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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、なんとなく記憶があったような気がする。
44/108

◆44

 中を歩けば、奇妙な町並み。二人をすれ違うようにして闊歩する顔のない者たち。それが誰であるのかをイアンはわかっていた。データ・スクラップ・エリアでも見た楽園ヘヴンのネットワークシステムにおけるユーザーたちだ。


 不思議な感覚である。色のない世界に来た感じがする。人ごみ――ユーザーたちに紛れて歩くイアンにレーラは訊ねた。


「ここからどうやって探すの?」


 自分たちが探し出そうとしているのは楽園ヘヴンのシステムサーバーであるHEAVEN:NetworKを利用している個体製造番号『i712571587174546』だ。


「どう探すって言ってもなぁ」


 イアンは今がしたすれ違ったユーザーを見る。当たり前のようにして、顔がない上に製造番号が体のどこかに書かれているようではないらしい。それならば、どれを手掛かりにして見つけたらばいいのだろうか。腕を組んで唸っていると――「ねえ」そうレーラが不安げな声を聞かせてくれる。


「あそこにいる人たち、私たちを見てる気がするんだけど」


 どうもレーラは少し離れたところにいる、濃い緑色の服を着た顔のないユーザーから視線を感じるという。色からわかる服装に、ガンが言っていた何かに気をつけて。


「……もしさ、俺があの人たちに声をかけてみたらどうなると思う?」


 確信が持てないため、仮定で話す。この質問にレーラは「わかんない」と返答する。


「こういう『もしも』で訊かれても」


「だよな、ごめんな」


「いや、それはいいんだけれどもさ……」


 二人が話し合っている間に、こちらを見ていたという濃い緑色の服を着たユーザーは近付いてきているようである。ある程度歩み寄ってきた頃に、彼らの目の前に文字数列が出てきた。


『W84799465871/0000/i000000000000000/ID000000000000/AS999』


「……何これ」


「知らない」


 ただ一つだけわかるのはこの文字数列は自分たちにとって都合が悪そうだということ。今の自分たちは妙に勘が冴えている気がする。この意味を理解できない文字数列。これは質疑か。


 ここで一つの仮定が生まれる。見覚えのある服の色をした者たちが訝しげにこちらを見ていること。おそらくはその彼らがこちらに何かしらのメッセージコードを訊ねてきていることは――。


 唐突に何も触れていないはずだった目の前の文字数列質問に返答が加わった。


『AS000000000000/0000/i000000000000000/ID000000000000/Mk000/Tr99999』


 この文字が現れると共に、こちらに近付いてきていたユーザーは走ってきた。ああ、これはもう逃げるべきだ。その考えが頭を過る。だが、その頭の中で思ったことを口に出さずとも、互いの心は通じ合っているらしい――イアンとレーラは濃い緑色の服を着たユーザーであるHEAVEN:NetworKシステムセキュリティガーディアンから逃げ出したのだった。


「やっぱりわかるものなの!?」


「多分、システム警備だろ。俺たちって、ここのユーザーじゃないしなっ!」


 闇雲に逃げるより、後ろから迫りくるセキュリティガーディアンを撒かなければならない。そのため、イアンは適当に町中の路地へと逃げ込んだ。だが、ここはコンピュータ世界。現実と違って、追いかけられている者はそうそう簡単に逃げきれるわけもなく――すぐに居場所を見抜かれてしまった。これはセキュリティガーディアンから逃げることを徹底しなければならない。今は個体製造番号『i712571587174546』を探している場合ではないのだから。


 一度、このシステムエリアから退却をした方がいいだろうか。そう考えていたイアンだが、レーラが「そのまま突き進んで!」そう声を上げた。


「一ブロック過ぎて、そこの扉の中に!」


「えっ!? なんで!?」


「いいからっ! とにかく!」


 急ききった様子のレーラ。今、そんな彼女を信じる他どうすることもできない。もしも、セキュリティガーディアンを攻撃したならば、どうなることか。増援を呼ばれたり――こちらが不利になる戦状況であることには間違いないだろう。イアンはレーラの言う通り、一ブロックを過ぎたあたりの一つの扉の中へと逃げ込んだ。続けて彼女も入り込む。これでどうにかなるのだろうかという不安が募ってくる。この何の変哲もない普通の家の中でセキュリティガーディアンをやり過ごせるのか。扉を背にして肩で息をする。疲れはないが、極度の緊張はあった。心拍音は聞こえないのに。


