◆69
重々しい空気。その空気を作り出しているのは二人の男たちである。一人はグーダン、もう一人はキェレット村の村長だ。この雰囲気に包まれているレーラは心底イアンとオクレズが羨ましいと思っていた。耐えがたい空気はどうしようもないから。
「どうしても、我々と手を組む気はないんですか?」
息の詰まった空気を壊したのはグーダンだった。その質問に村長は「当然」と大きく頷く。
「私どもは先祖の平和主義を守り抜いております故。悪いですが、あなたがたのような野蛮な者たちと同盟を結ぶなんて……」
楽園には黙っておいてあげるから、この村から立ち去ってくれ、とグーダンたちにそう促した。だが、ここで引き下がることなんてできやしない。何のためにここへ来たのか。それは楽園の女王が企む『計画』の全貌を明かすため。自分たちレジスタンスにとっても――いや、世界にとってもその『計画』とやらを阻止しなければならない。この村には謎を解くためのヒントが転がり込んでいるはずだ。
エルダから聞いたり、もらったりした資料には、昔の世界を賭けた戦いがこの土地で行われていたとある。
「しかし、こちらとのつながりはあなた方にとって、無益でもない。むしろ、有益でありますよ」
「有益、無益なんて関係ありませんよ。あなたたちがこちらに寄ってくるなんて。早く立ち去ってくれませんか?」
村長は何かを気にしているようだな、とどこか挙動不審の様子をグーダンは見抜いた。そうだとしても、それを指摘する気はない。相手の弱みをつけてまでする気はない。ここは根気よく話し合いをするしかあるまい。向こうは相手が相手だからなのか、強引に追い出そうとはしないようだった。これに関してはありがたいと思う。
よし、次はエルダからの情報を小出しつつ、揺さぶってみよう。反応を見せてくるかもしれないから。
「村長、実は――」
エルダを交えて話し合おうとするのだが、肝心の彼女はいなかった。それにグーダンは目を丸くする。あれ、あいつどこに行った?
「エルダはどこに?」
「えっ? エルダさん、お手洗いに行くって……」
トイレに行ったきり戻っていないらしい。まさか、このようなところでトイレに籠りっぱなしなわけあるまい。どこへ行ったんだ。仕方あるまい、エルダ抜きで話を進めるしかないのか。そうグーダンが村長の方に向き直ったときだった。
「今すぐに『あの場所』に行けっ!」
切羽詰まった表情を見せる村長は周りにいた村人たちに対して声を荒げるのだった。あまりの大きさにレジスタンス側は仰け反るように愕然とする。一方で村人たちは一斉に「行け」と言う命令に従って、どこかへと行ってしまった。いきなり、彼らはどうしたというのだろうか。気になったグーダンは「あの」と声をかけるのだが、「黙っていて欲しい」そう冷たい言葉を受け止める。
「いなくなって、小一時間は経つな。場合によってはそちらの首を私たちは狙っていると思っていなさい」
どうやらここの村人たちの怒りのスイッチを押してしまったようだ。もしかして、エルダがいないことが原因なのか。それはいけないことだったのか。どこで何をしているのか。村長たちの反応を見る限りだと、トイレという名目でこの村のどこかへと行った可能性があるようだ。一体何をしに行っているのか。
「これよりあなたたちの身柄は私たちの権限の下にあります。すぐに所持している武器をすべてこちらに渡しなさい」
ここで大暴れをしてもいいと思ったが、村長たちは自分たちにとっての敵ではない。自分たちの復讐相手でもない。彼ら――キェレット村は楽園に監視されているノーサイドだ。彼らはレジスタンスの自分たちにとって、有益な情報を持っている者たちでもあるのだ。
「リーダー……」
レーラを含めたレジスタンスたちが不安そうな顔で見てくる。下手に暴れるのはよくないようだ。ここは大人しく従った方がいいのかもしれない。
「お前たち、全員武器を彼らに差し出しなさい。エルダを信じよう」
もうそうするしかなかった。エルダがお腹痛くて、と籠っていることを祈ろう。
そうして、武器を没収されて一時間半が経った頃。グーダンたちがいる部屋にエルダが押されるようにして、床に転がり込んだ。彼女の両手は後ろに縛られているではないか。どうも彼女はただ単にお手洗いに行ったわけではないようだった。
レジスタンスたちが困惑しているのをよそに、エルダを連れてきた村人が村長に何やら耳打ちをする。彼女は何をしたのか。
話を聞いた村長は激昂した。エルダを睨みつけるように見下しながら「貴様」と低い声音を出す。
「あの場所で何をしていた!?」
触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。これを見て、グーダンは悩ましい顔をするのだった。村長はエルダに大声で怒鳴りつけている。彼を止める術はない。知らない。どうして彼女はこうも飄々とした態度でいることができるのか。
怒罵を飛ばす村長に対して、エルダは平然とした態度で口を開くのだった。
「『ウェルシェス』チー ヴァッグ?」
今、エルダが口にしたのは自分たちが使っている『楽園の言葉』ではない。昔に使われていた『レイの言葉』である。彼女の言葉を理解するのができるのは残念なことにこの場にいるレジスタンスの中にはいない。知っているのはオクレズだ。だが、彼は入口付近の見張りにいるからどうしようもない。話し合いに出ないか、と呼んだのだが――。
【俺はイアンと外の見張りでもしています】
断られた。いや、断るのも無理はない。その理由をグーダンは知っていた。元々オクレズはこの村出身だからだ。村でのすべてのことに嫌気が差して村を出た。そうして、自分たちと出会った。それが故に、オクレズは村に帰ることも、中へと入ろうともしたくなかったのだろう。
それだから、レイの言葉を知っていた。
長い沈黙。それを村長は重たい口で破った。
「ダー ヴェッゲルズ」
こちらも自分たちにとって、何を言っているのかわからなかった。村長も『レイの言葉』を使い始めたからだ。
「『ウェルシェス』チー ヴァッグ。キイ フォッディ セノセト フラーヴァー」
グーダンはレイの言葉を全く知らないわけではない。話を聞いていると、エルダは何かを探しているようだ。その何かはキェレット村で大切な物なのか。
「テバーノ ヴェッゲレユー」
(※貴様、何者だ)
村長の質疑はグーダンにもわかった。その疑問はこちらも同様である。しかし、エルダは往生際の悪いようで「メー ラィズ レウェー シ(※あたしの質問が先)」と言う。
「ダディリア オーマジュ? キイ フォッディ『ウェルシェス』アビス ティネ……」
「ヤ ウリィ。 レマ シシカヴァ テバーノ チチリシィ コ ノゥ チェーオ。ジ ココ ラィズ クゥベ シ。テバーノ ヴェッゲレユー」
村長の投げられた言葉にエルダは急に楽園の言葉で「知ってる」と鼻で笑う。
「あなたたちが信じている教えの真実をね」
「…………」
「今でこそ、邪教扱いされているけれども、昔は世界で一番信者が多かった」
村長は黙ってエルダの話を聞いていた。
「そして、その教えの教祖は楽園の女王――」
「……楽園」
これ以上言われたくなかったのだろう。村長は「持っていったやつがそうだ」と悔しそうな顔でそう言った。
「あいつらが……楽園の女王が奪っていった。そこからですよ。こんな世界になったのは」
「…………」
「私たちには守るという使命があった! 何が何でも守らなければ、と! この世界の要である『書』を守って……!」




