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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、嘘をつくことができる。
53/108

◆53

『58』


 この数字は制限時間つきの何かである。それは眼前にいる機械人形スクラッパーのパワーアップによるものか、それとも巨大な爆弾であるか。


 どちらに転がろうが、グーダンは早めにそれを倒したかった。理由は計画のデータをイアンやレーラに知られないようにすることであるから。二人が真実を知るのはまだ早い。特に彼の場合、知るのは好ましいとは思えなかった。本人が何者であるのかを当事者が知らないというのだから。


 この回転刃を持った危なっかしい人形は破壊をすれば、動かなくなるか。フォーム・ウェポンを巨大なハンマーへと変えた。その大きさは誰もが見ても、一人で持てそうにないようである。


「うぉりぇぃあぁぁあっせぇぇえいいっ!」


 存在ごと潰す勢いで振り落とす。その迫力、逃げ動くことが不可能なほど。


 そのまま人形はハンマーによって潰されるかと思われたが、劈くような金属音が聞こえてきた。思わず耳を塞ぎたくなるような金属の削ぎ音。なんなのか。そう、これは機械人形が回転する刃のみで彼の攻撃を受け止めているのである。見た目だけでも随分重たそうなハンマーなのに。機械というのはデリケートのはずなのに。


「何ッ!?」


 グーダンが驚きを隠せないのは無理もない。初めてこのような機械を見たのだから。


「グーダンさん、一々びっくりしている場合じゃないよっ!」


 ここで反応を見せるくらいならば、本気で壊す気でいかないと。ドアを開けようとしていたエルダが割って入るように、機械に向けて彼女もまたハンマーで叩く。その攻撃は胴体に当たるのだが――。


「堅っ!?」


 あまりの堅さにハンマーを握る手が痺れてしまった。これでは思う存分武器を握れないではないか。武器は銃器よりも重いし、相手はとんでも金属を使用しているのか堅い、堅い、堅過ぎるっ!


 これでわかったことは、力任せに相手を壊そうとしても無駄であるということ。それならば、どうすればいいのか。それはこちらもわからない。力ずくでやっても、どうにもならなさそうだから。


「エルダ! これはなんだっ!?」


「何って、言われても……!」


 機械人形の黒い金属鎧の材質はフォーム・ウェポンと似ているようではある。もしも、それらが同等の物であるならば、どちらかが壊れなければ勝負はつかない。だからと言って、こちらが負けるなんて納得はいかない。


 と、ここでエルダはあることを思い出した。このフォーム・ウェポン塗れの人形ならば同等の物を、と。つまりはグーダン型のフォーム・ウェポンである。早速、それを実行しようとするのだが――。


「あれ?」


 なぜか上手く武器の形状維持ができなかった。自分とグーダン・フォーム・ウェポンを作り上げたイアンのどこが違うのか。この武器は想像によって形成されるものではなかったのか。いずれにせよ、自分が思い描いている戦闘はできないということだ。そうであるならば、別の作戦を立てないといけない。


 認証パネルのモニターを横目で見る。『56』の数字に切り替わっていた。


 これは一時間の制限時間を表すらしい。それまでに、どこを狙えばいいのか。考えられるのはとんでも材質の黒い金属鎧の隙間ぐらいだ。おそらく、顔はあるが、それを破壊したとしても機械だから支障はない。


 それに関してはグーダンも察しがついたようで、ハンマーから槍へと形を変えた。こちらの方がリーチは長い。それを見越しての武器変更である。もちろん、エルダも同様に槍へと変更する。


 一方で機械人形スクラッパーは自身につけられた回転刃をギュルギュルと回しているではないか。それはいつでも準備万端であるということである。


 二人の足はしっかりと地につけて――あとは呼吸のタイミングを合わせるだけだ。同時に彼らが右足を床へと強く踏み込んだが合図であるかのように、動き出す。リーチはこちらの方が有利。負けてたまるものか。グーダンが金属の鎧の隙間を見つけ、そこへと刃を仕向けようとするのだが――。


 再び、耳下の首筋に鳥肌が立つような金属音が鳴り響いた。仕向けた刃を防ぐは回転刃。人間の僅かな行動を見破ったらしい。二人のスピードにきちんと追い着いているらしい。なんという、とんでもない代物か。もはや、人間兵士であるヘヴン・コマンダーは要らないのではと言うほど。事実、コストがかかるからこういう要所でしか設置できないのだろうが。


 動きを見切られてしまい、グーダンは悔しそうな表情を見せるのだった。しかしながら、こちらには二人で戦っているのだ。独りではない。


 実のところ、エルダは銃器の扱いが得意であっても、槍はほぼない。使い方はグーダンの見様見真似。できないという事実があっても、やらなければならない。着々とパネルのモニターに映っている数字は減ってきているのだから。


