◆75
爆弾の設置をするのはイアンとレーラだけ。その理由は彼らが偽装チップを手にしているからである。つまりは、町へと入るためのゲートを難なく通り抜けられる人物として抜擢されているようなものだった。
二人は特に検問に引っかかることもなく、町の中へと入ることができた。町中はどうやらお祭りでもあっているのだろう。たくさんの人々で賑わっていた。爆弾トラックを運転するイアンはそんな町中の様子を見て、羨ましそうにしていた。口には出せないから、小さなため息だけをつく。彼の代弁として、レーラが口を開いた。
「何のお祭りなんだろう?」
窓から見る限りだと、露店商たちが軒並み立てて商売をしていた。あちらこちらから客寄せの声が聞こえてくる。どれも逞しい男たちの声だ。もちろん、その声がクェイラの耳に届いていること必至。おそらくはこれらの声を聞いて苛立っているだろう。
ひとまずは人気のない場所へ、とイアンがトラックを移動させていると、無線が入ってきた。
《作戦変更だ》
唐突にどうしたのだろうか。イアンは運転をしながら話を聞くことにした。
《男だけトラックに乗ってどこかで待機しておけ。なるべく、人が多いところにな》
つまりは、レーラはトラックから降りて、町の外で待機をしているクェイラたちのところへと戻ってこいとのこと。車内に設置されたレコーダーを外して。
不審ながらも、教えてもらった車内の下の方を確認すると、確かにレコーダーを発見した。それを手にして、レーラは「あとでね」と不安そうにイアンと別れる。最後まで彼は無言だった。
一体、クェイラは何をしたいのか。訳がわからず、レーラは指示通りに彼女たちのもとへとやって来ると――。
「なぁんだ、今生の別れはしなかったのか」
その発言でレーラはレコーダーを投げ捨てて、クェイラに掴みかかった。
「どういう意味!?」
明らかに『今生の別れ』という言葉は、イアンは死ぬというような言い草だ。なぜに彼が死ななければならない? いや、待てよ――。
「起爆装置をこっちに渡してっ!」
遠隔操作。クェイラたちは最初からイアンを生かす気なんてなかったのだ。ミッションをするときから――一人で彼女たちのところへ行けない事実が不幸を呼んだのである。自分たちの拠点からクェイラたちの拠点までは長い道のりであるし、ヘヴン・コマンダーたちにいつ遭遇するかわかったものではないのだ。それが故に、誰か運転できる者が――。今回の場合、いつもは送ってくれる女性レジスタンスが別のミッションのためだった。この少しのずれのせいで、イアンは何も知らずにこの町中で死ぬ――。
だがしかし、一つだけ気がかりなことがある。レーラはイアンの死相は視えていないのだ。ということは、安心――できるとは限った話ではない。たまたま、彼の死が視えなかったということもあるかもしれない。
レーラの憤りにクェイラはせせら笑うだけ。
「可愛い、可愛いカノンちゃん。そんなにあの男が大事か」
「イアンは私たちレジスタンスの味方。死なせない」
「その私たちは誰のこと? まさか、私たちを入れていないだろうね」
あくまで男嫌いを強調してくるクェイラ。それに対して、レーラは「誰が」と舌打ちをする。
「私は今まであなたたちを仲間や同士だとは思ったことがない!」
――誰が忘れたと言った? 誰が能天気に過ごしていると言った? 冗談じゃない。冗談じゃない。
――私を忌々しいあの男の手から救ってくれたことは感謝している。それでも、その後が許せない。許しがたいことをこの女はやってのけたのだ。それが当然だという顔ぶりで。
――そちらが忘れたというならば、否が応でも思い出させてやる。誰が忘れるものか。
【これ、やってみる? 楽しいよ】
【極端はいけないと思うよ。でもね、一人一人には己が貫く常識を持っているんだから】
【いつかね、レーラも好きな人ができると思うよ】
もう一人の母親の存在を。姉の存在を。
――彼女は……私を今の私に変えてくれたティアナ姉さんはこの女に殺されたっ! 私はそれを目撃していた。だから、この目に焼きつけているはずだから忘れることもないだろう。一生涯、それを夢に見るだろう。
――クェイラは人殺し。それでも、私も人殺し。一概には言えない。責めることはできない。同じ人間同士、口に出せばきりがない。どこまでいっても、『人を殺した』という事実は背後につきまとう。罪は取れない。罰を背負わなければならない。
わかりきった答えが返ってくると知っていてもなお、レーラは心から悲痛の叫びを言う。
「このっ……人殺し!」
クェイラの目を見ればわかる。その軽薄そうな薄い目の色。
【しょうがないわ】
――何がしょうがない、だ。
【そこにいたティアナが悪いんだし】
――ティアナ姉さんが悪い? 本当に姉さんが悪かったのだろうか。
グーダン一派とクェイラ一派が手を組んで、行ったヘヴン・コマンダー拠点進攻戦。仲がいいというわけでもない二つの派閥の仲介役がティアナという女性レジスタンスだった。だが、この進攻戦において彼女は戦死。味方が撃った流れ弾が直撃したのだ。
傍から見れば、事故。レーラから見れば――。
【事故と見せかけたらいいかしら?】
最初から殺す気だった。聞こえていた。それでもレーラが止めに入ろうとしたときは――【しょうがないわ】。
事故と見せかけた殺人。本気でクェイラを殺そうと思った。手に持っていた、鈍器で。頭をかち割ってやろうと思った。それこそ、事故に見せかけて。実行した。だが、思わぬ邪魔が入った。彼女に近付こうとしていたヘヴン・コマンダーの頭を叩き割ったのだ。
結果的にはクェイラを助けたことにもなるし、レーラは人を殺した。
【やっぱり、カノンちゃんは私たちのところにいた方がよかったんじゃないの?】
――虫唾が走るような発言は止めろ。誰もお前なんかを助けたくなかった。お前を殺したかった。いいや、今でも殺意はある。イアンを殺してみろ、この手でお前の首を絞めてやる。
イアンを怖い、嫌いだと思っていても、彼には色々と助けてもらった恩がある。その恩をまだ返しきれていない。
レーラが形相の睨みを利かせていると、クェイラは「いいわ」と余裕の表情を見せる。
「それならば、ゲームをしましょう。あの男が一人で拠点を潰すことができるならば、生かしてあげる。できないならば、その場でおさらば」
「ばかじゃないの? こんな敵地のど真ん中でできるわけがないでしょ!?」
「あら? できないの? 男のくせに?」
「だったら、あんたはできるのかって話。イアンにそうさせる前に、自分が試しなさいよ。ほらっ! あんたは男よりも優れているんでしょ!?」
その発言に苛立ったのか、クェイラはレーラの長い金色の髪を引っ張り上げる。これに彼女は苦痛の表情を浮かべた。
「カノンちゃんさぁ、こうして私に命令しているみたいだけど……あの男の死の運命を握っているのは私だっていうこと忘れていないよね?」
「ただの人間が――」
そこまで言ったときだった。ププチェの町の方から爆発音が聞こえてきた。その場が地響きするほど、鼓膜が破けそうなほど。そこまで大きな爆発である。何があったかなんて一瞬の戸惑いから一変して状況を理解する。そう、クェイラが起爆装置を押してしまったのだ。
右手にある起動された装置。にやけるクェイラ。
レーラは叫ぶ。
「このっ、人殺し!!」




