◆47
それは真か。眼前にいるグーダンの言葉にゲジェドは瞠目した。
「グーダン、コレクタルス要塞は……」
「壊滅させればこちらの形勢は逆転する可能性がある。一応、メーディ一派とクェイラ一派にも話をつけた。残りはゲジェドだけだ」
そうお菓子の箱を手にしてゲジェドに頼み込んだ。今回のこの依頼に関して、彼は――。
「下手すれば、こちらの動きは封じられるんだぞ」
「わかっている」
「こちらの被害が大きくなるかもしれないんだぞ」
「ああ。すべての厄介はこちらが引き受ける」
そうしてまでもグーダンが決行したい作戦はどのレジスタンスの者たちから見ても、我が目や耳を疑う代物なのであることは間違いない。
「……わかった、協力しよう」
その頼みに押し負けたのか、ゲジェドは承諾してしまう。これには彼の一派のレジスタンスたちは驚きを隠せない。承諾に満足したのか、グーダンは「それじゃあ、頼んだぞ」と作戦の詳細を書かれた書類を置いて立ち去ってしまった。しばらくの沈黙が経って、一人のレジスタンスが「いいんですか?」と困惑気味。
「いくら、リーダーたちが昔の馴染みでも、これは……」
「グーダンは自分の家族を失くした哀れなやつだよ」
それでも、こればかりは。テーブルの上に置かれた作戦概要は『コレクタルス要塞撃破作戦』というタイトルで書かれていた。
「こ、コレクタルス要塞って、楽園中枢都市で二番目に大きな要塞じゃないですかっ!」
しかも、要塞内突撃人数は警備数と比較しても割に合わない十数名。その内、二人は未成年である。
「向こうは何を考えているんだっ!?」
グーダンはゲジェド派閥のダミー拠点から出て、大きく息を吐いた。自分たちの狙いが本当は要塞撃破ではないということを見抜いているのかもしれない。だが、本来の目的が何であるかは知らないだろうし、知らせる気もない。それと同時に彼らとの付き合いはこれきりだろうな、とタバコに火をつけた。その場に紫煙が燻る。
楽園の女王が考えること。自分たちがしようとすること。他の派閥に要塞撃破を頼むこと。すべてにおいて、割に合いそうのないことなのだ。だとしても、今回の要塞撃破作戦はなんとしてでも成功を収めたい。
エルダの情報が事実であるならば、の話であるが。
賑わうは右手の甲に入れ墨を施した者たち。彼らはこの要塞町であるコレクタルスに用があるからいるのだ。この町の行き来は北と南にある門のみ。もちろん、この町自体は楽園の支配下にあるため、管理チップが体に埋め込まれているかのチェックをするゲートが存在するのだ。
その二つの門の内、北門には二つの見慣れた顔が。その二人は正々堂々とした風貌でゲートを潜り抜けた。
「緊張するな」
町中へと入ると、二人の内、一人――イアンが呟いた。その声は隣にいる弟――ではなく、れっきとした赤の他人であるタツが「下手なこと言うと、バレるぞ」と小さな脅しをかける。
「誤魔化しが利かなくなる」
イアンより十歳近く年下なのに、とても冷静なタツ。そう、彼らは俗に言う不法侵入をしているのだ。楽園側でもない、管理チップを持たない二人がどうしてゲートを潜り抜けてコレクタルス要塞に入ることができたのか。
それは偽装チップのおかげである。管理チップとしての認識を誤魔化したのだ。
「それと何か適当に買っていった方がいいかも。手持ち無沙汰だと、逆にあやしまれるかもしない」
なんとも大人な対応である。その反面、タツが気になるのか、イアンは――。
「お菓子でも買ってやろうか」
子ども扱いをする。タツはそういうことをされるのを極端に嫌がるため――「要らねぇよ」とぶっきらぼうに答えた。
「いい加減、俺を子どもみたいな扱いは止めろ。もう俺は十二歳なんだぞ」
「遠慮するなよ。お金ならいくらかもらっているし。多少胃袋に収めたところで、文句は出てこないと思う」
「それ、昨日から言っているよな?」
時を遡ること、二十六時間前。タツが自室にいたところを急にイアンがやって来て【お菓子でも買ってやろうか】と口にしたのだ。状況を把握できない彼は何を言っているのかわからずに【要らねぇよ】と答えるのである。
【いきなり人の部屋に入ってきて、何を言うんだ】
【明日、コレクタルスへ一緒に行くことになっているから訊いただけだよ】
どうやらこの二十六時間後は、ミッションの関係で自分を含めて多数のレジスタンスたちがコレクタルス要塞へと集合するらしい。グーダンが与えた二人のミッションは『兄弟設定として要塞の北門から潜入し、メーディ一派よりフォーム・ウェポンを受け取れ』である。
だからこそ、イアンたちはここにいるのである。何も二人だけではない。偽装チップを体内に埋め込んでいるレジスタンスの者であるならば、北と南のどちらかの門から侵入しているのである。だとしても、チップの埋め込みはグーダン一派しかやっていなのだが。
初めての表舞台でのミッションであるタツはようやくレジスタンスとしての人間として、戦場に立てると嬉しかったのだが――。
