◆58
コレクタルス要塞大規模進攻戦を終えて数ヵ月が経つ。この期間はタツが死んでからのと同じ長さでもあるのだ。最初は、レジスタンス内はどんよりとした空気をしていたが、少しずつ落ち着きを取り戻し始めてきていた。
それの代わりと言っても過言ではない。イアンの報告によって他の者たちが彼を見る目がどこか変わったような気がする。いや、決して気のせいではない。尊敬や羨望の眼差しではなく、彼がこちらへとやって来ての一週間ぐらいの期間で向けられた視線と似ているのだ。
「…………」
それはイアンも気付いていた。レジスタンスたちのどこかよそよそしい態度に。彼はエンジェルズのウリエルに致命傷を与えたと言っただけだ。止めはタツが。だが、その代償に別のヘヴン・コマンダーによって射殺された。そのヘヴン・コマンダーは自分が仇を取った、と伝えただけ。
真実を隠蔽した。それは誰も知らないことだから。自分と死人たちの間柄に起こったことだから。まさしく死人に口なし。黙っていれば、どうということもない。誰もが人の中身を完璧に知ることなんてないのだから。
周りからどこか疑り深い目で見られながらも、子どもたちにせがまれながら遊んであげていた。何も知らない純粋な子どもたちはイアンが『タツを誤って殺した』なんて事実を知ることは一生ないだろう。そんな彼らを傍目で見ているレジスタンスたちも真実を知ることはない。なぜならば、『証拠がない』のだから。そして、二度とコレクタルス要塞にある軍事施設に行くこともできない。何もないし、できないからこそ彼を責めることはできなかった。
ただあやしいというのは確かな様子。それについて報告を聞いているとき、どこか挙動不審だったから。
現在のレジスタンス拠点はとても大人しいものだった。誰も大掛かりなミッションをすることも、グーダンから指示を仰ぐこともない。その理由はあの進攻戦にある。他のレジスタンスの派閥と手を組み、大規模な戦いをしてしまったが故に――完全に撤退する前に本部の増援が姿を見せたのだから。
次にまた派手に暴れると、前回よりも早い時間で増援が到着してしまうだろう。それを恐れてのことだった。その戦いが終わってしたことは、戦死した仲間たちの墓作りと物資奪取ぐらいか。かなりの確率で楽園側の警備は厳しくなっているだろう。あまり動けないならば、とグーダンは子どもたちと遊んでいるイアンへとやって来るのだった。
「イアン」
「はい、何ですか?」
グーダンがイアンのもとへとやって来るのはつまらないことが起きる前兆だとして、レジスタンスチルドレンは頬を膨らませながらそちらをじっと上目遣いで見ていた。だが、それぐらいのことで何でもないと言う気はない。
少しは落ち着きを見せた拠点内だとしても、大人たちがイアンをどこか不振がっているのは事実なのだから。
「南の方にホエバテ大陸があるのは知っているか?」
「地図で見たことがあるような」
「そこのホエバテ大陸にいるフロンゼという人がいて――」
グーダンがそこまで言ったときだった。不貞腐れた様子の子どもたちは「いやだぁ!」と怒る。
「おにいちゃんとあそびたぁい!」
「そぉだよ! そこってとおいばしょなんでしょお?」
絶対にイアンを遠征ミッションに行かせるものか、と子どもたちは大反対するが――グーダンはしばらくの間、彼を拠点から離れた場所にいさせたかった。それはレジスタンスの者たちにもそうであるし、本人の居心地の問題でもあるからだ。要は優しさからくる図りであろう。
子どもたちにグーダンが何かを言おうとする前に、彼らの親が割って入って「止めなさい」と叱責をする。
「お兄ちゃんはお仕事なのよ」
「そうだぞ。いいからこっちに来なさい」
レジスタンスチルドレンを引きずるようにして撤収。この場には二人だけとなった。いや、こちらの方が話しやすいというのもある。グーダンは「本題だ」と少しばかり横に逸れた話題に軌道修正を促した。
「フロンゼという人と物資の物々交換をすることになったんだ。よかったら、オクレズと一緒にホエバテ大陸に行ってくれないか?」
「わかりました。そのフロンゼって方はレジスタンスの人ですか?」
「いいや、ノーサイドだ。向こうの大陸にいる入れ墨なしの連中のほとんどがノーサイドになる」
「そうですか、わかりました」
出発は明後日だから、とグーダンはそれだけ言うと、その場を後にした。それまでは準備をしておこうと考えるイアンが自室へと戻ろうとするのだが――。
「のぅわっ!?」
真後ろにレーラがいたことに気付かなくて、大声を上げてしまった。恥ずかしい。
「びっくりさせないでくれ。心臓に悪い」
「イアン、ホエバテ大陸に行くの?」
驚かせた詫びを一つも入れることなく、レーラ自身が気になる質問をする。その問いを嘘ついても仕方がないため、イアンは「そうだよ」と答えた。
「グーダンさんにミッションをね」
突然どうしたのだろうか、と思っていると――。
「いいなぁ」
こちらを羨ましそうな目で見てくるレーラは自分もホエバテ大陸に行きたいらしい。確かに世界は楽園に管理されているから、行動も制限されるだろう。何をそこまでして彼女の心を駆り立てるのか。気になるイアンは「どうしたんだよ」と訊ねた。
「ホエバテ大陸に何かあるのか?」
「うん、イアンは『テルバ・メソットルェ』っていう服知ってる?」
「いや、知らないけど」
どうも昔の有名デザイナーがデザインした服の名前らしい。是非とも、こういう物に興味のある年頃のレーラにとっては一目でいいから見てみたかったと言う。その発言を察するに、ホエバテ大陸のミッションをどこかで知って、グーダンに直談判したのだろう。しかし、あえなく却下。彼女の悔しさは口調からしてこちらに届くほど。
「私、どぉしてもその服を見てみたいのっ!」
だから、と渡されたのはカメラだった。レーラが言うにはホエバテ大陸のどこかにテルバ・メソットルェがあるらしいから、撮影をしてきてくれとのことである。彼女の頼みだ。断る理由は見つからなかった。それが故に――。
「だったら、持ち帰ってこようか?」
なんとも大胆な発言。これに目を皿にする。
「えっ!? できるの?」
「多少のお金をグーダンさんからもらうし、多分売っているかもしれないからさ」
もし、高くて買えなくても盗めばいいだけだ。おそらくは楽園の町にあるだろうから。彼らから物を盗むことに罪悪感なんてない。いくら奪取しようが何の問題もないと思っていた。それを常識であるかのように。いや、楽園に対してここのレジスタンスの拠点にいる者たちは恨みが大きい。向こうにある物がこちらに来るのは当然だと思っているらしい。当たり前のようにしてレーラも――。
「それじゃあ、よろしく」
あっさりとしていた。レーラの顔は以前と比べて少し明るくなったように見える。タツが亡くなって、しばらくの間は暗い表情をしていたから。もしも、そのテルバ・メソットルェを持ち帰ってきたならば、もっと明るい表情を見せてくれるだろう。
その笑顔を見たい。その思いでイアンはオクレズと共にホエバテ大陸へと赴くのだった。




