◆49
誰が悪いのかは、おそらくオリエヴィジェに訊いたとて、答えてくれるわけでもあるまい。彼はこの世界で人間を創った神様。いくら人間を愛しても、こんな世界の地表に暮らす数多の人間一人一人までは把握しきれるはずがない。
その神様は一人の人間のことしか見ていなかったのだから。
大人たちが寝かしつけるために世界の創造物語を教えてくれた。それで覚えて、子どものくせにしてひねくれた解釈をしていた。
「あの……」
降りしきる雨の中、虐げられていた子どもが心配そうに顔を覗かせていた。気がつけば、視界は真上を見上げている。雨が目の中に入ってきそうだ。
思い出した。威勢よく楽園の子どもたちに殴ったのはいいが、返り討ちに遭ったことを。何も武器を持たずして、丸腰で挑んでしまったことを。何を証明したかったのだろうか。憂さ晴らし? 挑み? 同情? どちらにせよ、今回の件がグーダンに知られてしまえば一巻の終わりだ。いや、まだ彼はいい方だ。問題はイアン。彼の沸点は低い。それもメーディ一派のレジスタンスにばかにされたときは本気で怒っていた。起こってくれていた。
――それが素直に嬉しかった。
「……ああ、そうか」
自分はただ単に、イアンの真似をしていただけに過ぎない。実にばからしい。これで何かを得るわけでないのに。
ゆっくりと起き上がるタツに少年は「大丈夫?」と野生の動物を接するような態度を取ってくる。
「ぼくのこと、助けてくれたんだよね? ありがとう。うちで手当てするよ」
「いや、いい」
ここは敵の巣。そんな中で、敵と思わしき楽園の人間に助けてもらうなんて屈辱的。タツは断った。
「でも、そのけが……」
「いい、別に」
「え? でも……」
「しつこい」
あとを着いてくるな、と言わんばかりの睨みよう。それでも子どもはタツが気になるらしい。彼を助けたいのである。助けてもらったから。そう思っていても――。
「俺はお前なんかに同情していない。むしゃくしゃしていただけ。あんまりしつこいとお前を殴る」
殴るふりを見せるタツなのだが、少年はちっとも恐れる要素がなかった。
「『でも』泣いていたでしょう?」
「…………」
「べつにぼくのためじゃなくても、それだけのために涙を流してくれる人がいる。それでもぼくはとてもうれしかったんだ」
断るに断れなくなってしまったのか。タツは少年の家へと案内されることに。行く気はなかった。それなのにだ。彼の家はそう遠くはなかった。路地から更に路地裏へと入ったところにあるボロボロのアパート。今にも崩れ落ちそうである。その建物を見下ろすのは要塞の壁だ。ということは、町の一番端っこと言える。
「こんなところに……」
「きみがどのかいきゅーの人かはわからないけど、ここはさいかそーみんがくらしているばしょ」
さいかそーみん――最下層民か。エルダの言っていた、レジスタンスたちよりも実にひどい生活を強いられているという。
「中に入って」
家の中に招待されて、タツが少年の家の中へと入ると、その家には何もなかった。いや、何もないというのは少し語弊がある。中には木の箱の上に短くなったろうそくが一本。周りは虫の巣があちこちに張りついている。一言で表すとするならば、人が住めるような場所ではないということ。
何もない家なのに、手当てする道具なんてあるものか。そう思っていると――。
「ここでまってて。いま、きゅーきゅーばこを借りてくるから」
そう言うと、木の箱からそれまた小さな箱を取り出す。その中に入っていたのはコインが一枚だけ。普段レジスタンスとして物資は物々交換か奪取することしか知らないタツだって知っているコイン。これは紛れもない、お金ではないか。それが一つだけ。へそくりでもあるまい。あのお金の価値は低い方だ。
「なあ、そのお金……」
「うん? このまえ、ぼくが道でひろったんだ。なにかにつかえるときに取っておこうって。そのときがきたようだね」
「俺のために使うのか?」
眼前にいる相手が楽園の敵であるレジスタンスなのにか。いや、正体をバラせば、使うことはないだろう。むしろ、通報されるか?