 こちらには背らしきものを見せている。それがチャンスだと思った。勢いよく踏み込み、背中にある鎧の隙間へと突いた。手応えはとても大きい。まさに会心の一撃とも言えそうだ。だが、これで終わりではない。機械とていくらデリケートでも、攻撃を受けたそれらは防衛モードに入るだろう。それは普通の人間では太刀打ちができそうにない形態だ。それを見越して、槍の刃の部分を捨てるように分離させた。人形がこちらを振り向くまでの間に刃を直しておく。


 なぜって、こちらに攻撃対象の矛先が向くのだから。こちらにくるのはわかっていたからこそ、エルダも防御態勢に入った。それはグーダンにチャンスを与えるため。


 そのチャンスを無駄にしたくはない。相手に攻撃動作を覚らせない。故に、グーダンに機械人形のことについてほとんど何も言っていない。というよりも、戦うことに必死になってそれどころではないということもあるから。


 そう、エルダは知っている。この機械人形の最大の弱点を。元楽園(ヘヴン)の人間だったから知っているとも言える。


――あたしがただの最下層民だと思ったら大間違いだ。


 狙いは人形の後ろの首の下。下の方に入り込むようにして、攻撃をしないと、倒れることはない。その弱点を言えないが、言える。


――だとしても、グーダンさんの場合は……。ええい、一か八かだ!


「ネフェイテェ ビジレットロィ ミァ フェイズゥ イッティ ココロトゥ クワイシェ グーダン!」

(※グーダン(さん)、それの後ろの首下へ入り込むように攻撃して!)


 グーダンは以前に使われていた言語――『レイの言葉』をあまり知らないらしい。この言葉を知っている者は限られてくる。使用する者は西の方にある世界一高い山のふもとに住まう少数民族か、考古学者や研究者。あるいはエルダのような――。


 なぜにこの言葉を使うのかと言うと――昔、世界を手に入れた楽園の女王(クィーン)は人々が使っていた『レイの言葉』を廃止させた。新たに自分が作った『楽園の言葉』を使わせるようにしたのである。いや、それはほぼほぼ強制――とも違う。まるで魔法のようだった。世界中の人々は勉強などしなくても最初から『楽園の言葉』を使えるようになっていたのだから。不思議な話ではある。ある日突然、知らない言語の意味を理解して言葉の読み書きができるのだから。だが、反対に『レイの言葉』は一から理解していかないと、使えないようになってしまっている。


 エルダはわかってくれたらば、嬉しいのである。あとはグーダンがそれを実行してくれればいいのだから。


「は、ぇ?」


 いや、この反応が当然か。知らないのだから。


 それでも諦めてはいけないのだ。何のためにグーダンにチャンスを与えているのか。自分を囮にしているのか。


「ネフェイテェ ビジレットロィ ミァ フェイズゥ イッティ ココロトゥ クワイシェ グーダン!」

(※グーダン(さん)、それの後ろの首下へ入り込むように攻撃して!)


 エルダは叫ぶ。レイの言葉を知らない機械相手だからこそやらなければならないこと。それは何度もだ。チャンスがある内ならば、何度だって叫んでやる。


「ネフェイテェ ビジレットロィ ミァ フェイズゥ イッティ――」


 そこまで言ったときだった。急に動き出した。それと同時に声も体も動けそうにない。回転刃はこちらの顔を削ぎ落す勢いで迫っているのだから。


「――イッティ ココロトゥ クワイシェ グーダン!」


「わかった」


 その声と共に、うるさく回る回転刃は動きを止めた。一瞬の出来事のように見えた。エルダの目に映ったものは真実か。それはイエスである。機械人形からはみしみしと嫌な音が聞こえるではないか。


「すまない、昔の言葉は、多少は知っているが、理解できるのに時間がかかり過ぎて」


 グーダンはそれの後ろの首下へ入り込むように槍の刃をねじ込んできたのである。これにより、完全に動きは鈍くなりつつあるが、これでもかとまだ動こうとするのだ。


「ま、まだ……!」


「いや、こいつが無知だから俺たちの勝ちだ」


 エルダがしたことをグーダンができないというわけではない。彼は槍を二等分に分けて、左手に握ったそれを同じ部分にもう一度突き刺した。これにより、機械人形は全く動けなくなってしまい――仕舞いにはその場に倒れるのだった。


「終わった……?」


「みたい。そこのドアが開いたし」


 いつの間にかパネルのモニターに表記されていた数字も消えている。どうやらこれが倒されれば、ドアが開くシステムのようだった。


 戦いを終えて、二人は大きく息を吐いた。何がともあれ、難は免れたのだ。先を急ごうとするグーダンにエルダは「知っていたの?」と訊ねた。


「多少は知っているって……」


「オクレズがペラペラだよ。それで少し知っていたってだけだ。ただ、『イッティ ココロトゥ』がわからなかったんだがな。案外上手くいくものだな」


 なんとも楽観的な物言いであるが、エルダは苦笑を浮かべるのだった。


「それ、『下へ入り込むように』って意味だよ」

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