「本当に買わなくていいのか?」
まだ言うか。しつこい。イアンの面倒な気遣いに「だから、要らねぇって」ときっぱり断りを見せる。
「本当、昨日からだよな? 絶妙なタイミングで空気を破壊するかのように言ってきて」
「そうか。タツが食べないなら……俺だけ買おう」
とことんマイペースなイアン。近場のお菓子売りからいくつかのキャンディを買い始める。ちなみにではあるが、このお金はレジスタンスの資金から成り立っているということだけは言っておこう。彼のやり方を傍目で見ていたタツはグーダンに怒られなければいいけどな、と心の中で呟くのだった。
それと、結局は自分自身も欲しかったという欲が見え見えだったため、イアンはその気持ちを尊重して分け与えるのだった。
「それで? 一応読んだのか?」
場所を移動して、コレクタルス要塞の真ん中に位置する噴水広場で二人は購入したキャンディを頬張っていた。たくさんの人が行き交うため、作戦内容は最小限で伝え合わなければならないのである。
「一応は。しばらくはこの調子だ」
「早く合流したいんだけど」
タツの言う合流とはメーディという他のレジスタンスの派閥の者である。その一派の彼らが二人にフォーム・ウェポンを届けてくれるとのこと。その最強とも呼べる武器を盗まれないためにも、グーダン側のレジスタンスがついているとのこと。それもそうだ。向こうとこちらの目的は一緒であっても、思想が違うのだ。おそらく、お互いのことを利用するという立場なのだろうか。
ある種で同行している者は気が抜けない。もちろん、タツだって気が気ではないのだ。敵のど真ん中、丸腰状態でここにいるのだから。そして、相棒は何と言っても、能天気にキャンディを口の中で転がしている正体不明の男である。
大丈夫なのか、としか言えない。コロコロと呑気に「まだ要るか」と訊ねてくる。お花畑の頭で羨ましい。絶対に別のゲートから入っているグーダンやレーラたちは緊張感を持って入っているだろうに。いや、何もイアンだけではない。もう一人あやしい人物がいるではないか。
エルダという女性。イアンより幾つか年上だと思うが、そもそもこの二人の年齢がよくわかっていない。彼女は元楽園の人間である。とある内情を知って、亡命を決意したと言っていたが――。
【楽園……楽園の女王は一度破綻した計画をもう一度起こそうとしている】
以前にグーダンとの会話を盗み聞きした。その際にエルダはそう言っていた。タツはその『計画』とやらは知らない。何かしらの企てがあるのはわかるのだが――。
楽園の女王は前に何かしらの計画を立てていた? それが何とか大成したことによる目に見えている世界か? いいや、『一度破綻した計画をもう一度起こそうとしている』だから、まだその計画は実行されていない。するための準備段階ということ。
楽園の者が聞いて、こちらにすがるほど逃げたくなる計画だ。二人はそれらをどうにかしようとはしているらしい。だが、こちらにその肝心の情報は伝わってきていない。
「…………」
タツがあごに手を当てて考え事をしていると、イアンが――。
「残り一つだけど、どうする?」
残り一個のキャンディを見せてくる。その砕けた発言により、思考回路は停止してしまう。いや、もっと買っていなかったか!? それとも、食べるスピードが早いのか。どちらにせよ、タツの口の中には溶けかけのキャンディが残っている。それがあるから要らないと言うと――。
「本当に要らないのか?」
「要るのはそっちの方だろ」
食べたそうにするその顔を見て、余計に欲しいとは思わなくなってしまった。食べたければ、食べやがれ。なくなって恨みを持つようなことはしないから。タツに食べていいと言われて、イアンは嬉しそうにキャンディを口の中へと入れた。よっぽど気に入ったのか。
「なあ、ちょっと訊くけどさ」
「へ?」
「い……兄貴にとって、グーダンさんのことどう思っている?」
ざわざわという声。水が吹き上がり、貯めている部分に落ちる音。それだけ聞こえるのに、周りがとても静かだと思える。イアンは口の中にあるキャンディが邪魔のようで、急いで噛み砕いて飲み込んだ。それを見て、タツはほんの少しだけ悪いことをしたかな、とは思った。
ややあって、イアンは「どうって」と口から甘いにおいを漂わせる。
「優しい人だと俺は思うよ」
「他に、何かしら隠しごとをしていそうだとかは?」
「そういうのはタツたちがよく知っているんじゃないか?」
つまりは、外部の自分が口に出して言えることはそれだけという。思ったより欲しい答えがもらえずに、タツが唇を尖らせていると――。
「預けていた者らと見受けられる」
その場のキャンディが出す甘いにおいから一変して、どこか異臭を漂わせる者たち。その内の一人には二人にとって見覚えがあった。それでわかったこと。彼らは自分たちが合流するフォーム・ウェポンを届けに来てくれた者たちだった。




