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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、嘘をつくことができる。
51/108

◆51

 陽動作戦開始十三分前。コレクタルス要塞の町の南東側――住宅街の階段道へと腰をかけている二人の女がいた。一人は金色の長い髪を一つに束ねており、もう一人は茶色かかったウェーブある髪を持っている。彼女たちの一番特徴的な点を挙げるとするならば、人前で手袋をはめた右手を見せようとしないことぐらいか。


「予定時刻までそろそろだね。レーラちゃんはこういうのって緊張したりするの?」


「半分は慣れているんだと思います」


 ただの質問なのに、金色の髪を持つレーラは『思います』という憶測で答えた。それをもう一人の女性――エルダは見逃さない。


「自分のことなのに、わからない感じ?」


「いえ、自分のことは自分だからこそ、知っているはずですよ」


「それじゃあ、『思います』なんて言葉はおかしいと思うなぁ」


 レーラはそのようなことを言われても、とほんの少しだけ唇を尖らせる。憶測の答えの理由は自身がよく知っているのだが、そのことをまだエルダには話したくないのである。彼女は楽園ヘヴンを捨てた人間――のはず。


 どんなにその見せしめとしてのずたずたにした右手を見せびらかそうと、腹内はまだわからない。逃げたかったと説明しても、その奥底の本音は知らない。それだから、信用はイアンよりも薄い。だが、思わず誰にも言っていなかった自分の秘密を彼にだけ話してしまった。それは彼が好きであり、嫌いだから。


 しかしながら、エルダは奥深く詮索しようとは思わないのか、懐からタバコを取り出して、火をつけ始める。紫煙が空へと立ち込めていた。


「ちょっと煙たいけど、あの人もよく飲んでいる方だよね」


「り……グーダンさんは禁煙の挑戦が十一回目ですね」


「だろうねぇ。あたし、初めて飲んだけど、ちょっとこれは中毒になるなぁ。ねえ、レーラちゃんは飲んでみたいと思う?」


 ちなみではあるが、エルダが喫煙し始めたのはグーダンが「一本要るか」と誘ったのが始まりである。そして、彼らレジスタンスの拠点内での禁煙率は八十パーセント。成人してタバコやお酒を嗜まないのは一部の女性とイアンぐらいだ。


 そんな質問にレーラは「どうもこうも」とあまり難しい顔をしていない。


「なんとも思わないですよ」


「そお? というか、みんな飲んでいるから、その内タツ君とかも欲しいとかいうんじゃない?」


「……どうなんでしょうか」


 グーダンのときとは違って、タツのことになると、途端に表情が暗くなり始める。エルダはそのことをあまり気にしていない――というよりも、気付いていないようだ。


「大人たちの輪に入りたい年頃だよね。逆に心配じゃないの?」


「それはそうですね。意外と勝手な行動をしたりする方だから」


「弟みたいなのかな? いいねぇ、あたしに兄弟がいなかったからそういうのは憧れるなぁ」


「それなら、タツとイアンのやり取りの方がよっぽど兄弟に見えますよ」


 レーラのその言葉にもっともだ、と煙を吐きながら、一笑した。あの二人のやり取りは拠点内で何度か見たことはある。タツはイアンに懐いていないようで、実は懐いていたりしているらしい。なんと言えばいいのだろうか、どこか矛盾した信頼関係? これは違うな。ならば、友達? これも違う。とにかく、彼らの関係は見ていて微笑ましいと思えるのは確か。


「あはっ、それは言えているなぁ。それでも、大丈夫なのかなタツ君は。自分勝手なところがあるならば、今回の重機を操作するなんて」


 重機を操作するというのはレジスタンスのミッションにおいて重要ミッションであることに加えて、フォーム・ウェポンを扱うということになる。その重機フォーム・ウェポンを使用する者たちの中でタツが最年少である。十二歳の少年が謎の金属の物体を武器として使用して戦う。


「年齢的に大丈夫じゃないでしょうに。あの人は何を考えてタツ君に任せるつもりなのかな?」


「さあ? 基本的にグーダンさんは仲間内を信頼したいと常日頃から思っていますし」


「ほうほう。だったら、なおさらグーダンさんのところに来てよかった」


 もし、他の派閥のレジスタンスへと亡命をしに行ったらば、どうなっていたことやら。彼らに接近をすることは初めてではないのだが。


 話し終えたときに偶然見たエルダの目の色。


「……ほぉんと、よかった」


 もうそろそろ時間になる頃である。いつでも動けるように、タバコの後始末をしよう。帰ったら、お酒も飲める。楽園ヘヴンにいた頃とは大違いだ。あの頃は泥水を啜って生きていくのが当然のようだから。


 改めて見たレジスタンスたちの生活。


 あまりにお腹が空き過ぎて、金目になる物を売ろうとした。だが、それを楽園の女王(クィーン)に差し出す気はなかった。いや、差し出してはならない。それが自身の目的。それが『先人』たちの遺言。『彼ら』は賢かったらしい。この世界が楽園ヘヴンに支配される前に彼らは予測していた。


「…………」


 エルダが何か口に出そうとするのだが――。


「あの……」


 レーラの問いかけが遮ってしまう。これにエルダは我に戻ったかのようにして「へぁ?」と珍しく変な声を出した。おっと、思わずここで言葉にしてはならないことを言おうとしてしまっていた。周りにはヘヴン・コマンダーたちがうろついているというのに。


「……なんか、驚かせてすみません」


 まさか、エルダが変な声を出すとは思わなかったらしい。レーラは申し訳なさそうにする。


「いや、あたしがぼーっとしていたのがいけないんだ。それで、あたしに何か言いたいことでも?」


「はい。ここ最近見た夢なんですが、タツが死んでしまう夢を見てしまうんです」


 レーラは自身の予知能力のことは話さずに、仮定として訊ねてみることにしたのだ。これならば、誰も未来が視えるなんて思わないはず。その相談にエルダは少しびっくりしたように「夢ねぇ」と呟く。


「これまたとんでもなく縁起でもない夢だね」


「今朝見た夢も同じで、すごく嫌な予感しかしないんです」


「もしかしたら、予知夢かもしれないってことだね」


 小さく頷くレーラにエルダはじっと見てくる。何かしら思案でもしているのだろうか。なんだかじろじろと見られてあまりいい気がしない。少しばかり怪訝そうになってきた頃になって、要塞の外から爆破音が轟いた。この座っている段差にでもつながるほどの地響き。


――これは陽動作戦開始の合図!


 直後、大きなサイレンが鳴った。レーラは直ちに右の巣へ。エルダはグーダンと合流後、裏の巣へと向かわなければならない。時間は厳守。今回のミッションは夜でもなければ、人が活発に動く昼間なのである。下手に長引けば、本部増援があるだろうし、何より怖いのがエンジェルズの存在だ。


 本来の自分たちの狙いは要塞の軍事施設内にある二つの『計画』のデータである。それさえ盗むことができれば、負け戦でも構わない。


「エルダっ!」


 こちらの方へとやって来るのは筋肉質の男、グーダンだ。まずは彼と合流ができて何よりである。彼さえいれば、計画書を盗み出すのは容易いはず。その屈強な体で相手を蹴散らせるだろう。


「時間をかけずに行くぞっ」


「わかってるよ」


――そうだ、早くこの世界を夢から覚めさせなければ。×××がこの世界を叩き起こしてくれるならば。あたしは先人たちの願いを叶えてあげることができるだろう。


 世界よ、早く目を覚ませ。

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