◆48
「メーディさんのところか」
イアンはあくまでも冷静に訊ねた。彼らがそうでなければ、どうだというのだろうか。裏切りという可能性も高い。グーダンは言っていた。あまり他の派閥のレジスタンスたちの言うことを信用するのはよくないと。信じてやるにしても、それは表面までだと。
「このちんちくりんが(※)重機を操作するだって?」
(※)『重機を操作する』:レジスタンスたちの隠語。重機を操作するということ=何かを壊す。今回のコレクタルス要塞の壊滅となる要と捉えられる。
メーディ派閥のはタツを見てばかばかしそうに肩で笑うのだった。あまりに大声で笑い過ぎると、巡回しているヘヴン・コマンダーたちにあやしまれるからである。かなりの堪えよう、我慢し過ぎて腹筋が痛くなっているのではないだろうか。
「おいおい、グーダンさんが指示した重機操作係はどんなやつかと思えば……子どもじゃないか。まだそっちの兄ちゃんの方が現実味はあるけど」
完全にタツのことをばかにしているらしい。それでも彼は堪えているようだ。ここで暴れたりすれば、すべての計画がパーになるかもしれないから。我慢しろ、我慢。
タツが下唇を強く噛んでいると――。
「笑うなよ」
自分のためにキレてくれるのはありがたい。だが、ここでけんかは危険だ。今にもメーディ派のレジスタンスに掴みかかろうとするイアンをタツと同行していたグーダン派閥の者が止めに入る。
「おい、止めろよ」
バレたら一巻の終わりなんだぞ、と宥めさせようとする。もう一人の同行者も「そうだぞ」と周りには聞こえない音量で注意する。それでもイアンは掴みかかろうとしていた。
「沸点を高く持て。逆に考えろよ、あいつらは地下水道でしか侵入できないやつらだって」
「でも、いくら何でもタツを……」
「いいから、いいんだ。あとからいくらでもできるから。だから、ここで殴るなんてことは止めておけよ。本番まで取っておけって」
やはり、イアンよりタツの方が大人であると実感した。ここまでにおいて、どこまで心が強い人物なのだろうか。目の前で両親は死に、その殺人鬼は以前に遭っている。苦しくて、つらいはずなのに。
どうにか落ち着きを見せたイアン。その頃合いを見計らって、メーディ一派は預かっていたフォーム・ウェポンを投げ渡してきた。
「お前たちが重機を操作しないなら、協力する気はなかったんだがな」
早くも派閥同士の対立が始まってしまったか。この調子であるならば、今回の要塞没落の勝利可能性はがたオチである。メーディ一派らは他にも預かっているフォーム・ウェポンがあるのだろう。その場を後にした。そんな彼らを追いかけるは同行者である。そうでなければ、きちんと他の者たちにも武器が行き届くがあやしいからだ。
その場には二人だけになって、イアンはいじけたようにして「むかつくな」と腹を立てている様子。
「タツも怒ればいいのに」
「(※)ドブネズミに腹を立ててもしょうがないだろ」
(※)ドブネズミ:レジスタンスの隠語。地下水道で生きる者たちを差したりするが、今回のタツの発言は地下水道からのルートしか行けないという皮肉の意味合いである。
「そうだけど……」
「とりあえずは、ドブネズミがドブネズミなりにお仕事をしようとしたと解釈でもして労ってやろうぜ」
こいつ、本当に十二歳か。この年齢でそのようなことを言うなんて、恐ろしい子。イアンはさっきまで憤りを感じていたのがばからしくなった。なぜって、タツが年相応とは言いがたい発言をしているから。
「……タツ、お菓子でも買うか?」
やはり、ここは子どもらしくいて欲しいものである。いくら戦場に立とうが、その小さな体には似合わない武器を持とうが――タツは子どもなのだ。なんて彼に誘いをするのだが――。
「要らねぇって。どうせ、買ったらい……兄貴の腹に収まっちまうんだろ」
「大丈夫だ。そこは俺の分と取り分けておくから」
「本当、なんだよ」
思いっきりツッコミをするのは疲れる。多少の相手をするだけでも「はあ」というため息が漏れるのだ。なんというか、イアンという人物は自由人過ぎてちょっと面倒だ。これ以上のやり取りをする気はないのか、タツは噴水のふちに座り込んでぼんやりと周りを眺めた。楽しそうに行き交う町の者たちは後数時間後にここが大惨事になるとは思いもよらないだろう。
