◆59
全く知らない場所。レジスタンス拠点から遥か一万五千六百キロほど離れた一つの大陸。そこがホエバテ大陸である。これまで見てきた楽園の文化とは少しばかりかけ離れているようで、初めて見る物にイアンは関心を持っていた。
「向こうと違いますね。何だろう?」
こちらへと足を踏み入れた瞬間、じんわりと額に汗がにじんできた。暑い、とにかく暑いところである。
「ここは朝昼晩と灼熱地獄だからな。とにかく暑い、それに限るから――」
遠くの方に見える町へと行こうとするイアンをけん制してオクレズは船でここまで乗せてきたトラックに乗れと促す。
実は二人は偽装チップを利用して、楽園の船を利用してこちらにやって来たのである。一応は客船でもあるこの船。判別するゲートはあるにしても、ここまで何事もなく来られたのも運がよかったのだろう。しかし、イアンは町並みを見てみたいとわがままを言い出す。その理由をオクレズは知っていた。彼が船の客室で言っていたからである。
テルバ・メソットルェという服をレーラが見たがっているから持ち帰りたい。おそらく、その町に服があると思い込んでいるからだろう。別にそういうことは――せっかくだからやってもいいのだが――。
「先にフロンゼさんところに行くぞ。話はそれからだ」
「……はい」
イアンは残念そうに、素直に言うことを聞くようにしてトラックの助手席へと乗り込んだ。オクレズは乗り込んですぐにタバコに火をつけて一服する。イアンとしてはあまりタバコのにおいは好きではないのだが、安心できるにおいだと思っていた。それでも何とも不思議な感じだな、と変な感覚に囚われながらも、トラックに揺られるのだった。
「そう言えば、そのフロンゼさんのところはこれでどれぐらいかかります?」
「大体三時間だな。あの人たちも楽園でもなければ、レジスタンスでもないノーサイドの人たちだからな」
「ノーサイドの人たちって、戦いたくない人たちを差すんですかね?」
「だと思う。エルダも楽園に恨みがあってこっちにいるからな。最初っから逃げるだけだったら、あいつはノーサイドだろ」
オクレズはエルダの目的を知っていた。だが、そのことをイアンには話さずして、少し濁した言葉で言う。
楽園はイアン・アリスを知っている。それはエンジェルズと対峙していたときでわかったこと。彼が何者なのかは知らない。それでも、彼は記憶を取り戻したならば――どうするつもりなのだろうか。怪訝そうに横目で見てくるオクレズをよそに、イアンはさして気にも留めない様子で「エルダさんですか」とどこか渋った表情を見せるのだった。
「あの人、何を考えているのかよくわかりませんよね」
一方でイアンは知っていた。エルダが自分のことを知っているということを。確信はない。だが、それらしき口ぶりをしていたのは事実だ。結局ははぐらかされてしまったのだが。
【もっとあたしを信用してもいいんだよ?】
――あんな素振りをされて、信用しろだなんて。できるもんか。
右側を見た。そこに見えるのは青色をした海と空。開けられた窓からは生ぬるい風が入ってくる。そのせいで余計に嫌な汗が出てくるようだった。なんだか、少しばかり気まずい空気。早くフロンゼのところへ着かないだろうか。
三時間ぐらいだと聞いていたが、体感時間は十時間ぐらいたったのではないだろうか。そう思う二人は無言ドライブを終えて、切り立った崖の前へとやって来た。ここでオクレズはトラックを停車してイアンに降りるように言う。
「こっちに来い」
「ここら辺にフロンゼさんたちがいるんですか?」
「ここら辺というか……まあ、着いてこい」
上手くは説明ができないらしい。言う通りにして、あとを着いていっていると――。
こっちだ、と手招きをするオクレズ。彼が向かおうとしているのは細い穴である。なんと、ここを通らなければならないのか。結構入り組んだ場所にあるんだな、とイアンは思いながら細い穴を通って抜けた先を見た。それを見て目を大きく見開くのである。
「え」
ようやく声が出たとしても、感嘆だけ。
「ここはホエバテ大陸のノーサイドたちの一部分が住まう町だ」
そう、二人の目の前には何もない荒野ではない。遠くから見えた楽園の町並みと似ていた。ただ、違うところを挙げるとするならば、町は切り立った崖に囲まれているぐらいか。まさに秘密の町とも呼べる。そして、ここにいる者たちの全員がノーサイドの者たちなのだ。楽園の人間なんて誰もいない。
