◆65
テルバ・メソットルェが燃え尽きるまで、朝日が海の地平線から顔を覗かせる頃まで二人は海岸にいた。彼らはずっとこの場で感傷に浸っていたのだ。その朝日を見つめながら、オクレズは「イアン」と膝を抱える彼に声をかける。
「そろそろ、フロンゼさんのところに戻ろう。あいつらにバレない内に」
「はい」
イアンも少しは気分が落ち着いたのか、赤い目を擦りながらトラックへと乗った。二人は無言の状態でフロンゼが統率している崖に囲まれた町へと戻る。早速フロンゼの家へと向かい、頼まれていたシデラ・ブライダズの作品であるウェディングドレスを差し出した。
まさか、本当に持ってくるとは思わなかったらしい。フロンゼは唖然としていた。そんな彼をこちら側へと戻ってくるように誘致の言葉をかけるのはオクレズである。
「フロンゼさん、我々は頼まれていたウェディングドレスを持ってきました。これで、既定の約束通りに交換していただけますよね?」
「……約束は約束だ」
諦めがついたようにして、昔の言葉――レイの言葉で書かれた書物数冊と地図を持ってきた。それに伴い、オクレズはフォーム・ウェポンを三つ差し出した。これで本来の交換をすることができたのである。
こうして、二人は無事にミッションを終えた。ホエバテ大陸から船に乗るときも、危険ではないだろうかと思っていたのだが、特に何事もなくレジスタンス拠点へと戻ってこられたのだ。あまりのあっさりさに驚きながらも、イアンが荷物を自室へと運んでいると――。
「イアン」
おずおずとした様子でレーラがやって来た。おそらくはテルバ・メソットルェか。
「レーラ、久しぶり」
「うん、そうだね。……早速だけど、テルバ・メソットルェはどうだった?」
やはりである。だが、それぐらいの質問は想定内だ。だとしても、流石に見て燃やしたとは言えないイアンは嘘をついた。
「テルバ・メソットルェはなかったよ」
テルバ・、メソットルェなんて『なかった』と嘘をついた。見つからなかった、見つけきれなかったではなく、『ない』と断言したのである。しかしながら、レーラはホエバテ大陸での事情を知る由もないため、イアンの言葉を信じるしかなかった。
「そっか、見つからなかったんだね」
どうもイアンが言った言葉を自己解釈してしまったようだ。本当は存在しており、自身が燃やしたのに。それについては一切触れようとはせず、また、なかったことにしようとしていた。罪悪感など微塵もないという様子で「ごめんな」と謝罪を述べる。
「その代わりといってはなんだけど、これあげるよ」
そう言って、イアンが荷物の鞄から取り出したのはクロッゼ町で購入していたお菓子。つまりは、向こうの大陸限定の物でもある。それと付け加えるように、『撮らなかった』カメラを返した。
「お土産。子どもたちの分もあるよ」
「ありがと。テルバ・メソットルェはまた今度お願いするかも」
「うん、任せとけ」
そんな二人のやり取りを見ていたオクレズはグーダンに会議室へと呼ばれた。用件は本来のミッションであるレイの言葉で書かれた書物と地図。その部屋には彼ら二人以外にもエルダがいた。
「オクレズ、今回のミッションでイアンに問題行動はなかったか?」
「……ありました」
「イアン・アリス君が何かを思い出した素振りは?」
「強いて言うなら、テルバ・メソットルェを見て泣いたことぐらいか。あいつ、その後海岸で燃やしたぞ」
オクレズの言う、テルバ・メソットルェ。一応はグーダンもエルダも知っている。レーラがどうしてもホエバテ大陸へと行きたい理由に挙げていたものだ。
「あれ? さっきレーラちゃんとのやり取りじゃあ、見つからなかったって……」
どうも、エルダもあの二人のやり取りを見ていたらしい。
「俺もよくわからん。ただ、イアンは向こうで噂高い老婆の幽霊を見たらしい」
「それが問題行動、か……」
なんとも評価しがたいものである。『優しいはずのイアン』が頼まれていた物の存在を知った上で、燃やしたという行為、そのことを嘘ついてまで隠そうとする意図。
「その幽霊が何かしらイアン君の記憶がよみがえるヒントを持っていたりするのかなぁ?」
「さあな。それよりも、独り言を呟き……いや、多分は幽霊と会話をしていたんだと思う。独り言の後に持って帰ると意気込んでいた服を燃やし始めるのはちょっと異常だと思います」
「いや、十分に異常だろ。もしかして、タツのことかもしれんな」
おそらくはタツの死をまだ受け入れられていない状態で起こした行動の可能性もある、とグーダンは憶測を立てた。
「そちらもですが、リーダー。こちらでのイアンに対する態度はどんな感じだったですか?」
そう、イアンが今回のミッションに参加した理由はレジスタンス内の彼に対する態度である。彼は以前の大規模進攻戦において、普通の人間が倒すということは不可能なヘヴン・コマンダー特殊部隊エンジェルズのウリエルをタツと共に交戦をしているのだ。そして、その戦いでイアンだけが生き残った。
正体不明の人物がそのようなことをすれば、元より築いていた信頼が崩れるのはおかしくないはず。陰で囁かれていたのは、イアンもエンジェルズと同じような存在ではないかという疑いだ。
グーダンはそのあやしい噂の鎮火のためにわざと、しばらくの間拠点に戻ってこられないようなミッションを与えたのだ。その結果としては――。
「しばらく空けたことが仇になってしまったらしい。一応は連中にミッションのことについて伝えたが、上手く伝わっていないやつらには『イアンがタツを殺したから逃げた』という噂が立ち込めたぞ。なんとかそうではないと否定したんだがな」
あれだけ二人は仲がよくなったのだ。兄弟のような振る舞いを見せてくれたのだ。イアンがタツを殺すなんてありえないとグーダンがタバコに火をつける。
「どうやって、二人が仲良くなったのかは知らん。が、本心を見るからして、互いを嫌うというのはなかった。前とは大違いだ」
大きく煙を吐いたとき、何かを考えていたエルダは「もしもだけど」とこちらもまた我慢できないらしい。タバコの火をつけ始める。
「もしも、イアン君がタツ君を殺していたら?」
「冗談キツイこと言うの止めろ」
二人は眉間にしわを寄せて、睨みつけた。この勘違い推理も甚だしいと思っているようだ。
「あいつが本当にタツを殺したってんなら、死体はそのまま放置するだろ。それこそ、タツは見ていませんって嘘もかねてな」
「…………」
エルダは無言で紫煙を燻らせていた。その目が語るのは何かしらの思慮深さ。冗談ではない、とでも言いたげだ。
「なんだ、エルダはその証拠を知っているのか?」
オクレズも我慢できなくなったらしい。タバコに火をつけて、煙を吐いた。その問いにエルダは頭を掻く。
「証拠はない」
「要はただの憶測か」
「うん、憶測でイアン・アリス君のことをそう思っただけ」
「悪いが、あまり彼のことを悪く言わないでくれないか? あれでもイアンは俺たちのために一所懸命なんだからよ」
「それはどうもすみませんでした、っと」
この場にいる気はないのか、エルダは席を立ち上がると、会議室から出ていってしまった。彼女は咥えタバコのまま、拠点内を闊歩する。そうしていると、噂のイアンが前方からやって来た。
二人は軽く頭を下げるだけ。対話をする気にはなれないよう。それもそうだ。
自分が来た方向へと向かうイアンの後ろ姿を見てエルダは呟く。
「嘘つき」




