったか……」
ゆっくりと目を閉じる。それに伴い、死へ誘うような音が次々と聞こえてくるのだ。ヘヴン・コマンダーたちが改めて銃器を構え直した音である。それがこの世の最後のあいさつであるならば、自分たちが死への旅路を見送ってあげよう。レーラはそう思えていた。
――さようなら。
そのときだった。耳をつんざくような鋭い金属音に目を大きく上げるレーラ。音にびっくりしたのだ。明らかに銃弾が自分の体に当たった音ではない。なぜって、体のどこも痛くないから。
その理由はすぐにわかった。目を開けた先――眼前には見覚えのある後ろ姿の男がいたのだから。彼は「それは違う」と久しぶりに聞き覚えのある声で言う。
「この世界は夢に決まっている。夢だからこそ俺たちは夢を見れるし、この世界を変えることだってできるっ!」
「い、あん……?」
「ん? 何?」
死の境地からレーラを救った男――イアンは彼女の方を振り向いた。そこにいたのは死を覚悟していても、死にたくないと思っていた少女と死すらも乗り越える青年だった。
「……ううん、何でもない」
「それなら、行こう」
そう言うイアンではあるが、どこへ逃げるというのだろうか。こんな殺意に満ちた場所から逃げるなんてそうそうできない。まさか、これらの相手をやるとでも言うのか。それはあまりにも無謀過ぎる。
なんとかそうはさせまいと、レーラがイアンに止めさせようとするのだが「大丈夫」とにっこり笑うだけ。
「『俺たち』は戦わないさ。戦うのは……お願いしますっ! グーダンさん!」
イアンはレーラの分のフォーム・ウェポンを手に取ると、そう声を張り上げた。それに伴って、二人のフォーム・ウェポンは形状をグーダンへと変える。これには誰もが呆気に囚われるしかない。その隙をつき、レーラの手を取って逃げ出した。どうやらこのまま隠れて物事をやり過ごすらしい。ある意味でイアンにしかできないことだ。これをグーダンが見たらどう思うかなんてたかが知れているが。それよりも気になることは他にもある。
物陰に隠れた二人。レーラはイアンに詰め寄った。
「イアンって、爆発に巻き込まれたんじゃ……」
「多分、あの人は俺を殺す気だったと思うよ。だから、トラックは人気のないところに置いてきたし、俺はそこから離れた場所にいた」
おそらくはレーラが心配して爆心地に来ると思っていたから、爆発後にこちらへと来てみればヘヴン・コマンダーたちに囲まれていたと言う。そこまで先読みをしていたらしい。
「今、この町を俺たちが逃げ出すのは難しいかもしれない。逃げるなら、地下水道を通らないと」
それもそうである。爆発が起こり、町中にはレジスタンスがいるとわかっているのだ。今頃町の入口のゲートには厳重な警備がされていることだろう。それならば、逃げ口として地下ぐらいしかあるまい。だが、もうその地下の方も増援は駆けつけられるだろうが。
そうならないためにも、今すぐに行動を起こさなければ。そう偶然にもグーダンの姿をした二体のフォーム・ウェポンは戻ってきた。
「地下水道の入口はこっちだ」
「うん」
二人がフォーム・ウェポングーダン型を率いて、地下水道へと向かうのだが――。
少し離れた通りに見えるのは町の外にいたはずのクェイラ率いる女性レジスタンスたちだった。彼女自身もそこにいるではないか。見る限り、ヘヴン・コマンダーたちとの交戦に苦戦を強いられているようだった。
レーラはざまあみろと言わんばかりに「早く行こう」と足を止めていたイアンにそう言う。彼女は助ける気なんてないのだ。それもそうだ、こちら二人を事故処理として殺そうと考えていた女を助けたいとは思わないのだから。
「早く逃げないと、援軍が来ちゃうよ」
「でも、あの人たちが……」
「私たちを殺そうとしていたんだよ? その報いだから」
レーラの言っていることはもっともである。だが、そうであってもイアンは見過ごすわけにはいかなかった。
「いや、助ける」
そう言うイアンはフォーム・ウェポングーダン型二体に命令を下した。
「クェイラさんたちを助けろっ!」




