◆73
一発の銃声。それは真っ直ぐとイアンに向かっていくはずだったが、クェイラが手にしていた銃器は真上に掲げられていた。そうしたのは本人ではない。レーラだった。彼女は強く歯噛みをしている。
「何をしているんですか」
「男を殺そうとしている」
当然の答えが返ってきた。それはわかっている。レーラが知りたいのはイアンを殺そうとしていることが正当であるかどうかの確認だ。誰もが見てわかる回答を求めていない。
クェイラがしようとしていたことは完全に無罪の人間を殺そうとする意思があるのだ。
「イアンは何もしていないじゃないですか。ただ、ここから離れた場所で待機していた、それだけの話ですよ」
「悪いね。この世に存在する男は全員死ななければならないから。引き金を引かなければならないという結論が出たんだ」
「それはただの暴論です。明確な論は存在しないじゃないですか」
イアンがこの場で殺される理由は存在しない。あるわけがない。いいわけがない。いつもは彼に振り回されっぱなしではあるが、今回は状況把握が上手くできないだろう。説明してあげたいのも山々だが、触れられたくない過去もある。それが故にレーラは庇うのだ。
「私たちはリーダーの指示とクェイラさんの条件に従ってここにいるんです。お願いですから、イアンを殺そうとしないで。そして、解放してあげて」
「それは断る」
レーラの必死の訴えすらも聞く耳を持たないクェイラは手にしている銃器の焦点をイアンの頭へと合わせようと力を加えた。そうはさせまいと抗おうとする。金属の独特の冷たさが二人の手の平を通して伝わってきていた。この冷たい手触りが彼女たちの関係性を表しているようにも見える。
「私たちの理想はこの世に存在する男たちを消すこと。この考えは私たちにとってごくごく当然の思想。ね、おかしいことなんて何もない。きちんと、明確な論でもある」
「それでもイアンはクェイラさんがこちらに条件を出していた拠点から半径二キロから離れている場所にいました。私も、リーダーもそこにいるように言ったんですから」
どちらも譲る気はないようだ。その間に挟まれているイアンは、自分はどうしたらいいのかわからない様子で眉根を寄せて困惑した表情を見せていた。あの、僕はどうしたらいいですかね。訊きたくても、訊けない雰囲気。
この気まずい空気を脱却するために、イアンは「あの」と勇気を持って睨み合う二人に声をかけた。
「俺、考えたんですけど……」
だが、イアンが口を開いたのがいけなかったらしい。
「男は黙っていろっ!」
この場で男が口を開くのは禁止、らしい。あまりの気迫ある大声にイアンは小さくなるしかない。しかし、こうして何もしないのも気が引けた。一応はレーラも守ってくれているから言うべきことを言おう。
「俺を殺す提案なんですが……」
どうせ、殺す気があるのであれば、クェイラ一派に対してこちらが誠意を見せればいい。自分が死なない方法で。イアンのその発言にクェイラを含む女性レジスタンスの顔の表情が少しばかり変わった。どこか興味があるように「なんだ」と手にしていた銃器に込める力を緩めるのだった。どうやら、自分の発言権を許したらしい。
「クェイラさんたちの仕事内容を俺が手伝います。そこで、俺が役に立たなければ見捨ててもらっても構いませんし、使えると思ったら俺を生かしてもらえませんか?」
「つまりは私の判断でお前の死が決められるということか? それならば、要らない。さあ、お前の死が決まったぞ。この今だ」
クェイラが手の力を緩めたと同時にレーラ自身も力を弱めていた。そのため、突発的な動きに間に合わず、イアンの顔に焦点を向けられる。
――今度こそ、死ねっ。
イアンが死ぬが早いか、レーラが動くが早いか。それはどちらも不正解だった。なぜならば、クェイラの殺気に気付いていた彼はいち早く察知して両手を動かせない状態でもかろうじて飛び出た弾丸を避けたのである。先ほどまでいた場所には床に減り込んだ銃弾とその煙である。
