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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、ここには手掛かりがある。
68/108

◆68

 老人の言う通り、この山道ではヘヴン・コマンダーが巡回していた。見間違うはずもない濃い緑色の軍服。この乾いた土地に似合わない植物の色である。


 楽園ヘヴンの人間ではない自分たちに攻撃を仕掛けてくるかと思ったのだが、そのようなことはしなかった。何人かがイアンに対しての質問を老人にしていたのだが、彼は「自分の孫」と嘯いて、難を逃れていた。いや、実際にイアンはこの嘘に感謝をしていた。


 別にヘヴン・コマンダーたちと戦うことには問題ないのだが、グーダンの指示を無視して自由行動のようなことをするのである。下手に戦って、向こうに情報が知れ渡れば、何を言われることやら。


「ところで若いの」


 一足先に歩いていた老人がこちらを見ずしてイアンに声をかけてきた。何だろうと「はい」と返事をする。しかしながら、この老人、急な坂道だというのに、舗装されていない道路だというのに難なく歩いているではないか。あとから着いてきている自分は息切れを起こしそうである。


「名前を聞いていなかったな。教えて欲しい」


「イアン、です」


「イアンか。うん、いい名だと思うよ」


「ありがとう……ございます?」


 唐突に何だろうか、と思っていると、老人は「わしの名前はな」と自己紹介をしてくる。


「デグズ・オブリクスという。わしの家系はな、本当はキェレット村にずっといるわけでもなく、数代ぐらい前からこちらに移り住んだんだ」


「そう言えば、キェレット村の人たちは何かの宗教を信じていると聞きましたけど……」


 そのことについて訊いても問題ないだろうか、とほんの少しばかり気にするイアンであったが、老人――デグズは以外にもあっさりと教えてくれた。


「必ずしも、村人がその教えを信仰せずとも問題はあるまいよ。先代を受け入れてくれた村長は外部の人間にも施しを与えていたからなぁ」


 今はそうではないがな、という言葉にイアンは嫌な予感しかしない。外部に対しての態度がよくないというのは今回の友好交流関係は交渉決裂の可能性が高い可能性がある。ならば、どうすればという考えを遮るようにしてテグズは話を続ける。


「そもそも、あの教えはいくら神頼みしようにも肝心の神はいないも当然だからな」


「え? それはどういう……?」


「そのままの意味。彼らが必死に信じている教えに神は存在しない」


 そう言うテグズは真上にある高くそびえ立つ山を指差した。世界一高い山と称される山である。テグズはあの山に神様がいたと発言する。


「あの山に神は降り立ち、世界を見ていたと言うが……その神自身が死んだんだよ。その証拠に、ほら」


 取り出したのは一枚の写真。相当昔に撮った物のようで、色が褪せていた。そこに写り込んでいるのは頂上付近に穴の開いた山。その穴から覗かせるのは月だろうか。時間帯的に暗いため、夜だとわかる。


「昔は神の目というものがあったらしい。その目が今ないというのは、その神はもう存在しないということに等しいのさ」


「あの山に何があったんですか?」


「それこそ、昔の大戦だよ。その戦いに神様が参戦して、殺されて死んだ。それだけの話」


 なんとも抽象的な話ではあるが、今と昔の山の形が違うのは昔の戦争によって変えられたということである。いや、それだけを知っておけば何も問題はあるまい。イアンたちはあの山の謎を解きに来たわけではないのだから。


 デグズと話をしながら、そうこうしている内に案内したがっていた先代の墓へと到着した。そもそも、ここは村人たちの墓場のようである。たくさんの墓石が並ぶ中、一際目立つ形の墓を見つけた。その形は以前に亡くなったレジスタンスたちの墓を建てるために訪れた墓場にあったものと酷似しているのである。


 二つ並ぶ墓石。それらの一つには――。


「そこに書かれているのは『何もできなかった』という言葉だよ」


 デグズが教えてくれた。『何もできなかった』。その悲しげな言葉はあの墓石と似ていた。あれは『何も守れなかった』だ。なぜに似ているのか。彼らの言葉は似た者同士だというのか。あれだけ文化が違っていそうなのにか。――いや、この文章が彫られている墓石は周りの物と違う。


 デグズは言っていた。先代は外部からやって来た、と。それならば、考えられるのは一つ。その先代はあの墓場で眠る者たちと同じ文化を持った人物であったということ。


「先代は生前、友人のために何もできなかったことを悔やんでいたんだ。その言葉はいつか、その友人がここに訪れてきたときのために残しているんだ」


 先代は友人の帰りを待てずに死んだ。それでも、友人は帰ってこない。ずっとここで待っているのだ。独りで。死んでもなお。その友人の生死もわからずして。


 ここまで話を聞いて、イアンは一つだけ疑問があった。


「あの、なんでそれを俺に……?」


 イアンはデグズにとって見ず知らずの人間である。初対面でもある。そんな村の入口付近に立っていたあやしさ満点の人物になぜに話すのだろうかと思った。その疑問を当たり前のようにして答えた。


「それはもちろん、あんたが優しいからだと思ったからだよ。あんたが彼の慰め言葉を持っていると思ってね」


 確信のない答えにイアンは驚かされた。なぜに自分が優しいと思ったのか。なぜに自分が死人に対する慰めの言葉を持っていたと思ったのか。己が優しいと思ったことなんて微塵もないのに。


「……俺は優しくなんかないです」


 事実ではないから、否定するしかなかった。その否定の言葉にデグズは何も言わなかった。それに少しだけ腹が立った。優しいと思っていたならば、「そのようなことはない」とでも言って欲しかったから。


 その否定の言葉に対する否定発言をすることもなく、墓場から見える山を見て「話に続きがある」と言うのだった。

 世界のために神様は戦いました。その相手を務めたのは人間でした。そうです、世界の命運をかけた戦いというのは神様と人間の戦いだったのです。人間は平和的な未来を得るために。神様は世界が滅んだその先の果てを見るために。


 犠牲は多大でした。神様は人間に追い詰められても、戦うことを望みました。それでも、結局神様は殺されるのです。「自分」に殺されたのです。


 なんとも悲しいこの結末を死に際の神様は許しませんでした。自分が消失する前に、一人の人間に呪いをかけました。その呪いは一生の孤独を味わうというものでした。実際にその人間は来る日も来る日も孤独でした。かつて一緒に戦った仲間は老い死に。二度と会うことが叶いませんでした。大切な友人も、大好きな人たちとも会えないのです。そんな孤独を背負って生きるしかない人間に残された選択肢は二つしかありませんでした。


 一つはすべてをなかったことにすること。もう一つはすべての存在を書き変えること。


 どちらを選んでも、孤独な人間は悲しくなんかないでしょう。きっと嬉しいはずです。自分という存在がなくなるから、会いたいはずの仲間にまた会えるから。


 孤独な人間はどちらを選ぶのでしょうか。

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