◆61
ある種での勇者であるイアンの言う通りにドーワ社という店に向かった二人。そこでも彼は正々堂々とした態度で「すみません」と店内に入っていく。一方でオクレズは逆に入る気がせず、外で待つことに。
「はい、いかがなされましたか?」
店の従業員はにこにこと笑顔を絶やさない。それはたとえ、金のない客であろうと。明らかに服を買いに来たとは思えない客であっても。いや、彼女の場合はイアンの左薬指につけている婚約指輪が狙いだ。まだまだ若いようだが、ウェディングドレス目当てでも来たか。
「お相手の方のドレスでしょうか」
「いや、違うんです」
「えっ? でも、お客様は婚約指輪を……」
「していますけど、違います。訊きたいことがあって、こちらを訪ねたんです」
訊きたいことと言われて、店員は首を傾げながら「なんでしょうか」と訊ねる。ウェディングドレスでなければ何だろうか。
「あの、シデラ・ブライダズっていう人の服ってこちらに置いてありますか?」
「シデラ・ブライダズ……ああっ」
一瞬だけ誰のことかわからなかった。だが、すぐにわかった。昔の人物であろうとも、シデラ・ブライダズの功績はドーワ社にとって大きな存在でもある。彼女の作品は形容しがたい洗練されたデザインばかりであるのだから。それだからこそ、彼女は有名になった。ファッションデザインの界隈において、とても褒め称えられていた。彼女こそ、ドーワ社にとっての誇り。それにつられてこの客はシデラ・ブライダズの服を手に入れようとしたのか。
だがしかし――。
「申し訳ありません、お客様」
店員はイアンに頭を下げた。それは何も彼に対して商品を売りたくないというわけではないのだ。
「ただ今、シデラ・ブライダズがデザインした物すべては博物館に寄贈されているんです」
有名過ぎるが故に、こちらで保管するのではなく、業界のトップ――ホエバテ・ファッションデザイン協会が持っていたのだ。彼らに権威に一つの会社であるドーワ社は頭を下げるだけ。現在、彼女のデザインした服すべてはホエバテ・ファッションデザイン協会が経営している服飾博物館に展示されているとのこと。それを聞いたイアンは「そうですか」と納得する。
「わかりました。ありがとうございます」
ここにないのは仕方あるまい。その服飾博物館とやらに行ってみる価値はあるはず。店を出て、イアンは外で待っていたオクレズにシデラ・ブライダズの服は博物館にあると報告した。それを聞いて「なるほどな」とどこか安心した表情を浮かべるのである。それが何であるかを彼は知る由もない。
「服飾博物館か。確か、観光マップに載っていたな」
思い出したように、クロッゼ町の観光マップを取り出して、場所の確認をする。ここから少し行ったところにあるようだ。そう遠くはない。
早々に二人はその服飾博物館へと足を運ばせた。そこの看板に掲げられていたのは『旧時代ブーム』と謳われた文章である。入館料を払い、中へと入ってみると、ファッションの知識が皆無な彼らにとっては難解なファッションデザインの服が展示されていた。とある物はお菓子を食べたい女性がダイエットのために我慢する様子を見せた作品の物を。また別の物では好きな男性に振られた女性の心境をイメージした物だとか。
「意味がわからん」
「安心してください。俺もです」
平たく言えば、女心をよく知らない二人。これが昔に作られた服のデザインなのか、と彼らが感嘆を漏らしていると――館内の奥にある展示を見てイアンは声を漏らした。
『シデラ・ブライダズ作品コーナー』
探し求めていた物はすぐ近くにあるように思えた。あとはフロンゼが言っていたウェディングドレスを確認して、時間帯やタイミングを見計らって盗むしかない。
そのコーナーへと足を踏み入れると、他の展示品とは違った空気がした。気がするだけ。実際にはわかっていないのかもしれない。それでも――。
「なんだか、すごいよな。こういうのに疎いのに」
「雰囲気が違いますよね」
初めて目の当たりにしたシデラ・ブライダズのファッションデザイン。服からは万感を感じられるような感じがしてたまらなかった。楽しそうかと思えば、ちょっとした怒りを感じたりする。それでも作り上げたという喜びも思う。なんだったら、何かしらの悲しみも感じ取られる。その喜怒哀楽の感情がこちらに伝わっているのだが、他に別の思いがあるようにも思えるのだ。それがなんであるのか、わからないのである。美しくも儚い、切なさ。とにかく、言葉で表せるほどの服ではないことは間違いない。素人が語るべきではない感じがするようだった。
人は何かに引き寄せられる。まさにその通りのようで、このコーナーは展示観覧者が多かった。誰もがこの絶妙な空間を共有しているのも不思議である。
「イアン」
見て回っていたオクレズがイアンを呼んだ。彼の目の前にあった服は薄いピンク色のドレス。作品タイトルには『ウェディングドレス』と書かれている。他にウェディングドレスらしき物はないようだ。これが、フロンゼが欲しいと言っていたウェディングドレス。てっきり純白のドレスだと思っていたのだが――。
「綺麗ですね」
「ああ」
ファッションにさほど興味のない二人でも思わず見惚れるほど。長い時間の間、それを眺めていたと思う。思うのは実際に時間を計っていないからわからないのである。気付いたときは近くで会話をする男たちの声であった。その者たちの「そう言えば」で我に戻る。それと同時にイアンは隣に飾ってある服へと視線を移した。
「ここの博物館って幽霊が出るらしいな」
「幽霊が? 何の未練があって残っているんだよ」
「さあな。ただ、夜に悲しそうな顔をした老婆が現れるんだってよ」
「おぉ、怖いねぇ。だとしても、夜は閉館しているから関係のない話だろ」
「それは言えているな」
男たちの会話はオクレズも聞いていた。この話は自分たちに関係のある話だからである。グーダンが指示をした作戦を遂行するためにも、このウェディングドレスを手に入れなければならない。だが、ここまで人を魅了する服ばかりだ。すぐに盗み出すなんて、この人ごみの中では不可能。そのため、夜に侵入して、手に入れるしか方法はないのだ。
もしも、盗む際に支障をきたす幽霊であるならば、面倒だ。そうならないためにも、きっちりとした計画を立てなければ。
オクレズは未だとしてシデラ・ブライダズの服を見ているイアンに声をかける。だが、反応はない。どうしたんだ、と顔を覗けば――。
涙を流していた。その作品のタイトルは――。
『テルバ・メソットルェ』




