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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、代わりに名前はある。
6/108

◆6

 いいか、とグーダンの言葉を思い出すのはイアンである。彼の手にはこれまでレジスタンスたちが倒してきたヘヴン・コマンダーたちの銃器である。


 現在の情勢からして銃器類の製造に許可が下りているところは厳重な監視のもと、使用する者たちも楽園ヘヴンから許可をもらった者だけなのである。その一番と言ってもいいのがヘヴン・コマンダーたちなのだ。


 もしも、ヘヴン・コマンダー以外の者たちが銃器類を手にしたならば、それは反乱軍と見なされ、いかなる者でも処刑にかけられるのだ。


「イアン、準備はできてる?」


 隣では自身が使う銃器のメンテナンスをしているレーラがいた。今のこの二人がいるのはトラックの荷台である。それは運転されているため、ガタガタと修繕されていないアスファルトの道を走っていた。


「一応は平気」


 その問いかけに問題ないと言ってはいるが、実際のところ緊張はしていた。そうしている二人に通信が入った。慣れないイヤフォン型の通信機器にどこか気持ち悪そうにする。


《おうっ、二人とも順調に指定位置に向かっているか?》


 こちらに連絡を入れてきたのはグーダンだった。二人にトラックの荷台に乗って指定場所に向かうように指示したのは彼である。


「グーダンさん。はい、今のところは順調です。見回りも見当たりませんし」


《だからと言って、気は抜くなよ。そういうときに限って出てくるんだからよ》


「わかりました」


 しっかりとした返事を聞いたグーダンは《うん》と小さく相槌を打つと《それじゃあ、今回の作戦のおさらいとでもいこうか》そう言ってきた。


《あっちの方でも説明したけど、全部を理解しきれていないだろ?》


 グーダンの言うことはもっともだとして「はい、お願いします」と依頼を申し立てた。


「なんとかレーラにも訊いて理解はしたつもりではありますけど」


《確認は大事だからな。いいか? これから俺たちがするのは奇襲と見せかけたヘヴン・コマンダーたちの物資を盗むことに加えて、拠点の殲滅。それに三つの班にわかれ、その内二班だけは陽動を起こす。あいつらがそれに気を取られている間にイアンとレーラが物資を盗み出せ。昼間の雪辱を晴らすんだぞ》


「はい」


 話を聞いていると、メンテナンスを終えたレーラが今回の作戦における地図を見せてくれた。辺りは暗闇に包まれているため、小さなライトをつけてもらう。


「あいつらの拠点は町中。町の地形はこちらの方が知り尽くしているし、一般市民の人たちもここは廃都市だからあまり問題はないと思う」


「えっと、A班の人たちが西側、B班の人たちが東側で陽動を起こしている間、俺たちC班が北側にある倉庫から盗むんだよな?」


「そう」


《おっ、ちゃんと覚えたな。ならば、これも覚えろ。ルールだ》


 ルールと言われてイアンは首を横に捻った。


《よく聞け。ヘヴン・コマンダーたちを見掛けたら、見つからずに残らず倒せ。連絡を与えるヒマをあげるな。それに伴い、作戦時間は深夜から未明にかけてだから》


「朝が来てしまったらダメなんですか?」


《そうだ。あいつらは放っておくと、本部の方に増援要請を出すからな。本部から増援が来るのは大体それぐらいの時間があると思え》


 グーダンの言うことはよく理解したのか、イアンは「分かりました」と返事をする。


「残らず倒します」


《ああ。だが、昼間みたいな無茶は絶対にするな。人には限界というものがあることを頭に叩き込むように》


「はい」


《それじゃあ、俺は他の連中に業務連絡をするから切るな。何かあれば、オクレズあたりでも頼れ。聞いているだろ、オクレズ》


 そう言うグーダン。荷台に乗っている二人は運転席を見た。このトラックを運転しているのはオクレズだった。


「聞こえてますよ。俺がこの二人のお守りをすればいいんでしょ」


「オクレズさん、こっちにも聞こえてますよ。嫌味ですか」


 どうやらお守りとして扱われたことが気にくわなかったらしい。レーラがふくれっ面を見せているようだ。


「事実だ。二人とも戦闘経験はあんまりないからな」


「うっ、何も言えない」


「ははっ、それでも楽園ヘヴンの連中を倒そうとしてくれるんだろ? 期待しているよ」


「言うほど期待されていない気がするっ」


 戦闘前のちょっとした雑談を聞いてイアンは小さく笑った。その笑われたことがあまりよく思っていなかったらしい。レーラが「笑わないでよ」と唇を尖らせた。


「イアンもオクレズさんに言いたいように言われているんだからさ」


「ああ、ごめん。なんかさ――」


 何かを思い出したように言葉を詰まらせるのだが、ここでオクレズが「着いたぞ」と声をかけてきた。それと同時に「時間だ」とも教えてくれた。


「そろそろ東西で派手にでかい爆発が起きるだろうよ」


「えっ、派手にでかいって……」


「陽動だからな」


 その瞬間、小さな明かりがついていた廃都市の東西からこちらの方まで地響きするほどの爆発が起きた。薄暗かったこの場所でさえも爆光により道のりがわかりやすい。


 それほどまでの派手過ぎる爆発に圧倒されてしまった。まるでとんでもない物を見た気分である。そう唖然と口を開いたままでいると――。


「さっ、時間はないぞ。緊急連絡をするというのも考えられるからな」


 爆発を見せるのも十分だろうとしてオクレズはアクセルを吹かした。急発進したせいで荷台の方に乗っていた二人は車体に叩きつけられる。声にならないようにして、ぶつかった個所が痛かったのだろう。彼らはその場で悶絶するのだった。


