◆60
フロンゼの家を出てイアンは我に戻ったかのように「あ」と声を上げる。その声音からして、察したオクレズは「ウェディングドレスのことか?」と鼻でため息をつく。
その察しの通り、イアンはフロンゼからの依頼であるシデラ・ブライダズという人物を知らないからである。多少のヒントとなり得るのがその人物が昔のデザイナーであるということ。ただし、いつの時代のデザイナーとなるとわからない。
「オクレズさんはご存知ですか?」
「知らない。こういうのだったら、レーラが知っているんじゃないか? ほら、イアンに頼んでいた服のこと」
しかしながら、レーラが頼んだ服であるテルバ・メソットルェと関連性があるかと言われると、閉口せざるを得ない。知らない、わからないならば訊けばいいじゃないと提案されても、生憎二人にはレジスタンス拠点への連絡手段はない。この作戦はただの物々交換である。奇襲戦でも進攻戦でもないのだ。故に、彼らに残された情報収集手段は誰かに訊くことであった。
誰に訊くか。ノーサイドの町の者たちに声なんてかけづらい。こちらに対してまだ警戒はしているらしいし、近寄ろうとしても距離を取られてしまうのだ。
「こういう状態なら、向こうの町で訊くしかないな」
やむなしとオクレズがもう一度鼻でため息をついたときだった。楽園の町に行くと聞いて、イアンは少しだけ浮かれた顔を見せる。理由はなんとなくわかる。何度も言うように、レーラの頼みであるテルバ・メソットルェのことだろう。別に盗るのは構わないが、フロンゼの依頼が優先である。彼女の依頼は後回しだ。
二人は元来た道を辿るようにして、楽園の町であるクロッゼ町へとやって来た。遠巻きでしかわからなかったが、コレクタルス要塞に近い形で人は賑わっているようだった。だが、違うところもある。それは町並みの外見だ。
これまでの町並みは石レンガの壁をした建物が多かった。ブレクレス商業施設やお菓子工場の場合は白い壁。それでも、建物のデザインは多少似通っている。
ここ、クロッゼ町やノーサイドたちの町――すなわち、ホエバテ大陸では色とりどりの壁の建物が目立っていた。何かしらの目印かと思っていたのだが、そうでもないらしい。この町にはよく観光客――と言っても、楽園の人間に限られるが、その者たちのために作られた観光マップによると、個々の自己が強いこの町での家となるようだ。要は自分たちの家であることを強調していた、と。これは別大陸であるがために何千年も前から存在する伝統であるとか。元々は文化の国なんて言われていたとか。
昔から変わらない文化のスタイル。町の住人たちの右手の甲に入れ墨がなければ、植物があれば、文句なしだ。
「ここって海鮮料理が美味しいらしいそうですよ」
観光マップを手にイアンはそう言った。そう言えば、レジスタンスに来てからはほとんどが粘土みたいな触感がする食べ物しか食べたことがない。それが美味しいかと言われると、味は薄いのは確か。要は言うほど美味しくない。
「海鮮料理かぁ」
フロンゼの依頼が最優先だと言っていたオクレズであっても、一度は食べてみたい代物なのだろう。興味がない様子であっても、本当はあるというのが見え見え。別に我慢をしなくてもいいのに。ああ、そうしている内にコレクタルス要塞で食べた串焼きも美味しかったな。また食べに行きたいが、無理があるか。
「オクレズさん、まずは腹ごしらえとして食べましょうよ」
「うぅむ……」
迷っている、迷っている。こうなれば、半強制的にこちらが店の中に押し込めれば「仕方ないなぁ」で嬉しそうに注文をするかもしれない。とにかく、と一番に目をつけた『肉、海鮮あり!』という看板が掲げられた大衆食堂へと連れ込んだ。
「入ったなら、仕方ないなぁ」
やはり、意気揚々と自分よりも真っ先にメニュー表を見始めた。この作戦は大成功。
「色々あって迷いますね」
「この町に来たからには、ここは海鮮系でいくべきだろ」