「俗に言う地図に載らない町だな。来い、フロンゼさんは俺たちを待っているはずから」
オクレズを見失わないようにしてイアンはあとを着いていく。二人が見掛けない顔なのか、町の者たちは物珍しそうにこちらを見ていた。特に警戒すべき右手に穴が空くように注視して。
「俺たち、めちゃくちゃ見られてますよ」
「そりゃ、楽園の人間じゃなければ、誰だって話だからな。気にするな、フロンゼさんのところに行こうとするなら、なんとなく察しがつくだろ」
「俺たちがレジスタンスだって?」
「この大陸のノーサイドの連中の顔は大体ここの人に割れているだろうし、そうだろうな」
こちらが危害を加えなければ、何も問題はないさ、と不安がるイアンに言葉をかけた。それでも気になるのが彼だったりする。老若男女問わずしてこちらの方をジロジロと見ているのだもの。気になるわ。
視線を気にしつつもこの町の統率者であるフロンゼの家へとやって来た二人。彼らは一応は歓迎の言葉をもらうのだが、どこか陰があるようにも見えるのだった。
「遠路遥々ご足労だった」
そう言ってはいるものの、あまり歓迎をしているようには見えない。どちらかというならば、こちらに関わりを持ちたくないと言わんばかりである。
しかしながら、それを気にしている場合ではないと、オクレズは「グーダンさんから言伝を預かっています」と頭を下げる。
「俺たちが楽園から奪取したフォーム・ウェポンを三つほどそちらにお渡しするから、その分として『レイの言葉』が書かれた書物と地図を譲って欲しい、と」
「レイの言葉か」
「一応は事前にその連絡を取っていたと聞いていますが……」
「ああ、していた」
それならば、とオクレズはフロンゼの言葉を待った。一方で、隣で座っているイアンは怪訝そうに見ていた。なんとなく察しはついたから。どういう答えを言うかが予想つくのだ。なぜにその予想がつくのかはよくわからないが、どうしてか理解してしまっている自分がいた。
「それらは今、ここにはない」
――やっぱり。
しかし、オクレズにとっては予想外だったようで「なんでですか」と眉根を寄せた。
「約束はしていたはずでしょう? なぜなんですか?」
「きみらを信用していないからだ」
「それって――」
不当約束ではないか、と言う前にイアンの声が遮った。
「どうすれば、信用していただけますか?」
「イアン?」
「信用していないならば、どうすれば俺たちを信用してくれますか?」
その場に緊張感ある空気が張り詰める。フロンゼは眉間のしわを濃く刻みつつ、後ろ首を掻いた。彼にとって、まさかその言葉が出てくるとは思わなかったらしい。しばらくの間沈黙が流れていたのだが――ややあって、「それならば」と重々しい口が開く。
「ここから南東に向かったところにクロッゼ町がある。その町に『シデラ・ブライダズ』という昔のデザイナーがデザインしたウェディングドレスを持ってきて欲しい。そちらは管理チップに似た物もフォーム・ウェポンも持っているのだろう?」
二人にそう言った。これにオクレズは渋々と承諾をせざるを得なかった。仕方あるまい。そうでもしなければ、物々交換ができないのだから。彼らは早速クロッゼ町へと赴くために重い腰を上げてフロンゼの家を後にするのだった。
その家に残った家主であるフロンゼと一人の町の住人は無言状態であったが、やがて一人の町の住人である男は「いいんですか?」と二人のことを心配している様子。
「確かに彼らをすぐに信用するのは……」
「構わない」
「しかし、あのウェディングドレスは――」
それでも、と男が言うのだが、フロンゼは彼の言葉を「いいんだ」と遮る。
「グーダンと言うレジスタンスは喉から手が出るほど旧時代の代物を所望している。それをあの金属の板と対価だと思ったのか? 全く以て釣り合わない」
以前に使われていた文字で書かれた物品はお金のないレジスタンスたちではなく、そういう物を欲しがっている金持ちに莫大の値段をつけて売る方が儲かるのである。それだから、フロンゼは信用ならないという嘘をついた。
「それにシデラ・ブライダズの作品を手に入れるというのは、あれら以上の金を手に入れるということに等しいのだからな」
フロンゼという男はどうも金に汚い人物のようである。それをイアンたちは知らない。