 しばらく町中を走り回った頃、オクレズはブレーキを踏んで「先に行ってこい」と二人にそう促すと降ろした。


「ここから先、トラックは迂回して行かないと無理だ。その間、二人は倉庫に向かってここから行け。必ず見回りのやつらがいるからな。残らず倒せ」


 道はレーラが覚えているだろう? と言われ、レーラは頷くしかなかった。ここから先にある道路を見て納得した。明るいというわけではないにしろ、ヘッドライトでわかったから。先の道は細くなっており、自分たちが乗ってきたトラックが入れる余地もないのだ。こればかりは仕方ない。


「しっかりな」


 オクレズが運転するトラックを見送った後、二人は互いを見交わしてその細い道へと足を踏み入れた。


 悠長にしていられない、のんびりとしていられない。時間はないのだから。


「レーラ、こっちに行けばいいのか?」


「うん。結構道が入り組んでいるから気をつけて」


 正直言うと、暴れ回っている班たちの爆撃と怒号がこちらの方までよく聞こえてくるため、周囲の音が掻き消されるようで煩わしいと思った。これほどまでに大きく聞こえるものなのか。


 細道を走り続けていると、レーラがイアンを止めた。小さく「待って」と言われる。


「あっち、二人ぐらいいる」


 見張りがいるらしい。レーラに言われて初めて気付いた。倉庫だろうか。その入口のところで白い明かりに照らされている武装したヘヴン・コマンダーたちがいるのだ。このまま突破していればどうなっていたことか。


「どうする? 気付かれないように近付くのも……」


「銃器は使わないで行ったがいいかも。あの扉の先が倉庫とは限らないし、そこからわんさかと相手が出てこられたら溜まったものじゃない」


「じゃあ、これか」


 そう言って懐から取り出したのはナイフである。それを見てレーラは頷いた。


「私が一人の気を紛らわすから、残りをお願い」


「わかった」


 この提案にイアンは承諾すると、持ってきていた銃器をレーラに預けてゆっくりと扉の方へと近付いていく。彼がそうしている内にレーラは、地面に落ちていた瓦礫の破片を拾い上げて物陰の方へと投げた。そして、投げた場所へと素早く移動する。


 音に気付いたのか、一人のヘヴン・コマンダーが仲間内に対して何かしらのジェスチャーをすると、こちらへと近寄ってきた。これを機にイアンは気配を殺しながら、足音を隠しながら一人残る見張りのもとへとやって来た。距離からして十メートルほどか。


 一度は深呼吸をして緊張を紛らわせる。心音がうるさいが、それを落ち着かせる方法を知らない。気にしてはダメだとして殺気ナイフを隠しつつも相手から一番近い物陰の方に身を潜めた。先ほどよりも距離は縮まった。だからこそ気が抜けない。


 自分が死ねば、レーラも死ぬ。それはグーダンに言われたこと。同じ過ちを繰り返してはいけない。だからこそ、昼のときよりも慎重になっているのである。


 イアンは自身の心臓の音でタイミングを計った。その間は呼吸が荒いのかもしれない。それでもタイミングが一番大事だと思っていた。


 三、二、一――。


 突如として暗闇から出現した侵入者。銃器を持っていたヘヴン・コマンダーは声を上げようにもナイフを突きつけられたかと思えば、口を塞がれた。


 殺されるという気が最も大きかったのだろう。引き金に置かれた指が動こうとするが、そうはさせるか。右手に持つ刃を相手の手首へと突き立てる。


 騒がれては元も子もない。絶対に声を出させるものか。イアンは素早く銃器を奪って銃口を口の中に押し込めた。


「死にたくなければ、しゃべるな」


「だ、誰が……!」


 意地でもこの侵入者をどうにかしたいのだろう。まだまだ動く左手で腰にある箱型の機械に手を伸ばそうとしているのを見逃さない。


 だからこそ、逆に引き金を引いてしまった。発砲音がその場に響く。音で我に返ったのか定かではないが、レーラの言っていたことを思い出した。ならば、止めはこちらがいい。右手に刺していたナイフを引き抜いて喉元を抉るように引き裂いた。もちろん声を出さないようにして布を喉奥へと突っ込んで。


 絶命したヘヴン・コマンダーをよそにイアンはこちらの方へと仕事を終えたレーラを迎えた。


「……悪い、発砲音で向こうは気付いたかもしれない」


「いや、いいよ、もう。向こうは怒号と悲鳴が混合しているんだし。それよりも早いところオクレズさんと合流しなきゃ」


「そうだな」


 二人はヘヴン・コマンダーが見張っていた扉を開けた。どうもここは倉庫ではなかったらしい。また奥へと続く通路を見てイアンは「行こう」と促した。これにレーラは無言で頷くだけだった。

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