それでも構うものか。楽園の人間に手当てをされるなんて。ヘヴン・コマンダーに捕まって、殺されるより最悪。それに比べたら――。
タツは自己判断で自身の右手袋を外して、少年に手の甲が見えるように見せた。それに伴い「わかるよな」と半ば脅しをかける。
「右手に入れ墨を持たない。俺はレジスタンスの人間だ。お前と違って、この世界がクソくらえと思っているテロリストだ。死にたくなければ、お前の家にあるすべての物資を寄こせ」
「え」
当然、驚愕し過ぎて茫然とする。硬直するぐらいわかっている。それを解くために、動かすためにフォーム・ウェポンをナイフの形状に変えて、刃を近付けさせる。自分はレジスタンスの人間なのだから、楽園の人間の一人や二人ぐらい殺せるはず。
「いいから、出せっ」
「なんで、きみはあのとき泣いていたの?」
「ごちゃごちゃうるさいっ! 口答えするヒマがあるなら、早く出せっ!」
でないと、殺す。殺してしまう。いや、もう――殺すが早い。最下層民ではあるが、楽園の人間である。おそらくはグーダンも褒めてくれるはず。突きつけていたナイフを振りかざそうとするのだが――。
「そこまで」
知った声。聞き覚えのある大人の声。否が応でもタツは後ろから聞こえる声の方を振り返った。そこにいたのは――グーダンである。
「り、ぐっ……!」
「やっぱり、子どもだな」
グーダンにそう言われ、カチンときた。なぜにこのような局面で子ども扱いを受けなければならないのだろうか。それだからこそ、敬語を捨てる。
「どういう意味だよ」
「意味がわからないとなると、子どもだとよりわかる」
「うるさいっ! こいつは楽園だ! 俺はレジスタンス! 何か間違ったことを言っているか!?」
タツは歯噛みをしながら怒声を上げる。それに対して、グーダンが起こした行動は――彼をぶん殴ることだった。痛々しい音が薄暗い部屋に響き渡る。
「間違ったことは言っていない。が、その考えは間違っている」
「はあ?」
口の中が切れたらしい。鉄の味がするから顔を歪めた。
「もういい。お前、こっちに来い」
ここで話すべきではないのだろう。タツの服を引っ張るようにして立たせると、少年に何かを投げ渡した。小袋に入った物で中はジャラジャラと音を立てている。
「ばかが失礼した。これはその謝礼ときみの援助だ。悪いが、ヘヴン・コマンダーには黙っていてくれ」
そうして、強引にタツを引っ張っていき――辿り着いたのは地下水道だった。ここならば、誰も来るまいと思っているのだろう。それに伴って、グーダンは彼を投げ飛ばした。
「一部始終を見ていた。タツが無闇に彼らと喧騒をしていたのも、あの子のあとを着いていったのも」
「俺を粛正するってか?」
裏切り者としてか。それぐらい、上等だ。とっくに死ぬ覚悟があるから戦場に立っているというのに。
「違う。お前を二度と戦場に立たせない」
それだからフォーム・ウェポンは没収する、と取ってしまった。それに怒りのボルテージが頂点に達したタツは「ふざけるなっ!」と大声を飛ばす。
「なんだよっ!? 俺が間違ったことをしているからか!? 俺はいつでもあんたの思想を見習って生きていた! 楽園を憎み、妬み、恨み……俺の家族はあいつらに殺された!!」
「ふざけているのはお前だけだろ」
一番辛辣的な言葉に硬直するタツ。
――ふざけている? この俺が? 真面目に復讐すると目標を掲げているのに。
「お前の考えは復讐を名目とした殺人思想だ。誰があの子を殺せと言った? 誰がミッションとは関係のない戦いをしろと言った? 誰が与えてもないようなことをやれと言った?」
「…………」
「そういうことを考えているお前はいずれ死ぬ。この戦いで」
だから、拠点に帰れとグーダンはそう言うと、タツを残して地上へと言ってしまった。その場に残された彼は憎悪を表す顔をしていた。
――俺は悪くない。