本当は誰よりも食べたかったのではないだろうか。早速オクレズ率先で様々な海鮮料理を注文した。彼曰く、どれも食べたいそうで好きなだけ取って食えとのこと。注文の料理がきたところで、イアンは魚のムニエルを一口頬張った。
美味いの一言に限る。今だけはあの歯にくっつくような物を食べなくていいとなると、自分が自由になった気がした。一方でオクレズの場合はよほど食べたかったのか、彼よりも取り皿に多く取って堪能をしている。
しばらくの間、二人は口を動かして食べていたが、イアンは何かに気付いたようにして、手を止めた。それにオクレズは「どうしたんだ?」と訊ねてくる。
「もうお腹いっぱいなのか?」
「いえ。俺って、海鮮料理を食べたことなかったのかなって思って……」
「俺も初めてだぞ」
「そうなんですか? じゃあ、何もおかしな話ではなかったんですね」
そうだとは思うんだけどな、とオクレズは皿の上に乗っている魚のフライを一つまみ頬張った。
「それこそ、エルダとかな」
「ああ、そうですね」
こういう、人の舌が美味しいと評価する食べ物を食べているのは楽園の中流階級以上の者たちだろう。そう考えると、イアンは段々とむかっ腹が立ち込めてくる。少しイライラしている彼のことに気付いたのだろう。
「早く食え」
そう促してきたのだ。
「お前の分食べるぞ」
「それは勘弁してください」
イアンはふっ、と笑いながら自分の取り皿を守るのだった。それと同時に「綺麗だったよな」という声が聞こえてきた。なぜかそれが気になった彼は声がする方を見た。そこを見れば、一組の老夫婦が楽しそうに食事をしているようである。
「また見に行きたいものですねぇ」
「ああ、あそこまで綺麗な服を見たのは初めてだ。流石はシデラ・ブライダズだよ」
老夫婦の会話をオクレズも聞き耳を立てていたようで「うむ」と腕を組む。
「食べたら町中を探し回るか」
「探し回るって、どこをですか?」
「服だからな。服屋以外のどこに入る?」
元より、それぐらいの捜索方法しか思いつかない。フロンゼは言っていた。クロッゼ町にあると。それぐらいの情報は嘘ではないはずだ。現にそこの老夫婦がシデラ・ブライダズの話をしていたから。
二人はお腹いっぱいになったところで精算をし終え、外に出た。海風がイアンの体にまとってくる。鬱陶しいというわけではないにしろ、ちょっぴり不愉快感はある。何だろうな、と思いつつも「片っ端から確認をしてみるか」とオクレズが言う。
「ショーウィンドウからでもわかるんじゃないか?」
目的はウェディングドレスだ。あまりファッションのことに詳しくない男二人から見ても、どれがそのドレスであるかはわかる。大体が純白であるからだ。というよりも、ドレスだったら、その可能性を気にしておいた方がいいだろう。
「おっ、それこそあの店とか」
オクレズが指差す大衆食堂の向かい側にある店――そのショーウィンドウに飾られたドレープが目立つ白いドレス。近寄って見てみるのだが、誰がデザインした服なのかはわからなかった。わかるのは値段である。
「これじゃあ、わかりませんね」
「誰が作ったとか書いてもらいたいんだがな」
なんてオクレズがため息を漏らしていると、イアンが「じゃあ、訊いてきます」と店の中へと入ってしまった。しかも、店内には女性ばかり。そんな中、少々場違いある男が入店するなんて。ショーウィンドウの隙間から見えるイアンと店員。店の従業員は女性だ。なんたる堂々であるか。ややあって、彼は戻ってきた。
「これはシデラ・ブライダズっていう人がデザインしたドレスじゃないそうですって」
「……おう」
「多分、その人の服はドーワっていうお店にあるとのことです。昔、ドーワ社にいたそうですから」
「…………」
何も言わないオクレズに彼は「どうされました?」と少しだけ困惑する。しばらくして、その重たい口が開く。
「俺、お前のこと尊敬するわ」
「は?」
それは自身が男であるにもかかわらず、女性専用の店に堂々と入店したイアンの鋼の心のことである。