銃声と床にぶつかる音を聞いて、イアンとレーラは顔が青ざめる。厄介だ、クェイラという女性は。こちらの話を正当に受けようとしてくれないから。ほら、見ろ。今度は外さないとしてゼロ距離から撃つつもりか。銃口を近付けている。どんなに説明しても同情すらしてくれない。容赦しない。
クェイラは引き金を引いた。乾いた音と共に、イアンの肩から血が流れ出す。顔を狙っていたはずなのに。ミスをしたようではない。故意的ではある。彼を見下しながら「運がいいやつだ」と鼻で笑った。
「こうして私が一つの仕事を思い出したのだからな」
そう言うと、「手伝ってもらおうか」そう言った。
「お前は男だろう? 男ならば、男らしく重たい物を運んでもらうよ」
クェイラの言う仕事内容――ミッションは、彼女たちの拠点から十キロほど離れた場所に拠を構えるヘヴン・コマンダーの殲滅である。そこは大きくて、クェイラ一派のレジスタンスだけが突っ込んでも、勝てる見込みはない。そのため、拠点のあちらこちらに爆弾を仕掛けて、誘爆させる方法が一番効率的でもあるのだ。
クェイラは言う。爆弾を仕掛ける役が足りない、と。それに対して、イアンは「もちろんです」とその仕事を引き受けることに。もちろん、生半可で参加しようとは思っていない。彼は常に必死なのだから。
「どうしても、一人の爆弾を抱える個数が限られてくるからな。かと言って、トラックで正々堂々と乗り込んでも、一発の弾丸でぼーんっだから」
「見つからないように仕掛ければいいんですね」
わかりました、とイアンが頷くのだが――それが気に食わなかったのか。クェイラはしかめ面を見せつつ「しゃべるな」と銃口を向けて脅しをかける。
「お前に発言権はないと思え。お前は私たちが指示を出したことをすればいいだけだ。それ以外は何もするな、しゃべるな。いいな?」
何も言うな、である。これにイアンは頷くのだが――。
「返事ぐらいしろっ!」
あごに銃口を当てられた。なんという理不尽か。あまりの不条理さにレーラが止めに入ろうとするのだが、それをイアンは首を横に振って止めた。これ以上彼女に迷惑をかけようとは思わないから。それだからこそ「はい」とだけ答える。それ以外の口を開くつもりはないらしい。強く結ばれた口からはその信念が見えていた。
クェイラは「わかればいいんだ」と銃を下ろして、他の女性レジスタンスに爆弾を格納している倉庫へと案内しろと指示を出す。その女性レジスタンスは不快な表情を浮かべながらも、二人に爆弾倉庫へと案内するのだった。
そこへと行こうとする前に、レーラは傷付いたイアンの肩の手当てをしようとするのだが――「急げ」とクェイラはさせる気はないらしい。これに彼はレーラに首を振って断りを見せる。何のこれしきの傷、独りで服の裾を千切って止血をすればいいだけだ。
イアンは適当に服の裾を千切って止血をした。ズキズキと痛むこの傷にミッションで支障が出ませんように。
爆弾倉庫に案内され、女性レジスタンスはこれらすべてを運び出せと二人に指示を出す。だが、これらすべてという割にはあまりにも多過ぎた。一つの箱に入っている爆弾の重さは五十キロもあるのだ。それが百近くもある。これら全部をヘヴン・コマンダーの拠点に設置するという話はどうも気が重くて長い。しかし、ここで根を上げることはできないのは十分に理解をしているつもりだ。そのため、イアンは「はい」とだけ言うと、無言で倉庫にある爆弾を運び始めるのだった。それに伴い、不安そうなレーラも手伝うことに。
レーラは女性レジスタンスたちの姿が見えなくなったことを確認すると――。
「ごめん」
そう、イアンに謝った。まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったのだから。これに彼は責めることも、怒りをぶつけることもなく、ただ単に首を横に振って否定するだけだった。何も言わないらしい。代わりに「何も心配はない」という優しい笑みを浮かべる。
こちらに対して、感情をぶつけることはないと知って、レーラは少しばかり安心すると共にとてつもない罪悪感があった。イアンは何も悪くないのに。彼は自分たちの過去には何も関係のないのに。彼女はもう一度「ごめん」と口にする。その声音はどこか震えているようであった。