そんな自分たちでも見つけた一組の家族。子どもを真ん中にして、両親が手をつないでいる。これが楽園側の幸せな家族。それが羨ましい。妬ましい。恨めしい。
見覚えのある後ろ姿。それを望んだとしても、願いは叶わない。がっしりと大きな手が髪の毛をくしゃくしゃにするほどなでてくれた。細くて綺麗な手がそのくしゃくしゃを直してくれた。幸せな家族はもうない。それを考えただけで、泣きそうになった。小さい頃に覚えている記憶がよみがえってくるから。憎き相手の顔を覚えているから。
――絶対に仇を討ってやる。
どんなに時間がかかろうが、四肢がもがれようが。我が身が息を、鼓動をしている内は絶対にだ。復讐を推奨するレジスタンスの派閥。それこそグーダンが理想とする思想だ。
――そのために俺はここにいる。そのために俺は生きている。
「タツ?」
タツが怖い顔をしていることに気付いたのだろう。イアンは「大丈夫か」と愁眉を見せていた。
「何か気になることでもあるか?」
こういうときは「お菓子要るか」とボケたりしない。そこだけは評価しよう。だが、今のタツにとっては独りになりたい気分だった。このにぎやかな場所から抜けて、人気のない場所で感傷に浸りたいのである。
「別に」
「ならいいけど。お菓子以外で何か食べるか? ほら、後数時間あるし」
「いや、俺はいい。食べたければ、兄貴だけが食べればいいじゃん」
食べたい気分はない。何かを口にすれば、不快な気分になるから。吐き気がするのだ。なぜだか知らないがそんな感じがして仕方がない。もうイアンと一緒にいる気分でもなくなった。陽動作戦が始まるまで時間はある。それまで気持ちを落ち着けて、しばらく離れていた方がいい。タツは「悪い」という一言だけ残して、その場を去ろうとする。一人残された彼はもの寂しそうに、キャンディの包み紙を弄るのだった。
その哀愁さが心痛くなる感じがするのだが、気持ちを落ち着けるのが先決である。そうでもしないと、ミッションに支障をきたすのだから。
適当に人気がない場所を目指して歩いていると、路地の方からやいのやいのと小うるさい声が聞こえてき始める。うるさいな、と思いつつ、タツが別の場所へと向かおうとするのだが――なぜだかそれが気になって仕方なかった。
結局好奇心が勝ってしまう。それに負けて、渋々と路地の方を覗いてみると――。
いじめが行われていた。たった一人の少年――自分よりもいくつか年下だろうか。その子どもが周りに同年代の子どもたちに囲まれて虐げられているのである。ただの素手や足での攻撃ではない。傍若無人なまでに鉄の棒やら、石やら――。
攻撃を受けている子どもは抵抗できないらしい。何もできない。それが非常に気分の悪い要素として組み込まれてしまった。余計に彼の苛立ちは収まる気配を見せない。むしろ、不快。実に不愉快。
相手にするだけ無駄。そう思っていたのだが、その何もできない子どもを見て、フラッシュバックする血塗られた両親。
――ああ、もう我慢の限界だ。
武器など一切手をつけずして、素手で相手を攻撃している子どもたちに殴りかかった。目立つ行為をするな、とグーダンに言われていたのに。してしまった。後悔はしているが、反省はしない。
――むかつくことをしているこいつらが悪いから。
無理やり自分を正当化しないと、やっていられない。
「なんだっ、お前!?」
突然殴ってきたタツのことを不審に思う子どもたち。それでもやられっぱなしなのは彼らのプライドが許さない。相手は一人だ。こうして殴りかかってくるというのは挑発。すなわち、殴り返しても差支えなんてない。
「死ねっ」
気軽に死ねという言葉を使うのはレジスタンスやヘヴン・コマンダーだけではなかったようだ。見た目からして小綺麗なクソガキ。彼らは上層民なのだろうか。ということは、だ。絶対にタツの気持ちなんて知る由もない能天気な者たち。必死に生きている者たちのことなんて知ろうとしない。彼らにとって当たり前は、自分にとっての非常識。それが悔しくて、悲しかった。
次第に雲行きはあやしくなり、雨が降り始める。タツは涙を流していたのだが、それは雨が誤魔化すのだった。




