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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、考えは自由である。
72/108

◆72

 今日の天気は快晴のち砂嵐。砂埃が立つ枯れた土地を滑走するのはレジスタンス御用達のトラック。それを運転するのはイアンである。そんな彼の隣の席にはどこが不機嫌なレーラがいた。何がそんなに機嫌が悪いのかはわからない。


 グーダンに言われた。レーラの付き添いでクェイラというレジスタンス派閥のもとへと向かえ、と。だが、イアンはただの運転手として存在するだけ。故に、運転をするだけでいい。トラックから降りない方がいいと念押しされたのだ。


 なぜなのかは理由を知りたくても教えてくれなかった。こればかりは知らないのは仕方ないということにしておこう。イアンは指定された場所に停車してレーラを送り出した。


「俺、ここで待っているから」


「……ありがとう」


 レーラの視線から察するに、一緒に来て欲しいと言っているようにも見えた。だが、グーダンの言い分を破ろうなんて思わない。破って得する話なんてないのだから。それは彼女も重々理解していた。この先は自分しか行けない場所になる。イアンが行くのはあまりにも危険だからだ。


 レーラはしばらく歩き続けて、岩と岩の間に挟まれた建物へとやって来た。そこの入口付近には女性レジスタンスたち二人が立っている。彼女たちはこちらに気付くと「グーダン派閥の者だな?」と声をかけてくる。


「こちらの指示通り、一人で来たな?」


「はい。なので、クェイラさんに会わせてください」


「いいだろう」


 女性レジスタンスにレーラが案内されたのは赤くて長い髪が特徴の女性だった。彼女こそレジスタンスの派閥の中で特異の思想を持つクェイラである。


「久しぶりだな。元気にしていたか?」


 クェイラに声をかけられて、レーラの眉根は少しだけ寄る。その声が彼女にとってあまり好ましい声ではないからだ。要は、彼女が嫌いなのである。何が嫌いって――楽園ヘヴンを討とうとするクェイラの思想が、だ。彼女が嫌いだからと言って、その好き嫌いを表に出していては時間の無駄。そう考えることにして「お久しぶりです」とあいさつを返した。


「今日はリーダーから情報が欲しいと伝言を受けています」


「ああ、あの男ね」


 グーダンのことになると、途端に顔をしかめ出すクェイラ。彼のことについて話はあまりしたくないのか「それで」と話を進める。


「そちらが出してくれる物は? まさか、ただの情報じゃないでしょうね?」


「そのまさかですよ。一応、クェイラさんたちにも役に立つ情報だとリーダーは言っていましたし」


 グーダンが提示する情報はクェイラたちの拠点の近くを巡回するヘヴン・コマンダーについてである。こちらが監視をしていても、気付かないことだってあるから欲しいはずなのに――。


「あなたも可哀想ね。あの男の言いなりになってる」


「そんなことは……」


「その通りよ。だって、あなたも結局は私たちと同じようなものだもの。今まで仲良くしていたのにね。なのに、あの男のところへ行ってしまった。ああ、可哀想なカノンちゃん」


 クェイラは何が言いたいのだろうか。レーラは下唇を噛みながら、服を強く掴んだ。この握り拳、どこかで見覚えがある。いや、はっきりと覚えている。


【カノン】


 男の人の声。もう一人の男の人の声。混ざりに混じって――吐き気がする。男の口が動く。はっきりと自分の耳にも聞こえるようにして。


【カノン】


 と。


――私の本当の名前。


 十年間の屈辱。忘れたわけではない。あいつとあの人は顔は似ていても、全然違う。


「ねえ、カノンちゃん」


 クェイラの呼びかけに顔を上げた。こちらを見下すように見ている彼女は「今日は一人じゃないよね」と嘲笑う。


「お友達と来たのかな?」


 その言葉に嫌な予感しかしない。レーラは「待って」と焦りを見せる。


「私は一人で来ました。いつもの条件で、あなたたちのために……」


 レーラが言い終わらない内に、二人がいる部屋へと女性のレジスタンスに囲まれて外で待っていたはずのイアンが拘束された状態で入ってきたのだ。


「イアンっ!?」


「痛っ!」


 強く押されたのが痛かったのだろう。イアンは顔を歪めて、バランスを崩して床へと倒れ込んだ。同じレジスタンスの人間だというのに、女性レジスタンスたちは銃器を手に銃口をイアンに向けていた。


「イアンは何も関係ないっ! 私たちはきちんとクェイラさんが言う条件にいつも従ってきている!」


「関係ない? どこが? そこにいるのは男よ。ねえ、忘れたわけじゃないもんね。あなたの記憶にあること、そこにはいつだって『男』がいた。そうでしょ?」


 話の状況が全く把握できないイアンは頭が混乱していた。自分が男であることはわかっている。だが、レーラの言う自分は関係ないとはどういうことか。ここで質問してはいけない雰囲気が漂っているではないか。


「れ、レーラ?」


――ねえ、俺ってこの状況どうしたらいいの?


 何の前ぶりもなく、トラックの中でレーラの帰りを待っていると、唐突に女性のレジスタンスたちが一斉にやって来て「両手を挙げて降りてこい」と言ってくるんだもの。状況が把握できないまま、両手を縛られてこの部屋に連行されたはいいが、レーラたちの話が全く理解できない。それでも彼女たちは自分たちが中心となって話を進めているようだ。


――本当に誰かの説明が欲しい。


「それでも、男と一緒にいるなんて。過去のことを思い返さないあなたってとてもタフな精神なのね。私はもうくたくた。いいや、あなた以外の女はみんなくたくたよ」


 そう言うクェイラはじろりとイアンを睨みつける。何もしていないはずなのに、睨まれて小さくなる。これにレーラが「忘れたことはない」と対抗心を燃やしている様子。


「でも、イアンは違うし、リーダーはあの人じゃない」


――あの人って誰?


 何の説明もないからイアンはレーラとクェイラの顔を交互に見るしかない。何をしたらいいのかがわからない。何を口に出したらいいのかわからない。あの、誰か教えてください!


 と、ここでクェイラがイアンの状況把握不能に気付いたのか「これだから男は」と小ばかにしている様子。いや、これだからと言われましても。あなたたち、何も説明してくれないじゃないですか。


「いいわ、生き物の中で最低な存在の男であるあなたに教えてあげる」


「は、はあ……」


「私たちはね、『男』が大っ嫌いなの。それもこうして顔を合わせることも、あなたを見ることもね。見ているだけで鳥肌が立つし、吐き気もする。ねえ、知っていた? この子も昔は男を見るだけで吐き気をしていたのよ。それが今はね……あの男のせいで忘れちゃっているみたい」


 クェイラは他のレジスタンスから銃器を手に取ると、その銃口をイアンの口元へと持ってきた。これに彼の心臓は跳ね上がる。


「冥土の土産にピッタリだし、私たちが目指す世界にはうってつけの場面」


「は、え?」


「あのね、私たちは男のいない世界を創っていくつもりなの。ヘヴン・コマンダーはたくさんの男がいるからね。楽園の女王(クィーン)が私ならば、この世から男をすべて消す」


 だから、バイバイ。クェイラは銃口をイアンに向けたまま、引き金を引くのだった。


 この世に男という存在を失くせ。それがレジスタンスクェイラ一派の思想である。

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