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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、嘘をつくことができる。
50/108

◆50

 ひたすら合図が上がるまで噴水広場にいるのはイアンである。タツがどこかへ行ってしまったのだが、下手に指定場所を動けやしない。捜しに行きたいのに。


「どこに行ったんだ?」


 なんて心配はしているのだが、左手には串焼きが握られていた。香ばしいにおいにつられて買ったらしい。


 作戦開始まで戻ってくるといいのだが。そう思うイアンは袋に入ったもう一つの串焼きに目をやった。早く帰ってこないと、冷めてしまうぞ。彼がだらだらとタツの帰りを待ち侘びていると、グーダンが「イアン」と声をかけてくる。


「すまない」


「へ?」


 話が見えてこないイアンは少し間抜けな顔を見せた。


「タツだが、あいつは危険だから一人で帰した」


「えっ、そうなんですか?」


 やはり、グーダンも心配なのだろうか。タツはまだ十二歳。そんな彼が戦場に立つことをよく思っていないのか。


「だから、そっちの重機を操作するのはイアンだけになるが……いいか?」


「俺はいいですけど、タツは一人で帰ったんですよね? 大丈夫なんですかね?」


「ある程度の聞き分けはできるはずさ。十二歳なんだから。どこへ向かえばいいかぐらいも把握はしているはずだ」


「そうですか」


 タツは作戦に参加しないとなると、彼のために買ってきていた串焼きが一本余ってしまった。もったいない――イアンはその串焼きをグーダンにあげることにした。


「これは? きみが食べなくてもいいのか?」


「元々、タツにあげようと思っていたんで。でも、戻ってこないならグーダンさんにって。少し冷めていますけど」


「いや、ありがとう」


 グーダンはお礼を言うと、早速袋から開けて串焼きを食べ始めた。生ぬるいが、悪い味ではない。


 本当のところは、グーダンはタツを戦場に立たせたいとは思っていなかった。特に今回に限ってである。だが、この作戦を決行するにあたって、彼が「どうしても戦いたい」と融通を利かなかった。本来のタツの仕事は地下侵入組と陽動部隊の連絡係なのだったのだから。


 最初はダメだと断った。まだこうして戦場に立つべき器じゃないと思ったから。それでもタツは――。


【ここのレジスタンスの思想は『復讐心』でしょ? 俺は両親を殺された。その復讐劇をしても何も問題はないですよ】


 要はタツの気に押されただけ。タツの言葉はもっともだった。それが故に、断る理由も失くしてしまった。いや、それでも先ほど「帰れ」と十分な理由ができたからよしとしよう。


 それにしても、とグーダンはそれを頬張りながら「きみは優しいんだな」とイアンを評価した。


「ますますきみという人物がよくわからないよ」


「何ですか、それは」


「きみに対する俺なりの評価だ。悪い評価じゃないことぐらいはわかるだろ」


「そうでしょうけど……俺って、そこまで優しい人間ではありませんよ」


 自分はグーダンが思っている正反対の人間だ、と返した。優しいと思っているのは上辺だけ。表面はいくつでもつくろえる。だが、中身は誰も知る由がないのだ。誰に対してどう思っているのか、他人に対する態度すらも。すべて嘘だとしたら? それは本物の醜くて、汚れた人間だ。


「じゃあ、なんでタツの分まで買ったんだ? きみがあいつのことを思わなきゃ、そうしないだろ」


「……それはわかりません」


「そうか」


 会話が途切れてしまった。グーダンは何を話題にしようかと思った。エルダが言っていたことでも訊いてみるか、と顔を上げるのだが――ここはコレクタルス要塞。自分たち以外の者たちのほとんどが楽園ヘヴンの人間である。訊くに訊けない。


 レーラたちからの報告など――エンジェルズがイアンのことを知っていたことについて。憶測から考えてみれば、彼は楽園ヘヴンの人間である。だが、今は手袋に隠された右手には忠誠の証である入れ墨はない。消したとは思いにくい。一番いい例で挙げるならば、エルダである。彼女の場合は、どうしても消せずして自身の手の甲をずたずたにしていた。


 一体、イアン・アリスとは何者なのか。


 もう一つの憶測で考えられるのは、左薬指にはめられた指輪。婚約相手が楽園ヘヴンの人物である可能性。イアンたちは逃げられずして、追われていた。それならば、多少の話に合点はいく。問題はその婚約者の存在であるが。


「……イアン」


 グーダンは消え入るような声音でイアンに呼びかけた。いつもの声とは違って、小さいなと思いつつも「はい」と返事をする。


「きみは――」


 何者なんだ、と訊ねる前にして耳にうるさく貫くサイレンの音。何事なのか。その理由はすぐにわかった。作戦開始時刻になったからだ。広場を歩いていた者たちのほとんどがパニック状態に陥っている。


 その状況にあやかって――。


「(※)左の巣に行け」

(※)『左の巣』:レジスタンスの隠語。意味は西側から軍事施設へ向かえ。左=西、右=東、前=北、後ろ=南。巣は拠点であったり、軍事施設だったり、要は目的地のこと。


「わかりましたっ!」


 指示に従うイアンは人ごみに紛れ込みながらも、要塞内にある軍事施設へと急いだ。慌てふためく街の住人、我が商品を大事そうに抱え込む商人、親とはぐれた子ども。どこからどう見ても阿鼻叫喚である。


 このサイレンが鳴ったということは、ここから相当離れたところにある要塞の南門からレジスタンスの勢力が大掛かりな攻撃をぶつけているということ。爆発音は聞こえない。それほどまでに距離があるのだろう。


 それよりも――とイアンが思っていると、今度は要塞の北門の方から待ち詫びていた轟音がやって来た。これで、ようやく本格的に動けると実感する。彼が狙うはこの要塞の町にある軍事施設。そこにはこの町を統率するヘヴン・コマンダーの部隊隊長がいるらしい。その人物の首を刎ねるのが『重機を操作する』グーダン一派の役目なのだ。


 しかしながら、このコレクタルス要塞の壊滅において、エルダはグーダンだけに言っていた。現在の楽園ヘヴンで本部を除いた重要な場所こそがコレクタルス要塞。そこには向こうにとって一番重要である『計画』のデータが存在する、と。それだからこそ、他の派閥であるゲジェド一派、メーディ一派、クェイラ一派に要塞撃破作戦を持ち込んだ。そこが崩れれば、「レジスタンスの形勢逆転となる可能性が高い」そうとだけ言って。他の派閥の者たちには『計画』については伝えていない。それを利用して、こちらにまで危害が及ぶとなるとたまったものではないのだから。そのため、グーダン一派であるオクレズたちを他の三つの派閥と共に南門で陽動作戦を行う。その隙に自分たち――フォーム・ウェポンを持つ彼らが軍事施設に侵入して、『計画書』を盗むというのだ。


 だが、『計画』のことを知っているのはグーダンとエルダにオクレズと数名のレジスタンスの者だけ。イアンやレーラ、タツは知らない。だからこそ、彼らには部隊隊長の殺害をミッションとして与えた。その代わりにグーダンかエルダが計画のデータを盗むのである。


 故にイアンの目的はコレクタルス要塞の部隊隊長の首であるのだ。真っ直ぐと軍事施設を捉える彼の目には一瞬疑う人物が映し出された。そのせいで、進めていた足を止めることとなる。なぜならば、その人物は今ここにいるはずはないのだから。


「タツ?」


 グーダンは言っていた。危険だから、タツは帰したと。

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