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カシオペアはどのようにして、イアンやレーラがガンと接触したことを知っているのか。それには、彼女が憶測で考えた。コードを読み取れる機能が、こうしてプログラムに備わっているならば、自分たちがどのようにして行動したかの履歴がわかるようなコードを読み取れなくないだろう、と。
厄介、実に厄介だと思う。その内、自分たちが行動しようとする思考回路のコードも読み取られてしまうのではないだろうか。つまりは攻撃の先読み。
事実そうである。
「ぐっ!」
自分の周りにたくさんの刃がついたサークルの武器、シージュを持つイアンではあるが、その攻撃は全くと言っていいほど当たっていないし、当たらない。最初から攻撃を読めていると言わんばかりに、ワープを屈指して逃げられているのだ。反撃はもちろん来る。それを自身の神経を研ぎ澄ませて気張っていた。
この攻撃をすべて受け止めるほどイアンは完璧超人ではないということをレーラは知っている。正体不明で、意味不明な人物である彼であろうとも、一つだけ当然の事実があった。彼は普通に怪我をすれば、血を出す。体に大きな衝撃を与えれば、骨折はする。完治には時間がかかる。これはごくごく普通に当たり前のこと。イアンは普通の人間であるということ。
一方でカシオペアは相手の行動を先読みし、なおかつその場からワープすることができる能力をかね備えている。コンピュータ世界の住人だから、人間ではないから為せる業。人が人外に勝つには人を捨てなければならない。それでも、二人はその捨てる方法を知らない。死なない体を手に入れる術を知らない。人間を超越した能力を手に入れることはない。だからこそ、レーラはイアンのもう一つの目にならなければ勝ち目はないと見込んだ。
「イアンっ!」
危ない、とレーラはイアンの後ろから迫りくる攻撃を自分のプログラムに組み込んだ防御武器デフェンダーで防ぐ。なんとも重たそうな音が聞こえてくるではないか。もしも、それが彼に当たっていたならば、どうなっていたのだろうか。答えは簡単。自分たちは脳情報データを利用して作られた存在。自分たちが攻撃をもろに食らった上にその情報データが破壊されたならば、現実世界に戻ったときは記憶障害を起こしているはずだ。
それは嫌だった。己だけであろうとも、イアンだろうと。それだから、レーラは助けた。
イアンに直接攻撃ができなかったカシオペアは歪んだ表情を見せると、再びワープした。どこへ逃げる気なのか。
ふと、後ろに何かの気配を感じ取った。その直後だった。イアンの手が伸びて――シージュの一つの刃だけがレーラの背後を取ったカシオペアの脳天に直撃した。
苦痛の表情と声を出すカシオペア。ただのプログラムだというのに、なんとも人間じみたことをするものだ。
「ケア・プログラムごときがっ!」
「俺たちはケア・プログラムでも元は人間だ」
それはガンやカシオペアにとってはコンピュータ世界外の利用者だ。もっとも言えば、ユーザーであるということ。それはすなわち、この世界に来るべき存在ではない。
「ユーザーだと!?」
「プログラムのほとんどは決められたコードに沿って動くことしかできない。予測不能のコードなんて読み取れるはずはない」
賭けと言ってもいいかもしれない。イアンはレーラに「援護を頼む」と任せると、カシオペアに向かって駆け出した。
しかしっ! カシオペアの能力は相手の先読みとワープ。人間の言う予知能力である。彼はにやりと不敵な笑みを浮かべてその場から消えた。どこへワープするかなんてわかるはずもない。
「プログラムの予知能力なんて、結局は予測に過ぎない」
確かにわからないだろう。それでも、その予測を超える結果を出すのはいつだって人間であるということを頭の中に入れておけよ!
イアンはある場所にすべてのシージュを置くと、それの全体をレーラがデフェンダーで覆った。そして、その中へと出現したのはカシオペアである。彼は予想外なことに驚きを隠せていない。
「お前が行動の先読みコードを読み取っているなら、それを俺たちができないことはない。ただ、それをきちんと理解するのに時間がかかったけどな」
そう、これでも二人はこの場所のコードを読み取ったりしていた。そして、都合がいいことにレーラがカシオペアのコードすらも読み取っていたのだ。これでも戦いつつのコード解析をしていたようで――。
「ここはコンピュータ世界で、おとぎ話のようなおかしな話が通じる世界じゃないことはわかっていたさ」
「そうだね。簡単に言えば、融通が利かない世界とも呼べるし」
二人が言うのは、カシオペアはただ単にワープをしているだけではない。ワープする場所を決めてからしなければ、できないという憶測。だが、その憶測をばかにはできない。そういう可能性が高いと判断できる要素がたくさんあったからだ。
「この部屋のすべての座標とお前がワープしようとする座標を読ませてもらった」
――だから、消えてしまえ。
イアンの命により、シージュの刃たちはカシオペアにぶつかっていく。逃げたくても逃げられないのがレーラの防御武器デフェンダー。だが、これで終わりだと思うなよ。橙色をした刃の弾雨は終わりを知らないのだから。人間は手加減をしたふりするのが得意な生き物なのだから。
人の心の中を、頭の中を誰かがすべて知ることはない。人は他人の本性を知らないのだから。それだからこそ、人間というのは恐ろしい。そんなとんでもない生物がこの世界の頂点に立つ存在なのだ。
人間が生きる世界が恐ろしいと思わないかい? 互いの腹内を知らずして、生きていく。相手がこちらにどのようなことを思われているのかを知らずして。
その点、コンピュータの世界というのは羨ましい限りだ。相手がどのような考えを持ち、どのように行動するのかわかるのだから。コンピュータ世界の住人たちは決められた言行しかできないのだから。予測できるほど単純な世界として作り上げたのが――想像できる限りのあらゆる予測を組み込んだ人間である。
どれほどの時間が経っただろうか。レーラのデフェンダーが解除されてもなお、シージュでカシオペアに攻撃をぶつけていたイアンだったが、ぴたりと手を止めた。現在、その場に残っているのはカシオペアの情報データの塊だけである。もう子どもの形すらもしていない。ただの四角い塊だ。
「…………」
攻撃の手を止めたイアンはじっとその情報データを見つめていた。無心になり過ぎて、ここまでしてしまったのだ。だからと言って、こうなるまでやってしまった自分に非があるわけではない。
これはカシオペアが悪いのだから。俺は悪くない、と情報データを手に取った。これをどうするべきなのだろうか。このままデータ・スクラップ・エリアに捨てるのか、データの解析をガンにしてもらうのか。
しかしながら、これは元々コンピュータウィルスのデータである。持ち帰ったとしても、邪魔になるだけだ。だからと言って、データ・スクラップ・エリアに捨てる、というのも気が引けてくる。反撃ができないほど攻撃を与えていたのにもかかわらずだ。
色々と考えていると、カシオペアに対して罪悪感が出てき始めてくる。悪いのはカシオペアなのに。
結局、イアンはその罪悪感に駆られたまま、ガンのもとへと持ち帰ることにするのだった。




