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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、代わりに名前はある。
5/108

◆5

 無茶ぶりな強行突破作戦だとレーラは思っていた。お互いよく知りもしない相手に己の命を預けられるな、と。


 強引にヘヴン・コマンダーたちの前に躍り出たイアンのその行動は自分を信じろと言っているようなもの。岩陰から覗かせる敵相手へと焦点を合わせながら思った。


――イアンを『信じろ』? 信じるの?


 心の奥底で誰かが笑っているようだった。いや、その誰かぐらいは心の持ち主であるレーラにはわかりきっている。自身の心の中なのだから、自分に決まっているじゃないか。


 そう、信用・信頼を嘲笑っているのは自分自身。誰かを信じるなんてばかげている。だからいつも半信半疑。『知っている』から信じたくても、実は信じていない。それだからこそ、誰かを信じるという行為が怖い。きっと心のどこかでグーダンやタツ、他のレジスタンスの者たちのことも信じていなかったのだろう。信じたふりをして。


 覚えている、独りを。今でも忘れない、独りで泣く私を。あの屈辱を。しかし、ここでわがままを言ってはイアンが死んでしまう。焦点は合わせたのだろう? ほら、早く引き金を引いて。


「い、イアンが……!」


――どうして私の指は動こうとしないの?


 イアンは信頼のために立ち向かった。自分はその信頼を受け取るがために行動しなければならないのに。行く宛のない者同士、同じなはずなのに。楽園ヘヴンの恐ろしさに逃げ出したのに。


「最後の王族の言葉通りになるなよ」


 ふと手にしていた銃器が軽くなった。それどころか、誰かがそれを手に取ってきっちりと標的に合わせると――今までイアンを狙っていたヘヴン・コマンダーの一人の頭から赤い液体を噴出させた。


 乾いた音が聞こえる。火薬臭がする。音は連続して近くに響いた。それと同時に的確に相手の身体から血を出させているではないか。


 怯えていたレーラのもとに現れたのはグーダンと一人の男性だった。


「リーダー……オクレズさん……」


「おうっ、よく持ち堪えた。オクレズ、一丁あそこで逃げ回っているあいつを助けてやってくれないか?」


「了解」


 グーダンは同じようにしてヘヴン・コマンダーたちに発砲をしていた男、オクレズに指示を出した。そんな彼は冷静に短い言葉で返事を交わすと、持っていた銃器を置いた。そして、地面に落ちていた石を拾い上げると、岩陰から躍り出るのである。


 逃げ回っているイアンの方へとダッシュで近寄ると、ヘヴン・コマンダーに向かってその石を投げつけた。一瞬の怯みと嚇かしによって、相手の隙を手に入れたオクレズは彼を抱えてその場から逃げ出す。当然、突然の男から抱きかかえられての状況を把握できないイアンは「え?」と困惑するばかり。一方で二人を見ていたグーダンも潮時だなと小さく呟くと、オクレズが置いた銃器とレーラを抱えて逃げ出したのだった。


 それから四人が合流したのはその場所から離れたところにある某所である。こちらはレジスタンスの者たちのもう一つの拠点であるが、使われることはほとんどない。要はダミーで作られたものと言えるだろう。


「本当にひやひやさせるな。特にイアン」


 無事で何よりという安心よりも、囮作戦を決行していた二人に対して叱責の言葉を浴びせるのはグーダンである。


「確かに見ず知らずの人間を信頼させるには手っ取り早い方法かもしれんが、自分の命をなんだと思っていやがる?」


「……すみません」


 どうもグーダンにとっては、この作戦はあまり好ましいとは思っていなかったらしい。反省の色を見せるイアンを見て、彼はレーラの方も見た。


「レーラ、どうして彼にあんなことをさせた? 無傷だからいいものの、イアンが死んだとしても次に狙われるのはお前なんだぞ」


「……はい」


 それはもっともなことである。だが、先にイアンが倒れる前にレーラ自身が倒れてしまうということだってありえるのだ。どうも今回ばかりは判断能力に欠けるなとグーダンは難しい顔をしていると「違います」と彼が彼女を庇った。


「俺がレーラの判断を任せる前に突っ走ったのがいけないんです。レーラは何も悪くありません」


「それが事実だとしてもだ」


 心配と苛立ちが見えているようで、グーダンはタバコに火をつけた。その場にはタバコのにおいが充満する。


「二人のミッションでの決定権における判断をするのはレーラの役目だ。そして、暴走をしようとしたイアンを止めるのもレーラの役目でもある」


 タバコの煙を吐くと、イアンの方を少し睨みつけるようにして見た。


「いいか? いくらきみがレジスタンスの人間になったからと言って、まだまだ信用できる人間じゃない。そして、命の危険を顧みず、信頼を得たいという考えも止めたがいい」


「…………」


「そもそも、信頼関係ってのは時間をかけて作るものだ。すぐに成り立つと思ったら大間違いだ」


「はい……」


 イアントレーラは小さく返事をする。それに対してもう一度グーダンがタバコの煙を吐くと――。


「ま、何がともあれ、二人が無事でよかったよ。運搬係のやつらは……残念だけれどもよ」


「あの、グーダンさん。俺、殺された人たちの供養をしてあげたいんですけど」


 どうやらイアンはヘヴン・コマンダーたちに殺害された運搬係の者たちのことを思ってそう発言したらしい。もちろん、これにグーダンは賛成をする。気持ちは彼と同様だから。


「当ったり前よ。きっとあいつらもこんなややこしい世界で死んでしまったのは悼まれないだろうから、きちんとした場所で眠ってもらわないとな」


 だから、とグーダンは話をつなげようとすると、拠点に連絡を取っていたオクレズが戻ってきた。彼は「リーダー」と一言割って入る。


「連絡は取れました。聞けば楽園ヘヴンの連中はこちらの方まで来ているようで、規模は小隊。まだ中隊規模が来ていなかっただけでも助かったのかもしれないです」


「はぁ、どうも奴さん、クレンシャス街道あたりに拠点を作っていたか。一応、ここら一帯は俺たちレジスタンスの縄張りでもあるんだ。そりゃ、拠点があるならあんな目立つような場所で待ち合わせしているなら狙われて当然か」


「一応は増援を呼びました。あいつらの規模に合わせて十人ほど。必要でしょう?」


「おお、こいつはナイスタイミング。ありがとうな」


 にやっと不敵な笑みを浮かべたグーダンはイアンの方へと向き直ると「リベンジミッションだ」と短くなったタバコで差した。


「俺とオクレズの会話を聞いて大体わかっただろ」


「ヘヴン・コマンダーたちが作った拠点を壊すんですか?」


「おうよ。それを今夜、ぶっ潰すからやれ」


 もちろんレーラもだ、と言う。リベンジミッションと聞いて、彼女は少しばかり怪訝そうな顔をしていた。当たり前だ。グーダンが言ったのは『今日の夜にでも拠点を潰すから、それをしろ』と急展開なことなのだから。だが、彼は「言っただろ」と鼻で笑ってきた。


「人にはいくらでもチャンスが存在するってな」


 つまりは自分たちの汚名を晴らす機会を与えるから、やれ。


「話を聞けば、こちらが奇襲をかけられたんだ。ならば、奇襲には奇襲を、だ」


 リベンジミッション『奇襲作戦』に向けて、空は段々と暗くなっていくのだった。

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