 しばらくの間、その場でじっとしていたのだが――セキュリティガーディアンから何もメッセージコードを送ってくることはなく、こちらの方に攻撃をしてくることもまかった。つまりは逃げきれたのである。その確信を得ると、イアンは滑るようにして下に座り込んだ。


「はあ……」


 二人は大きなため息をついた。助かったのだ。この手柄はレーラにある。イアンは彼女の方を見て「ありがとう」とお礼を言う。


「それにしても、よくわかったな。ここでやり過ごせるって」


「逃げられるかは一か八かだったんだけれども、ここって私たちが探していた『i712571587174546』のはずだよ」


「そうなのか?」


「うん。だって、ガンが教えてくれたのって個体製造番号でしょ? 外にいたユーザーのことじゃなくて、システムを利用している機体じゃないの?」


 レーラが言いたいことは、外で出歩いているユーザーは動く。だが、システムを利用している機械のデータは動けない。つまり、この『i712571587174546』はユーザーが住んでいる住所のようなものを差すのだろう。


「それじゃあ、この家みたいなところの奥には『バグ・ワープ』の親がいるってことか」


「多分ね。行ってみよう」


「ああ」


 ここに『バグ・ワープ』というコンピュータウィルスがいるという確信はないにしても、この場所が『i712571587174546』であることは間違いなかった。可能性としては十分に高いのである。だからこそ、二人はその家中を探し回ってみた。あやしいところはないか、それらしきものは見当たらないか。一つの部屋を残して。


「ここが最後か」


 これで親がいなければ、どうしようもない。またふりだしに戻るだけ。イアンは細くて長い息を吐くと、最後の部屋であるドアを開いた。その部屋はある程度の広さはあり、中央には無機質感のある子どもが一人いるではないか。じっとその場に佇んでいるその子は『行儀のよさ』がわかるほど。


「子ども?」


「だね」


 どう扱っていいのかわからなかった。まさか、この子どもっぽいのが『バグ・ワープ』の親だということは――ありえなくもない様子。試しに中央にいる子どもへと近寄ってみれば、みるほど人間らしさは見当たらないのだから。本当にユーザーであるならば、顔はないはず。これまで見てきたユーザーもセキュリティガーディアンもそうだった。顔のある自分たちとガンに比べて、この子どもの顔はどこか違うのは気のせいではない。


 声をかけたらばいいのだろうか。そんな気遣いを考えていると、向こうの方から「膨大な情報の塊が来た」と声が聞こえてきた。


「そして、見覚えのある形だ」


「お前が『バグ・ワープ』の親か?」


「『バグ・ワープ』? ああ、僕のプログラムの総称を言っているのかな? それなら、正式名称として『コンピュータウィルス・プログラム』か『カシオペア』と呼んで欲しいものだよ、『ケア・プログラム』さんたち」


 ケア・プログラム? 一瞬、何を言っているのかわからなかったが、すぐに自分たちのことを差しているのことがわかった。


「きみたちが別のケア・プログラムの個体と接触したこともわかるよ。見覚えのある形に中身。遠い――」


 御託はいい、と言わんばかりに、イアンとレーラは最後まで話を聞かずしてコンピュータウィルス・プログラムであるカシオペアに突撃した。だが、その攻撃が当たる前に彼は姿を消す。


 どこへ消えたのか。辺りを見渡していると、イアンの後頭部に衝撃が走った。なんと、いつの間にかカシオペアは背後へと移動していたのだ。


「その個体と接触しているからこそ、どういう行動をとろうとしているなんて僕には筒抜けさ」


 そう、カシオペアはコンピュータウィルス・プログラムの『バグ・ワープ』。自分がどこへ動こうか、相手にどうしようが誰も知る由もないのである。

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